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2016年5月12日

活字を通して伝わる声(No.674)

Kangaeruhito HTML Mail Magazine 674
 

我武者羅應援團『僕らの仕事は応援団。――心をゆさぶられた8つの物語』(大和書房)

 活字を通して伝わる声

“大の苦手”だったのが、応援団という男の集まりです。悪い連中ではなさそうだし、いたってマジメなヤツもいるのだけれど、紋切り型の押しつけがましいバンカラ・ポーズ、演技過剰の熱血漢ぶり、どうかと思うような先輩・後輩の上下関係――。

 どおくまんの「嗚呼!!花の応援団」のようなギャグ漫画であればいざ知らず、現実には少し暑苦しいグループとして敬して遠ざけていたものです。

 ところが、たまたま「小説新潮」3月号、特集「Story Power 2016」を読んでいて、ある作品に目がとまります。武藤正幸という著者名に添えて、「我武者羅應援團(がむしゃらおうえんだん)」という肩書!

「なんだ、これは」と思いながら読み始めると、巧みな導入に引き込まれます。
 
〈あの日、彼女に対して「頑張れ」と言わなかったこと。
 それが私達にできる、唯一の応援だった。
 彼女が死んでしまった今も、その応援は続いている。(中略)
 私の名前は武藤正幸。職業は応援団。あの学ラン姿でフレーフレーと叫ぶ応援団が、自分の仕事だ。何を言っているんだと思ったあなたは、とても正しい。私だって、自分が大人になって応援団になるなんて、思っていなかった〉

 実話にもとづく物語が、この「生きる」という作品です。我武者羅應援團――初めて聞く名前です。ところが、応援団の3文字にふと身構えたことなどいつしか忘れ、気がつくと、夢中で一気に読了し、ウルッと涙ぐんでいたのです。
 
〈応援とは、相手を輝かせるために、力を尽くすこと。
 相手を想い、心の底から絞り出した言葉は、伝わると信じている〉
 
 人によって心に響く応援は違うのだから、大切なのは相手を知ること。まず会って、その人をじゅうぶん理解するまで、よく話を聞くことだと述べられます。一人一人の人生に寄り添うような応援をする。この世にたった一つだけの、その人のためのエールを送る。それを職業にしているのが我武者羅應援團だというのです。
 

 HPを見ると、2007年に設立され、「『気合と本気の応援で世界を熱くする』という志のもと、人々の勇気を後押しする応援団」と書かれています。20代から30代の7名の社会人が構成メンバーで、2016年4月1日現在、結成から“940応援”という数字です。平均すると年に100回以上の実績です。創設者であり団長でもある武藤貴宏さんの実弟が、「生きる」、そして今回紹介する本の書き手である武藤正幸さん。

 さて、「なぜ大人になってプロの応援団になったのか」という話はひとまず擱くとして、私をウルッと涙ぐませた「生きる」の話を続けましょう。

 主人公は、看護師をしている29歳の茜さん。末期癌を患って、余命あとわずかと言われています。病気と懸命に闘いながら、2歳になる息子を育てている彼女に応援のエールを送ってほしい――数名からメールで依頼されたのが始まりです。

 最初の発症は22歳の時でした。悪性リンパ腫。半年間の闘病に耐え、職場に復帰。やがて中学時代の同級生と結婚します。最初の子は流産でしたが、2度目の子を授かった喜びも束の間、悪性の顎下腺癌肉腫の診断が下ります。

「赤ちゃんを産むか、自分の命を救うか」――夫も両親も、医師もまわりの看護師たちも、今回は「子どもを諦める」ことを勧めます。ところが、彼女は迷いませんでした。自分は産む。医師と相談し、36週での帝王切開によって男児を出産。その6日後に手術が行われます。

 手術は成功し、茜さんは一命をとりとめますが、出産から1年後、癌の再発が言い渡されます。肺に10以上の転移。下された診断は「余命半年」でした。彼女のブログには、苦しい胸のうちが記されます。
 
〈癌になってしまったことが不幸だなんて思わない、
 癌になって心まで侵されてしまうことのほうがよっぽど、悲しいんじゃないかな〉
 
 彼女を応援してほしいと依頼された我武者羅應援團は、このブログを読んで打ちのめされます。彼女を襲った運命の過酷さに対してではありません。それに立ち向かう彼女の覚悟、本当の強さを知ったからです。「死を間近にしたからこそ、彼女の生は輝きを増している」。それに比して、自分たちは本当に生きているといえるのか? 
 
 
〈彼女のように生きてみたい。そう強く思った。同時に「どんなメッセージを送ることが応援になるのか?」という問いが立ちはだかってきた。応援したいと思えば思うほど、出口のない暗闇に飲み込まれていくようだった〉

〈茜さんから伝わってくる圧倒的な「生」への覚悟、そこに伝えるべき言葉を、私達は持ち合わせていなかった〉
 
 無力感を覚えながら、団員たちは必死で考えます。そして悩み、考え抜いた末に、あることに思い至ります。その瞬間、「目の前の霧が晴れ、茜さんにまっすぐ続く道が見えて」きます。本番当日、茜さんを前に、「頑張れ」とは言わないで、我武者羅應援團はどういうエールを送ることができたのか――。クライマックスは、あえてご紹介しないほうがいいでしょう。
 

 ともあれ、この1篇に惹かれて、2012年8月に出た『僕らの仕事は応援団。』を読みました。副題にある通り、我武者羅應援團の心に残った8つの印象的な出来事を綴っています。状況設定も、彼らがそこで直面する難題も、それぞれ異なっています。

 離反していた大工職人の父と息子。厳しく鍛えようとしたことがアダとなって、家を出てしまった息子の結婚式。父は自分の想いを、応援団の一員となってエールにこめます。

 1チーム10人前後のランナーが、タスキをつなぎながら、1.6kmの周回コースを24時間走り抜くマラソン大会。このバカの極みのような耐久レースを、沿道から24時間応援します。

 母子家庭の10歳と8歳の姉妹から、頑張っているお母さんに「母の日のプレゼント」として頼まれたサプライズ応援。

 会社という組織の歯車となって働いているサラリーマンたちへの応援歌。フランスのジャパンエキスポ会場での4日間にわたる悪戦苦闘……どれもが、ありきたりの展開では終わりません。
 

 最後は団長の母校の同窓会。15歳の春、ここの応援団に入団したいと夢見たにもかかわらず、たった2週間で逃げ出した自分の不甲斐なさ。その失敗、後悔にけじめをつけ、自分へのリベンジを誓ったのが、29歳で仕事を辞め、プロの応援団を作った理由です。その母校の同窓会で、奇しくも先輩応援団員たちと合同演舞を行います。

 過去と現在が交錯する、まっすぐで熱い青春ストーリー。応援団なるものへのこれまでの“拒否反応”が徐々に薄らいでいくのを感じます。
 
〈よく意外だと言われるのだけれど、團員は皆、ビビりだ。本番前になると、各々が緊張を振り払おうと、色々なことをする。腕立て伏せ。胸を何度も強く叩く。やたらぴょんぴょんジャンプをする。鏡に映った自分に向けてエールをきる。そして私はというと……吐きそうになるのをこらえ、目に涙を浮かべ、深呼吸をする。そうやって、自分の中に広がる不安と闘っている〉(「生きる」)
 
「多くの人が誤解をしている」けれども、我武者羅應援團は、ガムシャラな人間の集まりではなく、ガムシャラになりたい人間、これまでの人生ではくすぶり続けてきた仲間の集合体――。
 

 引っ込み思案で人づきあいが苦手とか、何をやっても中途半端で長続きしないとか、やりたいことに一歩踏み出せないタイプとか、肝心な時に勝負しないで逃げてしまったタイプとか……。だから、自分を変えたい。これ以上自分を嫌いになりたくない。生きている手応えを感じたい。そう願って、団に参加しているというのです。
 
〈……私達が我武者羅應援團と名乗るのは、自分にプレッシャーをかけるためだ。ガムシャラと名乗ったからには本気で生きなければならない。そうやって自分を追い込む。そのくらいしないと、弱い自分にまけてしまいそうになるからだ〉(同上)
 
 日頃からハードトレーニングを課して、当日のウォーミング・アップ、リハーサルも入念をきわめます。事前のリサーチやヒアリングは不可欠の準備です。それが応援をただのパフォーマンスに終わらせないための糸口であり、キモに他ならないからです。

 本番の不安と緊張を吹き払うのは、「この応援のためにどれだけ自分が情熱をかけて、準備してきたか」という一事です。ビビったり、逃げ出したくなる自分を支え、「ガムシャラに生きる」という言葉に力を与えるのは、その積み重ねがあるからです。
 
〈何が相手の心に響くのかは、その時々で全然違う。……学ランを着てエールを送るだけでは、本当の意味での応援にはならない。
 実際に体を動かし応援をする、そしてそれ以上に時間をかけて、徹底的に考える。すぐに答えが出なくても、相手を想像して最善の応援を探すことを、あきらめてはならない。応援は頭も体も心もフル回転させて、初めて成り立つ〉
 
 
 東日本大震災直後の3月28日、気仙沼のパブリックビューイングの会場で、春の選抜高校野球大会に出場の東北高校の試合を応援します。目の前に広がる瓦礫の山を見るうちに、一同は「とてつもない無力感」に襲われます。
 
〈避難所の皆さんにどんな応援をしたら気持ちが届くのか。
「がんばれ」という代わりに、何を伝えられるというのか?
相手と向き合おうと思えば思うほど、何一つ言葉が浮かばない。
自分達の応援で誰かを傷つけてしまうかもしれない。
そのことがどうしようもなく怖かった〉
 
 応援団という仕掛けにことよせて、語られているのは人と人とのコミュニケーションの根幹です。学ラン姿での声を限りの応援とは違う、活字から立ち上る真率な声が、読者の心を揺さぶります。

 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
写真提供・我武者羅應援團
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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長 松村 正樹


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