Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

2006年7月27日

星野道夫『アークティック・オデッセイ―遙かなる極北の記憶―』(新潮社)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 193
 

星野道夫『アークティック・オデッセイ
―遙かなる極北の記憶―』(新潮社)

 最新号の特集「戦後日本の『考える人』100人100冊」の1人に選ばれた金関寿夫さんの本『魔法としての言葉 アメリカ・インディアンの口承詩』は、やはり100人の1人に選ばれた写真家・星野道夫さんに少なからぬ影響を与えました。星野さんが生前に発表した最後の写真集『アークティック・オデッセイ』の冒頭は、『魔法としての言葉』からの引用で始まります。
「魔法のことば

 ずっと ずっと 大昔
 人と動物がともにこの世に住んでいたとき
 なりたいと思えば 人が動物になれたし
 動物が人にもなれた
 だから時には人だったり 時には動物だったり
 互いに区別はなかったのだ
 そしてみんながおなじことばをしゃべっていた
 その時ことばは みな魔法のことばで
 人の頭は 不思議な力をもっていた
 ぐうぜん口をついて出たことばが
 不思議な結果をおこすことがあった
 ことばは急に生命をもちだし
 人が望んだことがほんとにおこった
 したいことを ただ口に出して言えばよかった
 なぜ そんなことができたのか
 だれにも説明できなかった
 世界はただ そういうふうになっていたのだ」
 星野さんが繰り返し読み、ほとんど空で覚えていたこの詩は、星野さんが写真と文章によって伝えようとしていたもの、自然と人間のかかわりを神話の言葉によってとらえ直そうとしていた「晩年」の仕事と、かぎりなく重なり合うものがあります。ちょうどその頃、『アークティック・オデッセイ』は発表されたのです。

 星野さんは若くして日本を離れ、アラスカ・フェアバンクスに定住します。アラスカの大自然の懐深くで暮らす人々との交流を深めながら、数々の著作を発表しました。ところが、40歳を過ぎたあたりから、西から吹いてくる風に反応するかのように、アリューシャン列島、シベリア、カムチャッカ半島と、太古の昔にモンゴロイドが旅をした道をさかのぼるかのように、アラスカから日本へと近づいてゆくような仕事に取り組むようになっていったのです。しかし『アークティック・オデッセイ』が発表された約2年後、星野さんはカムチャッカで熊に襲われ、亡くなりました。

 久しぶりに写真集をゆっくりと見直したとき、星野さんのとらえたもの、伝えようとしたものが、そのままの新鮮さで存在し続けていることに、深い感銘をおぼえました。『イニュニック―アラスカの原野を旅する―』(新潮文庫)『旅をする木』(文藝春秋)『ノーザンライツ』(新潮文庫)『森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて―』(世界文化社)などの著作を、折々に読み返してきましたが、ここに書かれてある言葉が、写真の向こう側から、馴染みのある声とともによみがえってくるような不思議な感覚につつまれました。

 金関さんは星野さんと同じ1996年に亡くなっています。たぶん向こう側で、共通する興味や様々な話題について、飽きることなく話をされているのではないでしょうか。星野さんはこの8月8日で没後10年になります。
All right reserved (C) Copyright 2006 Shinchosha Co.

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

8

2

(Fri)

今週のメルマガ

柴田元幸「亀のみぞ知る」、春間豪太郎「草原の国キルギスで勇者になった男の冒険」連載スタート! (No.779)

8月1日更新さあ、冒険をはじめよう! 春間豪太郎 8月1日更新四十五 科学技術と道義心 池田雅延 8月1日更新 […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら