Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

2009年12月10日

南 伸坊 糸井重里『黄昏』(東京糸井重里事務所)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 368
 

南 伸坊 糸井重里『黄昏』(東京糸井重里事務所)

「考える人」の入稿校了作業がいま八合目あたりです。もうすぐ頂上という意識があるせいか、いまがいちばんきつい感じでしょうか。しかし最終校了は来週半ばまでもつれこみそうなので、頂上を想像するのは時期尚早です。そういうときにかぎって、仕事にはまったく関係のない本を読みたくなってくる。腰をすえて読むというのではなく、出たり入ったりしながら読めるもの。

 私はトイレに本をたずさえてゆく悪い癖があるのですが、そういうときにはじっくり読んでいる長篇小説には手が伸びません。残業を終えて深夜帰宅して、しーんとしたお風呂にじわーんとつかるときにも、本がほしい。そういうとき、ヘヴィーローテーションで選ばれるのが、この『黄昏』です。あっちを読み、こっちを読みで、もう「延べで二回半」ぐらいは読んでますね。

 いやしかし、この本のおもしろさをうまく伝えるのはかなりむつかしい。還暦をすぎたおふたりが(本のタイトルにはこの感じもふくまれているはず)、鎌倉とか日光とか松島とかを旅しながら、どうでもいいような話、馬鹿話、思い出話、余談のようなものをだらだらと、ときにきびきびと、あるいはキャッキャッとはしゃぎながら、たまにホオー!と感心したりもしながら、400ページ近く、しかも2段分にわたって話し続けているという、「変な本」なんです。

 これがすばらしいことに、ひとつの話が長くても6ページぐらい、短いと2ページぐらいという読み切りで、続きものになっている場合もありますが、まあとにかくしつこく長く、くどくどと話し続けたりしないんですね。場面はさっさと変わってゆく。それでも全体の雰囲気、空気みたいなものはずっとつながっていて、変わらない。
 
  鶴岡八幡宮の上の方にハイキングコースみたいなのがあるんだけどね。
糸井 うん。
  そこを昔、歩いてったらね、親父にそっくりなやつがいたんだよ。
糸井 ……伸坊の親父?
  うん、オレの親父にそっくり。もう生き写し。ホクロつけたらもうそのまんまっていうのが。
糸井 お地蔵さんかなんか?
  うん、木像。
糸井 ああ、木像か。木像の親父。
  うん、木像の親父。だから、親父じゃないことはわかる。木像だからさ。
糸井 伸坊の親父ってさ、昔、ブータンにもいなかったか?
  ブータンにいたのはオレ。
糸井 あ、ブータンにいたのは自分か(笑)。あんまり似てるんで、思わず指差したっていう。
  そうそう。あれはほんとにビックリしたね。もう、そっくりでさ。
糸井 はははははは。

 川沿いにグラウンドやら野球場やらがならんでいる場所、晩秋の茶色くなった芝生がひろびろとひろがっていて、そこでときどき散歩の途中に出会うちょっとくたびれた老犬どうし(失礼!)が、夕暮れの光を浴びながら、あろうことか子犬のようにじゃれあっている。ぐるぐる回ったり、ちぎれんばかりにしっぽをふったり。でも子犬ほど興奮しない。なんだかわかんないけどたのしそうだなー、という雰囲気。そんな感じなんですね(この本、おふたりの「旅先」のカラー写真つきでもあるんです。この写真がまた微妙に黄昏れていて、深い味わいがある)。

 入稿校了中の最新号の、養老孟司さんと福岡伸一さんの対談「見えるもの、見えないもの」でも、特集「あこがれの老年時代」の大井玄さんへのロングインタビュー「ひとりで生まれても、ひとりでは還れない」でも、わたしたちは「言葉」というものに対して何か過剰なほどよりかかりすぎているのではないか、という話が偶然の一致のように出てきます。その言わんとするところは、それぞれの対談とロングインタビューでぜひお読みいただきたいのですが、『黄昏』にでてくる言葉は、そのように批判される言葉からはもっとも遠くはなれた「言葉」なのではないか。そんなことも思ったりするのです。

 これが『黄昏』でベスト10に入るぐらいおもしろい部分なのかと問われれば、そうでもないんですが……もう一カ所だけ、ちょっと引用してみましょうか。
 
糸井 伸坊はさ、そういう、「原始の血が騒ぐ」みたいなことある?
  う~ん、なんだろうね……。あ、無性にマネしたくなることはあるな。
糸井 え? なにそれ?
  たとえばね、コンサートに行くでしょ。うちの妻が好きなもんで、ワールドミュージックみたいなジャンルのコンサートに行ったりするんだよ。
糸井 うん、うん。
  そこで、中国の奥地のミャオ族の音楽かなんかをやってたりするわけ。もう、も~のすごく、月並みじゃない声。「へ、ァア────!」みたいな。それを見てるとね、「う、いますぐマネしてぇ!」って思うんだ。
糸井 はははははは。それが、「原始の血が騒ぐ」感じ?
  うん。もう、見ながら、間髪入れずにマネしたいんだよね。「いますぐだったらマネできる!」家に帰って思い出して、じゃダメ。「いますぐマネしたい!」って思うの。これ、清水ミチコに言ったら、すごくわかってくれましたよ。
糸井 あー、清水ミチコもそう思ってんだろうね。「マネしてぇ!」って、いろんなところで。
  うん、思ってるはず。だって、絶対ウケるしさ。
糸井 でも、ウケようがウケまいが、マネしたいわけでしょ?
  あ、そうか。なんでだろうね。
糸井 なんでだろうね。雁がさ、群れを作って飛んでくみたいなことかね。
  …………え?
(つづく)

 こう引用してみると、実はこの話、やっぱりそのまま養老・福岡対談、大井玄ロングインタビューにもつながっていくところのある話なんですねえ。おそるべし『黄昏』。「考える人」の次号特集「あこがれの老年時代」にも地下でつながっている!

 そういえば、関係ない話ですけれど、それほど冷え込んでいない今朝、ひかえめで地味なツグミの鳴き声が聞こえてきました。シベリアから渡ってきたんですね。冷え込まずとも、もうすっかり冬です。こたつにミカンに『黄昏』。これ、絶対おすすめです。
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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