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2009年3月5日

『HIROSHIMA 1958』写真・エマニュエル・リヴァ、港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編(インスクリプト)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 328
 

『HIROSHIMA 1958』写真・エマニュエル・リヴァ、港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編(インスクリプト)

 アラン・レネの映画をはじめてみたのは『去年マリエンバートで』(1961年)でした。たしかルイ・マルの『死刑台のエレベーター』(1958年)との二本立て。池袋の文芸座でだったか、いや銀座並木座でだったか、どうも記憶がはっきりしません。半分眠っていたので覚えていないのも当然ですけれど。

『去年マリエンバートで』は高校生だった私には難しすぎました(今でも難しいかも)。ときどき大きな波にのみこまれるように居眠りをしていると、耳から冷たい水のような映画の音がはいってきて、ハッと目が覚めればしばらく前に見たのとほとんど同じシーンが映っている。なんだこりゃ? とボケた頭で思ううちにまた眠りに落ち……の繰り返しでした。ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』は一度も眠くならなかった。即興で演奏したというマイルス・デイヴィスのサウンド・トラックが無闇にかっこよく、目も耳も冴え冴えとし、夜の濃い闇をバックにした物語にのみこまれました。

 ルイ・マルは『ルシアンの青春』(1973年)でジャンゴ・ラインハルトの古いジャズを使っていて、これがまた唸りたくなるほど映像にぴったりでした。主人公の男の子が自転車に乗って走るシーンにジャンゴ・ラインハルトのギターが流れる美しさは、子どもたちが自転車に乗って歌いながら走る『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)のシーンの陰画のようでもありました。ナチズムの毒に感染して、トラップ家の長女との恋を捨ててしまう『サウンド・オブ・ミュージック』の若い男の子の寡黙さはいったいどこからやってくるのか、その謎のようなものを、『ルシアンの青春』が解いてくれたように私には思えたことを覚えています。

 アラン・レネとの出会いの印象はこのようにあまりよくはなかったのですが、その後にみた『二十四時間の情事』は、主演男優の岡田英次もさることながら、主演女優のフランス人女性が強く印象に残る映画でした。ジャンヌ・モローのようなふてぶてしい色気とは無縁の、無名の女優にだけ許された、女優ではないようなはかなさと、それとはまた矛盾するようなはかりしれない強さも見え隠れする人でした。

 原爆が投下されて13年後の広島を舞台にしたこの物語の主演女優は、エマニュエル・リヴァ。もともとは舞台女優で、アラン・レネが広く女優として知られている人を起用したくなかったために抜擢したようです。たとえばジャンヌ・モローが岡田英次の相手役だったらどうだったか。ジャンヌ・モローが見事に演じれば演じるほど、岡田英次の日本人としてのリアリティが貧相なものとして浮かび上がり、どこか鼻白む映像になったのではないか。アラン・レネの判断は正しかったと思います。

 本書は、そのエマニュエル・リヴァの撮影による広島の写真集です。岡田英次の到着を待つ、撮影が始まるまでの一週間、オフの時間を利用して街を歩きながら撮影した写真は、撮影後に公開されることなく半世紀近くのあいだ眠っていたようです。しかし驚きました。これがもうとにかく素晴らしいとしか言いようがない。広島で暮らし、歩いて、生きている人々の、素のままの顔のいきいきとした表情に目を奪われます。どうすればこんな写真を撮ることができたのか。

 被写体として選ばれているのは、圧倒的に子どもたちです。昔はどこの街でも子どもがぶらぶらとしていました。カメラを持って歩けば、子どもに当たる。そんな感じだったのではないか。撮りたくなるのも無理はありません。しかしカメラの前にいる子どもたちの、撮られることへの緊張や興奮から離れたおだやかな表情は、いったいなぜなのか。

 子どもをとらえたということでいえば、荒木経惟氏の初期の傑作『さっちん』を連想するところですが、『さっちん』に登場する子どもたちは荒木さんの子どもたちであって、そこにはフィクションとしての写真の力が大きく作用していたのではないかと思います。『さっちん』の子どもたちは、荒木さんのカメラをとおして何かを演じているところがある。

 エマニュエル・リヴァがとらえた広島の子どもたちは、何かを演じはじめる寸前の、どこかぽかんとした、自然体です。みたことのない白人の、女優のようにうつくしい人が(女優なのですが)カメラを持って立っている。なんだろうと吸いよせられる。彼女の持つカメラが一眼レフではなく、二眼レフのリコーフレックスだった(東京で買ったようです)というのも大きかったのでしょう。つまり、カメラを持つエマニュエル・リヴァは、撮影をするとき、被写体に向かって下を向く姿勢になっていたからです。本書の112頁には、リコーフレックスで撮影をしているエマニュエル・リヴァの姿をとらえた写真が掲載されています。立ち姿がスッとしていてうつくしい。

 そういえば以前、荒木経惟さんから撮影するときにいちばん大切なことは何かについて、うかがったことがありました。荒木さんの答えは間髪を入れないものでした。「姿勢だね。姿勢が大事なんだよ。猫背じゃだめ。スッと背筋を伸ばして、しっかり立って撮る。アタシの撮影している姿はね、だからいつもウツクシイんだよ!」

 写真には撮る人の人柄や姿勢までもが記録されている。そんなことにまで考えがおよぶような、これは奇跡的ともいえる写真集だと思います(最新号の「芸術新潮」にも、『HIROSHIMA 1958』)の紹介記事が載っていますので、ぜひご覧ください)。
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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