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お客さん物語

2021年12月7日 お客さん物語

3. マイナージャンルのエスニック

著者: 稲田俊輔

 ある時僕は、知人の営むエスニック料理店で食事をしていました。その店はエスニック料理店の中でもかなりマイナーなジャンルの店です。マイナー故に簡単に店が特定されてしまいそうな気もするので仮に「チョメチョメ料理」としておきましょう。チョメチョメ料理の専門店は当地でも数えるほどしかなく、その中でもこの店は特に現地の味に忠実で本格的な料理を提供する一軒です。

 食事を終えてチョメチョメ茶でくつろいでいると、店主が突然僕に尋ねてきました。

「イナダさんは『南インド料理』を普及させたいと思ってますか?」

 いきなり虚を突かれる質問でした。

 僕の仕事の中心と言える南インド料理は、チョメチョメ料理と同じかそれ以上に日本ではマイナーなジャンルです。マイナーであるが故に、度々雑誌やネットメディアの取材を受ける事もあるのですが、その中で僕自身は往々にして「南インド料理の普及に尽力してきた人物」として紹介されたりもします。かつては「いや、別に僕が普及させたわけではないですから」と言ってその表現を削除してもらったりもしていました。しかしそのうち、そう書いた方が記事の収まりも良いし、何よりそれは自分たちが営む南インド料理店にとってはメリットでしかないと思い、特に訂正も求めなくなっていたのです。

 しかしこうやって面と向かって聞かれると、そこは正直に答えるしかありません。

「いや、別に南インド料理そのものを普及させたいなんて僕は思ってないですね」。

 そしてもうひとつ大事な事を付け加えました。

「僕が世に広まって欲しいと思ってるのは南インド料理ではなく、あくまで『それを扱うウチの店』ですから」。

 お店にとって一番大事なことは「店を潰さないこと」です。どんな理念や理想や夢よりもそれは最優先事項です。お店、特に飲食店というものは世の中の人が思ってるよりずっと簡単に潰れますし、潰れないにしてもその運営収支は常にギリギリです。

「南インド料理」に関して言えば、ある程度そのジャンルが認知されて広まることは、店が潰れるリスクを少し引き下げてくれます。そういう意味では「普及」して欲しいというのは嘘ではないのですが、それはあくまで手段であって目的ではありません。

 逆に普及しすぎると、店の希少性は失われます。なので先程の僕の回答をもう少し噛み砕くと、

「ウチの店にメリットがある範囲でほどほどに普及するといいですね」

 というようなことになります。

 僕の答えを聞いた店主は、ホッとしたように言いました。

「ですよね。僕もぜんぜんそんなこと思ってません」。

 たぶん店主も僕のその答えを半ば予想していたのでしょう。そして「メリットがある範囲で広まって欲しい」という言外のニュアンスも共有していたと思います。

 なのになぜ彼はあえてそんな質問をしたのか。

 彼曰く、最近はその店も「マニア」の来店が急増しているとのこと。マイナージャンルのエスニック店は、マイナーであるが故にそれを熱く支持するマニアによって支えられている部分が少なくありません。その客層が急増しているのはとても喜ばしいことです。

 しかし彼は、そんなマニアたちが決まって声をかけてくる一言に戸惑いを感じていました。それが、

「チョメチョメ料理がこれからもっと普及するといいですね!」

 という、ある種の温かい激励の言葉です。

 これは言うなれば「マイナーエスニックあるある」です。「お約束」と言っていいのかもしれません。僕もそれまで何度も耳にしてきた激励です。僕はそれを言われるたびにとりあえず「ありがとうございます」とだけ返してきました。それは激励に対する素直な感謝であり、また「程よく普及して欲しい」という意味では決して嘘ではありませんでした。

 でもここの店主は、僕よりもう少し生真面目だったのかもしれません。

「普及するといいですね!」

 という言葉に対して、自分は何と言って返したらいいかわからないんです、と。

 また彼は同じ市内にあるまた別ジャンルのマイナーエスニック料理店の店主が眩しい、とも言っていました。そのバツバツ料理店の店主はSNSなどで「バツバツ料理の普及に一生を捧げます!」「これからはバツバツ料理の時代だ!」といったポジティブこの上ない主張を繰り返していました。その発言が心からのものなのか、店の評判をより高めるためのあえての振る舞いかはわからないけど、自分はとてもああいうふうにはできない、と言うのです。

 僕はとりあえず、

「お客さんが言う『普及するといいですね』ってのは純粋な好意と応援なのだから、あまり深く考えずありがたく受け取っておいたらいいと思いますよ」

 と、当たり障りのないアドバイスめいたことを言いながら、実のところ自分自身が一番ホッとしていました。こういうふうに考えて、こういうふうに戸惑っているのは、少なくとも自分一人ではなかったんだ、という安堵です。

「◯◯料理が普及するといいですね!」

 という屈託のない激励の言葉を投げかけてくれるマニアのお客さんたちも、その実、本当の意味で「普及」して欲しいわけでもないのではないか。僕はそんなふうに思っている部分もあります。それはいわゆる「判官贔屓」であったり、世間がまだ気付いていない「◯◯料理の価値」にいち早く気付いたアーリーアダプターとしての誇りであったり。

 それはどこか、インディーズバンドとファンの関係にも似ていると思っています。「もっと有名になって欲しい」「もっとみんなに知って欲しい」と純粋に願うファン。そしてそれに勇気づけられ心からファンに感謝するバンド。しかし本当にそのバンドがメジャーデビューしてしまうと、古参のファンはなぜか熱意を失ってごっそり離れていってしまう。かつて小さな音楽シーンの中にいたこともある僕も度々目にしてきた光景です。

 だから、「普及するといいですね!」と応援するお客さんと「頑張ります!」と応えるお店、そこには微妙な虚々実々が含まれながらも、そんなやりとりが交わされる時代は間違いなくある種の貴重な蜜月期間だと思うのです。お店側としては、その蜜月が長く永遠に続くことを願うばかりなのですが。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke


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