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2010年4月8日

池澤夏樹『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』 (小学館)

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池澤夏樹『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』
(小学館)

 信仰をもたない者が、ある宗教の聖典を読み、その聖典について考えたり語ったりすることは、どこか落ち着かないところがあります。しかし、キリスト教における聖書について、信仰をもたない者がそれを読み、語ることを、とがめだてられる気配を感じないのはなぜでしょうか。

 洗礼をうけた人の葬儀に参列するとき、手もとに配られたリーフレットをみながら賛美歌をうたう。葬儀でかならずうたわれる賛美歌があり、耳にすれば旋律がよみがえるので、わずかに遅れて小さな声でついてゆく。そのとき、信仰をもたない者であっても、亡き人を送る気持ちが静かにたかまることがあり、うたうことによって、気持ちが少し慰められるように感じることもある。うしろや横にいる参列者のうたいかたが、あきらかに信者のものと感じられるつよさがあるとき、少し気持ちが臆することがないわけではない。

 聖書にかかれてある言葉が、小説のなかにでてくる。それと気づかず素通りすることもあれば、これは聖書から引かれているのではと思い、それがたしかめられると、なるほどそういう文脈にある文章かと腑に落ちる。また意外に思うこともある。なんとなく気になりながらやりすごし、そのままの場合のほうがもっと多いけれど。

 しかしたとえばアメリカ南部の作家、ウィリアム・フォークナーの小説を読み、そのなかにあるシェイクスピアの言葉と、聖書の言葉をどれだけ読み分けることができるか、と考え始めると途方に暮れてしまう。「死海文書」とは何か、「ユダの福音書」はどのように読まれるべきものなのか、聖書はどのように成立していったのか、文語訳、口語訳、共同訳のちがいはどこからくるのか。

 日本人のなかに占めるキリスト教信者の割合は、全人口の1パーセントにも満たないと言われています。しかし、毎年、聖書は何十万部と売れている。やはり、信仰から離れたところでも聖書は熱心に読まれているようです。あるいは読まれることのないまま、書棚で眠っているのか。しかしいきなりひとりで聖書を読み始めても、生まれてはじめて暗い映画館に入ったときのように、どこにどんな席があり、どうやって座ればよいのか検討もつかない──聖書は初めて手に取る者に、そんな気分を与える場合もあるでしょう。

 池澤夏樹さんは「父方の祖母が聖公会の伝道師」だったそうです。そして「若い時からずっと、ぼくは宗教に強い関心を持ってきたが、その関心はついに哲学の範囲にとどまって信仰に到達しなかった。ぼくの側に準備と努力が足りないのか、あるいは上天から声が掛かるのを待っているほかないものなのか?」そのように本書のまえがきで触れながら、池澤さんのキリスト教への近さと遠さについて述べています。

 しかし同じまえがきの終わりで、「すべての源泉は聖書だ。旧約と新約。古い約束と新しい約束。神と人の間の契約。こういうことについて一定の知識を得てはじめて、世界の正しき姿が見えるだろう」とも述べてもいて、聖書への関心が浅からぬところもはっきりと書かれている。短いまえがきのなかにも池澤さんの振れ幅はあり、聖書がひとにそのようなこころの動きをあたえるものだということをあらためて感じさせられます。

 そして、池澤さんのそのような伸び縮みする聖書への関心の行き先が、池澤さんの父・福永武彦の母方の従弟である秋吉輝雄さんへと向かうのです。秋吉さんは比較宗教学の研究者であり、なかでも旧約聖書を専門とし、新共同訳聖書の旧約聖書続編の翻訳にも参加している碩学です。池澤さんに、そのような親族がいらっしゃるとはまったく知りませんでした。しかも、秋吉さんは、池澤さんの青春時代、「兄に似た存在」としてひそかに頼られていたらしい。おそらく十代で失恋した池澤さんと、こんなやりとりをしているのです。
 
 失恋したぼくが浅はかなロマンティシズムで「旅にでも出ようかと思うんです」と言うと、彼は「そんなことしちゃダメだよ。旅先なんて他のことは考えないんだから、いよいよ苦しいことになる」と適切な、たぶん自分の体験に裏付けられた、助言をくれたものだ。
 
 本書は、このようなやりとりもなりたつ「兄」と「弟」のあいだで、長時間にわたってかわされた対話の記録です。ここでは書物としての聖書の成り立ちを、池澤さんの関心にそって、さまざまな角度から秋吉さんに質問がなげかけられ、それに秋吉さんが答える、というスタイルがとられています。目次には、「ヘブライ語には過去形がない」「『原罪』とは何か?」「対立したものをそのまま並置する古代ユダヤ人」「神の名を口にしてはならない」「民族文学全集としての聖書」「聖書の『原本』は存在するのか?」といった項目がならんでおり、池澤さんと秋吉さんのとりあげる切り口に興味は尽きません。聖書をふたたび、あるいははじめてひもときたくなる、そのような刺戟を与えてくれる内容です。

 最新号「はじめて読む聖書」特集を、この一冊も隣におきながら、ぜひご覧くださればとおもいます。
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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