Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

2007年11月15日

ジュリー・サラモン 中野恵津子訳『クリスマスの木』(新潮社・絶版) James Taylor at Christmas(columbia)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 260
 

ジュリー・サラモン 中野恵津子訳
『クリスマスの木』(新潮社・絶版)
James Taylor at Christmas(columbia)

 今週は何冊か新刊本で候補があったのですが、「おすすめ」には一歩およばず……なんだか今日も東京は春のようにあたたかいので、はやく冬らしい気候になってほしいという願いもこめて、クリスマスの本とCDを選びました。

 最初に白状しておくと、『クリスマスの木』は自分が海外版権の担当者だったときに原作に惚れ込んで出すことにした本でした。でも残念ながらあまり売れず、増刷もできませんでした。その後、新潮文庫編集部が「タイトルが考えすぎだったんじゃないか。シンプルに『クリスマスツリー』にしてもう一度出してみよう」と考えてくれたらしく(これは私の想像です。どういう議論があったのかは知りません)、タイトルを変えて文庫化もされたのですが、これも不発に終わってしまったようで、現在はどちらも絶版です。

 原題はThe Christmas Tree。まさしく、クリスマスツリーです。しかしなぜ私が邦題を『クリスマスの木』にしたかと言えば、それはクリスマスツリーに選ばれる一本の木が物語の大きな役割を担っているからでした。物語の語り手はニューヨーク、ロックフェラーセンターの造園担当チーフ。彼の大きな仕事のひとつは、毎年のクリスマスシーズンに、ロックフェラーセンターを飾る巨大なクリスマスツリーをアメリカ東部のどこかから探しだし、その木の持ち主に交渉をして購入し、ニューヨークまで運び込むことでした。

 著者のジュリー・サラモンは実際にロックフェラーセンターのクリスマスツリーが毎年どのようにして飾られているのかを取材したのではないかと思います。ニューヨーク、マンハッタン五番街に面したロックフェラーセンターには、冬になるとアイススケートのリンクができ、子どもや大人がくるくると小さな楕円を描きながら滑る姿を、黄金のプロメテウス像が見下ろしています。そして冬最大のイベントは、プロメテウス像とリンクを見下ろすように立てられる巨大なクリスマスツリーの点灯式。しかしこの木が、毎年どこかから運び込まれる「生木」だったとは知りませんでした。

 物語にはもうひとり、重要な登場人物がいます。それは、造園担当のチーフが今年のクリスマスツリーにと選んだ「木」の持ち主、修道女のアンソニーです。彼女は幼い頃に修道院で暮らすようになった天涯孤独な人でした。アンソニーはこの「木」を幼木から丹精こめて育て上げた母親のような存在です。ふつうであれば、手放すことなど考えられません。

 しかし、物語ではアンソニーのもとを離れた「木」が、おごそかにロックフェラーセンターへと運ばれることになるのです。そして点灯式に列席することになったアンソニーは、その場所である劇的な「出会い」をすることになります。心の奥底で眠っていた、ある大切な記憶との出会いでした。

 私は版権出張の帰途の飛行機のなかで、『クリスマスの木』の原作のゲラを読んでいました。そして最後の場面にいたったとき、不覚にも涙が出ました。初めての娘を授かってまもなくの頃です。今おもえば、自分のそのような個人的な状況が、何かに過剰に反応してしまったのかもしれません。それにしても日本での結果は残念でした。アメリカでは今でも静かなロングセラーになっているようで、アマゾンドットコムをチェックしてみると、読者の高い評価がずらずらと並んで出てきます。

 おまけに選んだCDは、去年発売されたジェームス・テイラーのクリスマスアルバム。なぜかわかりませんが日本盤は発売にならなかったようです。クリスマスアルバムは様々な名盤がありますが、近年発売されたものでは私がいちばん気に入っているもの。なかでも8曲目に収録されているThe Christmas Song(Chestnuts Roasting On An Open Fire)は、昔から私の大好きな曲で、ゲストにはハーモニカのトゥーツ・シールマンスが参加しています。20世紀に歌われたものならばメル・トーメの、そして21世紀ではジェームス・テイラーのこのThe Christmas Songが、私にとっての定番になりました。
Copyright 2007 SHINCHOSHA (C) All Rights Reserved

この記事をシェアする

関連するオススメの記事

MAIL MAGAZINE

8

2

(Fri)

今週のメルマガ

柴田元幸「亀のみぞ知る」、春間豪太郎「草原の国キルギスで勇者になった男の冒険」連載スタート! (No.779)

8月1日更新さあ、冒険をはじめよう! 春間豪太郎 8月1日更新四十五 科学技術と道義心 池田雅延 8月1日更新 […]

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 仕事
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら