Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

2006年12月7日

表紙の話

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 212
 表紙の話

 出版社の会議や打ち合わせで、けっこうモメることがあるのは表紙です。単行本の表紙(単行本の場合は「表紙カバー」といいますが──)が決まってゆく基本的なパターンは、担当者とデスクが原稿やゲラを読みながら内容について相談しつつ、装幀部と表紙のデザイン案をつくり、著者と相談する、というものが比較的多いのですが、しかしその表紙案について、他の編集者や営業部、広報宣伝部から「こうしたほうが」と意見が出ることも少なくありません。

 私見では、担当編集者が著者と一緒に「こうしたい!」というはっきりしたイメージと確信さえあれば、方向性や方針はブレないのですが、いいアイディアが浮かばなかったり、確信がいまひとつ持てず、心のどこかに「どうしようか」という迷いがあると、その迷いの隙をつくように周囲から意見が百出するのです。そうすると、営業部Aさんの意見に「なるほど」と思い、宣伝部Bさんの意見にも「そうか」と気持ちが揺れ動くことになる。船頭多くして……の迷走の始まりです。

「考える人」の表紙は創刊号以来、フランス人のイラストレーター、ジャン=ジャック・サンペさんの絵で飾っています。ずいぶん昔に、今はもう閉店してしまった銀座の洋書店で見つけた画集がサンペさんの絵との最初の出会いでした。洋書はめったに買わないのですが、このときは一目惚れでした。最初にページをめくった手が画集から離れずに、そのままレジに運んだことを覚えています。創刊の準備を進めていた頃、表紙の方向性を決める際には、サンペさんの絵に強い反対意見もありました。ではありますが、私がどうしてもサンペさんにしたかったこと(理屈はなく、とにかく感覚の問題でした)と、編集部内にも強く支持してくれる声があったので、これで行こうと敢えて決めさせてもらったのです。

 ただ、サンペさんでスタートして一年も経っていない創刊第三号のとき、一度だけ迷ったことがありました。その号の特集は「エッセイスト伊丹十三がのこしたもの」。せっかく実現することになった一期一会の特集、という思いがあったので、表紙に伊丹十三さんのポートレイトを使わない手はない、と一瞬思ったのです。アートディレクターの島田隆さんに相談して、伊丹十三さんのモノクロやカラーのポートレイトを使ったダミー版もいくつか作ってみました。伊丹さんの表紙はそのものずばりでわかりやすい。ポートレイトが何しろ格好いいし、正直言って迷いました。

 しかし結論は、サンペさんの絵で通すことにしたのです。伊丹さんのポートレイト案はまぼろしになりました。どうしてそのように判断したのかと言えば、創刊第三号で早くも違うビジュアルを使った表紙にするというのが、定期刊行物として何か定まらない感じがする、と思ったからです。冬の号でしたので、サンペさんの絵のなかから、街に雪がしんしんと降りしきる光景のものを選びました。今でもサンペさんの絵を変えないでよかったと思える、思い出深い表紙です。

 サンペさんの絵を使わなかったことが、丸四年間でたった一度だけあります。今年の夏、創刊四周年記念特集「戦後日本の『考える人』100人100冊」の号でした。特集のタイトルを表紙の中央に大きく据え、サンペさんの絵のかわりに、いつも「考える人」のロゴ脇に静かに寄り添うシンボルマークの椅子を描いてくださった坂崎千春さんが、この号のために新たな椅子を百種類、特別に描き下ろしてくださったのです。編集部としては「お祭り」の特別号、記念号ならではのちょっとした遊びと、特集を強く押し出したいという判断もありました。とりあえずは一回限りのつもりで、やってみた初めての試みでした。

 発売後、「サンペさんの表紙はやめちゃったんですか?」と誰かに言われるかな、と思っていたのですが、不思議なことに少なくとも私のところには誰一人からもそのような指摘はありませんでした。おそらく、いわば身内の坂崎さんのイラストレーションが大きくフィーチャーされていたために、違和感がなかったのではないかと思います。

 そして、いま入稿作業の真っ最中の12月28日発売予定の最新号は、初めてモノクロのポートレイトを使う表紙を考えています。特集は「小津安二郎を育てたもの」。これもまた、伊丹十三さんの特集と同じく、担当編集者Aさんが長年あたためてきた一期一会の特集です。しかし今回は、迷わず小津安二郎のモノクロのポートレイトを使うことにしました。なぜ迷わなかったのか、と敢えて分析すれば、もう「考える人」の方向性がブレることはない、という確信が自分のなかにしっかりと「育った」からだと思います。

 念のため申し上げれば、たぶんその次の号はふたたびサンペさんの絵に戻ります。そして今後は、特集次第で融通無碍に、サンペさんではない表紙を使うことが増えるかもしれません。

 読者のみなさんは最新号をどのように手にとってくださるでしょうか? 年末に実物をご覧いただいて、「考える人」のアドレスまでご感想をお寄せくだされば幸いです。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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