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2007年4月12日

織田憲嗣『名作椅子大全』(新潮社)

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織田憲嗣『名作椅子大全』(新潮社)

 惜しくも亡くなられた建築家の宮脇檀さんは、椅子のコレクターとしても有名でした。その宮脇さんが、「彼には負けた!」と名指しで白旗宣言していたのが、本書の著者・織田憲嗣さんです。椅子のコレクションが膨大になってしまい「北海道の原野に椅子を収容できる建物を建てたらしい」という噂までまことしやかに伝わってくる織田さんとは、いったいどんな人なんだろう?と、長いあいだ(私にとっては)大きな謎でした。

 いや、謎の人物というのはちょっと大げさな言い方かもしれません。というのも、織田さんは惜しくも休刊した雑誌「室内」で14年にわたり「イラスト椅子づくし」という連載をされていて、毎月たのしみに読んでいたからです。それは見開き4ページで、椅子のデザイナーごとに、あまたある名作椅子の歴史的な変遷を、黙々コツコツとたどってゆくものでした。わかりやすい線画のイラストレーションと、明快、端的な文章で椅子のデザインを読み解いてゆく。あらかじめ「労作」という文字が浮かび出してくるような、実に根気の入った仕事でした。

 その連載がほぼ連載のときのままのかたちで(清潔なレイアウトもこの連載の魅力のうちのひとつでした)、総ページ数736ページ、本の厚さは函まで入れると5センチ近くもある大著となってまとめられました。担当編集者は、小誌の特集「家族が大事 イスラームのふつうの暮らし」(2006年秋号)の取材・編集・執筆までをすべてひとりでこなした新潮社出版部のS氏。つまり“身内”の人間が編集した本なのですが、しかし掛け値なしに凄い本だと思うので、ここで紹介させていただくことにしました。

 本に巻かれた帯にデカデカと書かれているのは、「全8233脚」というキャッチコピー。つまり織田さんは、8233脚に及ぶ椅子をすべてイラストレーション化し、それぞれの椅子を検証している、ということになります。椅子の作家の一部をご紹介すれば、トーネット、フランク・ロイド・ライト、マッキントッシュ、アスプルンド、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、コーア・クリント、リートフェルト、ジオ・ポンティ、アアルト、イームズ、フィン・ユール、ハンス・ウェグナー、モーエンセン、といった椅子のデザインの歴史を支え継承した錚々たる顔ぶれ。そのほかにも初めて見聞きするような、私たちにとっては知られざる、しかし椅子の歴史を考えるときには外すことのできない存在まで網羅されています。

 このような本は、世界でも比肩できるものはないと思います。そして本書の素晴らしさは網羅的な大図鑑であることにとどまりません。これら膨大な椅子の検証から導き出された、織田さんの椅子についてのとらえ方、考え方が、読み逃せないのです。連載のときには気づかなかった本書のキーワード、それはおそらく「リデザイン」(=redesign デザインを改める)ではないか、と思います。本書の「あとがき」から引用しておきましょう。

「本書では、多くの図版を示すことで、名作が生まれる経緯を体系化できたと考えている。また、そのプロセスはリデザインの良い見本とも言えよう。このリデザインの考え方は、本書でも紹介しているコーア・クリントによって確立されたものである。『新作主義』が常にゼロからのスタートであるとすれば、すでにあるものの中に問題点を見出しひとつひとつ解決してゆくリデザインは蓄積のデザインといえるが、それを実践するうえで幾つかのポイント──機能性、美しさ、経済性(量産性)、耐久性(構造面)など──が重要になる。どのような名作にもこれらいずれかの問題点が存在するもので、すべてにおいて完璧なものはあり得ないといっても過言ではない」

 リデザイン、という言葉は日本人にとってはまだあまり馴染みのない言葉だと思います。「デザインを改める」というのは日本においては大幅なモデルチェンジを意味し、どれだけ新しいか、に重きが置かれているのが現状だからです。織田さんはこうも書いています。

「家具デザイナーを目指す学生達を見ていると、やっと見つけた〈自分のカタチ〉〈自分のデザイン〉を簡単にあきらめ、次のデザインへと移行する人があまりに多い。そうではなく、「これだ」と思うデザインを見出したら、それを大切にし、問題点を解決しながらクオリティを高めてゆく。そのような積み重ねが、自身のデザインの体系化につながると同時にオリジナルデザインを生み出すきっかけになるのだ」

 この「デザイン」の部分を、「職業」とか「生き方」に置き換えてみるとどうでしょう? リデザインの意味は単に椅子の問題だけではない、大きな広がりと深さを含んでいるような気がします。

 そんな織田さんをめぐっての、冒頭に書いた噂──「北海道の原野に椅子を収容できる建物を建てたらしい」は、実際にはどうなのかを「検証する」記事が「芸術新潮」の現在発売中の最新号に掲載されています。こちらもよろしければぜひご覧くださいますよう。
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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