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お客さん物語

2022年1月18日 お客さん物語

5.友だちとは何であるか——議論で更けてゆく居酒屋の夜

著者: 稲田俊輔

 僕が最初に店を任された居酒屋は、言うなれば「夜の街に寄生した店」という一面がありました。それは20年以上前のこと。スナックやクラブ、ラウンジと呼ばれる、女性が男性を接待する、ボトルキープを基本とするお酒主体の店がまだまだ元気だった時代の話です。

 ウチのお店は夕方の5時開店でしたが、その直後に最初のピークタイムが来ます。いわゆる「同伴」というやつで、夜のお店の女性たちがそのお客さんを伴って訪れるのです。それは言うなれば「疑似デート」。二人きりで食事をして、その後そのまま女性が所属する夜の店に行くという流れです。

 男性にとっては「疑似デート」かもしれませんが、女性にとってそれはほぼ純粋なビジネスです。ほとんどの店では「同伴ノルマ」があり、週に何回かはそうやってお客さんを伴って「出勤」しなければならないわけです。ノルマには大抵「7時までに入店すること」というルールも含まれます。ということは、その前段で食事をする場所である僕がやってたような店では、少なくとも6時半前くらいまでには料理を出し切って満足してもらわねば次に繋がらないわけです。それはなかなかシビアでタイトな時間帯でした。

 そうやって「同伴客」を送り出すと、次は「一般のお客さん」の時間です。会社帰りのビジネスマンたちがグループで訪れたり、もちろんカップルも。こちらは言うまでもなく「疑似」ではない本当のデートです。あるいは「合コン」や、今の言葉で言う「女子会」が開かれたりしました。

 僕のお店は深夜2時までの営業でしたから、12時過ぎると最後のピークタイムが訪れます。夜の街の女性たちが今度はこの時間にお客さんを連れてくる、いわゆる「アフター」と呼ばれる来店です。こちらには女性に課せられたノルマはありませんが、お客さんを次も引っ張るための営業活動という意味合いがあります。「同伴」のように時間的なシビアさはありませんでしたが、基本既にアルコールで「出来上がっている」お客さんばかりですので、それゆえのしんどさはありました。営業時間は2時までと言いつつ、それを延長せざるを得ないこともしばしば。

 もっともそんな時間にもなれば、僕を始めスタッフもお客さんから「まあ一杯」と酒を奢られたり、あるいは店の酒を勝手に飲んだりして、こっちもただの酔っ払いと化していることもあり、心中「早く帰ってくれないかな」と思いつつ、なんとなくなあなあで気分良く夜は更けていく。それが当時の日常でした。

 当時から料理そのものに対しては真剣に取り組んでいたという自負はありますが、それは表社会の「フードビジネス」というのとはやはり少し毛色が違って、「水商売」という世界に片足突っ込んだままなんとなく毎日をやり過ごしていたという感じです。今となっては良い思い出でもあります。

 さてここまでの時系列を俯瞰してもらうとお分かりかと思いますが、「同伴」からの「一般客」がだいたい引けて、次に「アフター」が始まるまでの、具体的にいうと10時から12時くらいにかけてが、一番ヒマな時間、いわゆるアイドルタイムになります。この時間に、前半戦で無くなった料理の仕込みを行ったり、夜中酔っ払う前にと翌日分の発注を済ませたりもするのですが、基本的にはのんびりタイムです。そしてこの時間には、お客さんというより友人と言った方が相応しい、顔見知りの同年代の常連客が店を冷やかしに来ることがありました。これがなかなか楽しい時間でした。

 そんな中にKという常連というか友人がいました。彼は社交的で交友関係も広く、いろんなお客さんを連れてきてくれ、店のアイドルタイムがなんとなく友人同士のサークルの部室みたいな雰囲気になる、そんな場の中心人物でした。

 Kと僕はある時からカウンター越しに「ディベートごっこ」をするのが常になっていました。「カレーにおけるジャガイモは必要か不要か」「赤味噌と白味噌はどっちが偉いか」「ザ・スミスにおいてモリッシーとジョニー・マーはどっちが重要人物か」といった、結論を出しようのない、かつ実にどうでもいいテーマがなんとなくどちらかからか提示され、探り探りどっちがどっちの意見の役割を務めるかが決まると、後はそのテーマと各々の役割に沿ってディベートが始まり、もちろんそれは周りの友人たちも巻き込んで楽しくもくだらない議論が(12時過ぎて僕がふたたび忙しくなるまで)繰り広げられる、そんなパターンでした。

 当時Kは、以前この店のスタッフでもあった女の子と付き合っており、大抵の場合その彼女もそこに居合わせていました。彼女はいつものこのディベートには加わることはなく、ニコニコと聞き役に徹していたり、あるいは他のスタッフやお客さんと、ディベートとは関係ない会話に勤しむのが常でした。

 しかしある日、異変が起きました。

 いつものように我々がゲラゲラ笑いながらくだらないディベートを繰り広げていると、突然彼女がカウンターに突っ伏して、ブワっと泣き始めたのです。

「どうしてっ! どうしてあなたたちは仲良くできないのっ!? どうしてそうやって会うたび会うたび喧嘩ばっかりするの!?」

 彼女は嗚咽しながらそんな問いを僕たちに投げかけてきました。

「わたしはKも好きだしイナダさんも好きだし、なのにそんな大好きな二人がいつもいつも喧嘩してばっかりなのは悲しい!」

 Kは顔面蒼白になりながら、まさかそんな説明が必要になるとも思わなかったであろう説明を始めました。

「いや違うんだ。これは喧嘩なんかじゃない。二人ともめちゃくちゃ楽しんでるんだよ。むしろ俺たちはめちゃくちゃ仲がいいんだよ。なあ、イナちゃん!」

 僕もやっぱり心底焦りながらそれを受けて、Kの言う通りだよ、俺たちは仲がいい友だちだからこそこういう遊びを毎回毎回楽しんでるんだよ、と必死の援護射撃を行いました。

 しかし彼女は全く納得せず、嗚咽しながら彼女なりのこんな意見を主張しました。

「あなたたちが何言ってるか全然わからない! 友だちってのは……、友だちってのは、綺麗なものを見た時は『綺麗だね』『そうだね!』って言い合って、おいしいものを食べた時は『おいしいね』『そうだね!』って言い合って、そういうのを友だちって言うんでしょ!」

 この誰がどうやっても取りまとめようが無い修羅場は、結論だけ言えばその後数分でとりあえず収まりました。その場の誰がどうやって収めたかは記憶にありません。

 この日そのあとKと彼女が、二人きりになってからどういう会話を交わしたかは知りません。

 そしてこの「友だちとは何か」という、ある種哲学的であり、そしてどこまで行っても平行線で決して交わることの無さそうな論争について、とりあえず僕は、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、というような判定を下すつもりはありません。

 ただ、その後も我々、つまりお客さんとも友人ともつかない、というかそのどちらでもあるグループの親交はゆるゆると続きました。

 そんな昔話です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke


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