Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

2009年7月2日

無意味な滑空

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 345
 
 無意味な滑空

 IQテストが苦手でした。立方体がたくさん積み上がっている状態を見て、立方体の総数を考える問題など、見ているだけで頭が痛くなってくる。冷静に考えれば、目には見えていない部分も、単純な計算で数をはじきだせるわけですから、具体的にイメージする必要などまったくないのに、私の場合は、頭のなかでひとつひとつ立方体を手で外していって、その作業をしながら数を把握しようとしてしまうのです。ちゃんと見えていないものは数えられない。だから見えるように数えたい。

 こういう頭の出来なので、目に見えるものに置き換えが可能な、足し算引き算ぐらいまでは大丈夫なのです。ところが目には見えないところにだんだんと踏み込んでゆく「数学」のレベルになってくると、手にじっとりと汗をかくばかりになってしまう。数学が得意な人は、この目には見えないところに踏み込んでいき、数学という「次元」の世界で頭を働かせることに、おもしろさを見いだすことができるのでしょう。

 そのような頭の出来のちがいを、おおざっぱに理科系・文科系ということばで二分すれば、私はあきらかに文科系です。しかし、理科系に分類される科学者の仕事にもいろいろなものがある。たとえばある時代までの生物学は、「目に見えるもの」を「目に見えるもの」としてとらえ、その見える世界の範囲で研究がなされていました。その世界なら、どこまで踏み込んでいっても、迷子になったような気分にはなりません。けれど分子生物学の段階に入っていったとき、生物学もまた「目には見えないもの」に牽引されるようになり、見えない部分の領域が拡大していった、ということなのでしょう。

 私は毎朝、宅配された新聞を読んでいます。最近は、この新聞を読むという行為が、いかに自分にとって身体化された行動なのかということを嫌でも思い知らされています。つまり、正直に言えば、朝刊をじっくり読むのは土日だけ。平日は出社までの短い時間で、バサッ、バサッ、バサッと新聞をめくりながら見出しを追ってゆくのが精一杯。見落としているものもいっぱいあるはずです。しかしとりあえず今朝、見渡しておくべき「世界」の上空を滑空している(と感じている)ことが、私の平日の朝の、新聞を読むということの意味なのかもしれません。もちろん目につく見出しがあれば急降下し、その記事を読み始めるのですけれど。

 この、読むことのない記事の上空をもとりあえず滑空している、ということが、じつは新聞を読むという行為の大事なところであり、利点なのではないか。最近はしきりにそう思うようになりました。人間の視覚と脳の活動は、見ているようで見ていないものを、じつはかなりよく見ているのです。細部ばかりを見ていると、全体を見渡すことを忘れて、かえって小さな変化が見えてこない、ということもまたあるのではないか。

 何が言いたいかというと、ウェブのニュースの見出しの問題です。簡単に言ってしまえば、紙の新聞をバサバサとめくっているときに視覚を通して入ってくる雑多な情報の量と、ウェブのニュースの最新の見出しに興味を引かれ、クリックして読むことになる情報の量は、あきらかに違っている。新聞を漫然と見ているときの全体の見渡しの量が、ウェブの場合、圧倒的に不足しているのです。

 クリックする、そして開く。この読み方には「上空を滑空して漫然と見渡す」というような曖昧な行為の行われる余地がない。これをどう考えればいいのか。

 たぶん、ウェブはこれからも多様に変化し、進化してゆくでしょう。もちろんウェブが消滅し、紙の媒体だけに回帰することはありえない。そして「見渡せない」ようにも見えるウェブは、クリックしさえすれば、紙の新聞とはまったくくらべものにならない天文学的な量の情報につぎつぎとつながってゆくのです。つまり求めるものには与えられる。そのような世界です。

 今森光彦さんが初めて東南アジアのジャングルに昆虫の撮影にでかけたとき、最初のうちはまったく虫が目に入ってこなかったそうです。ところが、いったん虫を見つけると、今度はつぎからつぎへ、見えなかったはずの虫がどんどん目にとびこんでくるようになるんですよ、とおっしゃっていました。曖昧な海が、とつぜん意味にあふれた海に変わる。ウェブを見、ウェブを読む私たちから、このような経験が失われているということはないでしょうか。ネット・サーフィンがまさにそれじゃないか、という声も聞こえてきそうですが、キーワードを接点につぎつぎとつながってゆく海は、曖昧な海とは少し違う気がするのです。

 今週の土曜日(4日)に次号「考える人」夏号が発売になります。特集「日本の科学者100人100冊」で、科学者たちの業績や著作を見てゆくと、彼らがどれだけ無意味にも思える滑空、徒労に終わるかもしれない降下を続けていたかが見えてくる気がしたのです。次々号の秋号ではウェブと活字をテーマにした特集を組むことにしたのですが、次号の特集から蒔かれたタネが、もうすでに私のなかで芽吹き始めています。
 
「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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