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2009年10月29日

田中達治『どすこい出版流通』(ポット出版)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 362
 

田中達治『どすこい出版流通』(ポット出版)

 先週のメールマガジンで、雑誌オンライン販売サービス「コルシカ」について触れました。現在ネット閲覧は中止されていますが、この報道にはさまざまなことを考えさせられ、そのことについて書いたものです。出版界がウェブとセットで語られるとき、どうして“ネガティブ”な語調に支配されてしまいがちなのか、そのことについてもあらためて考えてみました。

 何かの「問題」が語られるとき、おおきく分けるとふたつのタイプに分かれると思います。ひとつは、目の前にある、すぐにでも手をつけなければならないリアルな問題として当事者が語る場合。もうひとつは、目の前にはとりあえずないけれど、いろいろと耳に入ってくることについて第三者的な立場から分析し、語られる場合です。

 当事者と第三者では、かならず語調が変わります。“ネガティブ”な語り口がいきいきとしてくるのは、まちがいなく第三者的な立場にある人の場合です。もし、当事者であるはずなのに“ネガティブ”な語調がいきいきとしているとしたら、それはもうすでに当事者であることを降りようとしている人か、当事者意識の欠けた人であるにちがいない。

 当事者はぐずぐず言ってはいられません。どのように問題を解決すればよいのか、自分の手のうちにある経験と方法を照らしだし、組み合わせ、周囲に相談し、協力もあおぎ、実際に自分の手足を動かさなければならない。手足を動かしているときは、批評的に取り澄ましてしゃべっている暇などないのです。

 本書は、筑摩書房の営業部通信「蔵前新刊どすこい」の担当者だった田中達治氏が、営業部長に就任した1999年から2007年まで、約8年間という長きにわたって書店向けに書かれたものです。

 たとえばこんなくだりがあります。
 
 私が筑摩書房に入社したのは27年前になるが、配属は管理部(現サービスセンター)であった。思い出すたびに吹き出してしまうが、恐ろしくボロボロの倉庫だった。ボロっちいだけではなく汚かった。台風が来ると、ボロ布を担いで壁をよじ登り、雨が吹き込む隙間にねじ込んだ。夏は気温が50度を超えた。汗でびしょ濡れになったうえに埃が付着し、朝からたちまち無残な姿となった。そんな環境でシャワーもなかった。トイレは汲み取り式で鼻が曲がるくらいの悪臭が漂った。冬は悲しいくらいに寒かった。力仕事が多いので厚着をすると風邪をひく。ピッキングが遅くなるので手袋はしなかった。裸の手はひび割れるし、直し本作業ではアート紙が容赦なく皮膚を裂く。フォークリフトはあったが在庫は野積みで手渡しが基本。瓦職人のように2階まで10冊梱包を大量に放り上げたものだ。当時の大宮市櫛引町は工場などの施設のほかは街を潤すものがなにもなく、残業の空腹を慰めるのは延びた出前のラーメンだけだった(悔しいけど旨かった)。そして給料だけは高かった。

 とんでもない状況なのに、つきぬけたようなすがすがしさがある。現場で働くことのたいへんさとそのよろこびは、このようにかならず表裏一体のセットになっているものです。いっぽうでこんな発言もあります。
 
 私は何度も「良書」を売り損じている。プロとして恥ずかしいことである。しかし売り損じたのは「堕落した本屋」や「馬鹿な国民」のせいではなく、もちろん政治が出版業界を保護してくれないからでもなく、私がヘタなだけである。上手くなるには勉強も投資もそして節度も必要だ。地味な「良書」は在庫し続けるという難題がある。まず倉庫が必要だ。物流のノウハウ、人材もなくてはならない。人件費も膨れ上がるのでシステム化も進めなくてはならない。件の「良書」信奉者がいったいどれほど営業や物流を理解しているというのか。

 本書には、帯にも書いてあるとおり「本の物流と営業のシステム化に心血を注いだ営業担当者」の偽らざる本音と提言が、そして本を売ることのよろこびが横溢しています。キャッチコピーにも使われている著者の言葉には、本の流通の現場で働き、現場を変えていった人の自負がはっきりと見て取れます──「機能している倉庫はキリリと美しい」。本書はこのような言葉でしめくくられています。
 
 出版業界は現在長期の低迷期にある。放送やインターネットなどの膨張するニューメディアにタジタジの状態である。加えて、ネット書店の台頭はその自己完結型システムにより、古き良き村社会の存続を脅かしているようにさえ見える。しかし、よく考えてほしい。これだけの共同体がこれほどの長きにわたって存続してこられたのは偶然ではない。それは「本」という媒体が、この村と書店という劇場に、「いまさら語るのも憚られる」ほどに馴染んでいるものなのだということと、さまざまな媒体やネットワークがいかに発展しようと、「本」という腰の据わった媒体は、その本質において他に譲ることはありえないということとに「大人」としての自信を持ち続けてよいはずだ。
 長きにわたり、本欄にて自由気儘に書かせていただいたが、そろそろ次世代に譲る時がきた。しばしば真摯なご批判や、時には思わぬ方々からのご賛同もいただいた。そのことを良き思い出とさせていただく。

 どうでしょう。ほんとうの当事者は、きいたふうな分析も、泣き言も、ネガティブな批判も言わないものだ、という見事なお手本だと思います。田中氏は、この文章を書かれた2007年2月から約9か月後、残念ながら癌のため57歳で逝去されました。本書は、有志の仲間によって編集され、刊行されたものです。
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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