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お客さん物語

2022年3月1日 お客さん物語

8.あるラーメン店の老成

著者: 稲田俊輔

 僕が20代の頃から通い続けているラーメン屋さんがあります。

 いや、通い続けているというのは正確ではないかもしれません。その店には当初続けざまに数回行った後は、せいぜい34年に1回、ふと思い出して立ち寄る程度になっているからです。

 なぜそんな程度の頻度でしか行かないかというと、その理由は極めて単純で、僕はそこのラーメンがさほど好きではないのです。ごく稀にしか行かない上に、味があまり好きではないなんて言い切り、その店にとってちっともいいお客さんではありませんが、それでも僕にとってその店はいつまでもそこにあって欲しい店のひとつなのです。

 僕が初めて訪れた当時その店は、その100万都市で大袈裟でなく一、二を争う話題の店でした。そのラーメンの特徴はとにかく「濃い」こと。もともと濃厚ラーメンの文化がほとんど定着していなかったその地域ではもの珍しく、また、その後日本中で本格的に訪れる濃厚ラーメンブームを先駆けるように多くの人々に歓迎されたのでしょう。

 味のことだけでなく量がたっぷりだったのも「お値打ち感」を重視するその地域の傾向にぴったりマッチしていたように思います。特に豚バラ肉を使ったチャーシューは、分厚いものが3枚載せられていました。いや、「3枚」というよりむしろ「3塊」と言う方がふさわしい、ほぼ角煮と言っていいトロトロの肉塊。

 店は大きなオープンキッチンをコの字型に囲む実用本意の作りながら、内装の要所要所はそこはかとなくウエスタン調にまとめられており、器もいかにもなラーメン丼ではなく民芸調の黒い焼き物。そこにレンゲではなくこれまた民芸調の木杓子が置かれ、当時としてはまだ珍しい、ちょっとオシャレなラーメン屋という一面もありました。

 スープは白濁とんこつベースで、見るからに濃厚なだけでなく、やたらしょっぱいのも特徴でした。世の中の濃厚ラーメンはだいたいしょっぱいものですが、その中でも群を抜いていました。麺の量自体も多い店でしたが、しょっぱい濃厚スープはそこになみなみ。そしてその丼の中でひときわ強い存在感をはなつ3個の角煮チャーシューは、あろうことかそのスープに輪をかけてしょっぱかったのです。

 そんな逃げ場の無いラーメンどうやって食べるんだよ、というところでもあるのですが、この店にはそれを解決する最終兵器がありました。それが食べ放題のライスです。ライスは巨大なジャーごと客席の一角に置かれ、お客さんのほぼ全員が、ライスと一緒にラーメンを食べていました。スープはまだ百歩譲って、完飲を目指さなければそのままでもおいしく食べることはできましたが、角煮チャーシューをライス無しでこなすのはかなり難しい。そしてそのたっぷりとしたトロトロの脂身は、確かにライスとの相性がバツグンでもありました。

 ライスコーナーにはダメ押しのように巨大タッパーに入ったキムチまで置かれており、ついついそれも取ってライスの上にこんもり載せてしまう。すると角煮チャーシューをさらに持て余す事になり、結局ライスをおかわりしてしまう。ただでさえ量の多いラーメンに巨大な肉塊が載り、ライスまでおかわりすれば、もはやどんな腹ペコさんも確実にノックアウトです。

 と、ここまで書くと誰もがお察しでしょうが、その店のお客さんは大半が若者でした。使えるお金は限られているのにいつだって腹は減る彼らが、ラーメン1杯の値段で麺もスープも肉もご飯もキムチもお腹いっぱい食べられる。そしてその濃すぎる味は最初の一口から最後まで圧倒的な充足感を与えてくれて、お店を後にするときにはいつだってボーッとするほどの幸福に満たされることが約束されている。それはある種の中毒状態を引き起こしたに違いありません。お店はいつもそんな若者たちでいっぱい。当時まだ若者だった僕もその中の一人でした。

 脂っ濃さはともかくしょっぱすぎるそのスープの味も、黄色く透明感のあるゴムのような弾力の太ちぢれ麺も、それほど好みではなかったのにもかかわらず、圧倒的な空腹を感じていた日にはついつい足が向きました。

 しかしそんな期間も束の間、僕はいつの間にか何となくその店から足が遠のくようにもなっていきました。僕自身がそろそろ無邪気に若者とは言い切れない、そんな「青年期の終わり」に差し掛かっていたということだったのかもしれません。

 それでも数年に1回は、当時を懐かしむかのようにその店を訪れてもいました。

 そんな中、10年目くらいに、店にはある変化が訪れていました。スープの味は相変わらず濃いは濃いけど、以前と比べるとあきらかにしょっぱさが抑えられたものになっていたのです。角煮チャーシューはそのボリュームや脂身のトロトロはそのままでしたが、こちらもやはり味付けがかなり抑え目になっていました。それでもライスは付けたくなるような気もしましたが、無ければ無いで無理なく食べ進められる、そんなラーメンになりつつあるように感じました。

 それだけだったら、もしかすると自分のその時の体調のせいでたまたまそう感じられた可能性もなきにしもあらずでしたが、そのさらに数年後訪れた時には、もっとはっきり目に見える変化が起こっていました。

 券売機のメニューには、相変わらず角煮チャーシュー3枚が載る通常サイズに加え、それより少しだけ安い価格でチャーシューが1枚だけのものが加わっていたのです。さらにはなんと「あっさり醤油ラーメン」という、かつてのその店だったら考えられないような新商品も登場していました。

 客席を見渡すと、10数年の時を経て、そこはもはや「若者」とは言えない年代のお客さんが大半を占めていました。お店の評判もいつのまにか、「かつては革命的だったが今となってはむしろ古臭い味やスタイルの店」といった感じになっていたようです。少なくともこの10年で吹き荒れたラーメンブームの嵐とはもはや無縁の存在でした。

 もしかしたらそんな中で、お客さんは大きく入れ替わることなく、お店と共に歳を重ねていったということなのでしょうか。僕は、最近はお店で見かけることのなくなったこの店の大将のことを思い出していました。 

 実は僕がこの店を知った当時、大将とはたまたま少しだけ仕事上の関わりを持ったことがありました。当時大将はおそらく30代そこそこ。具体的に尋ねたわけではありませんが、沖縄か南九州の出身を思わせるくっきりとした目鼻立ちで、ギラギラと精力的な雰囲気を醸し出す精悍な男でした。僕は「この店のラーメン同様、濃くてパワフルな人だな」という強烈な印象を持ったことを覚えています。

 お店のオープンキッチンの中では自ら誰よりも機敏に立ち働きつつ、当時いくつかの支店も出店し、経営者としても精力的に腕を振るっていました。

 数年に一度しか訪れることのない自分が店で大将を見かけなくなったのは、たまたまのタイミングなのか、すっかり現場を退いて経営に専念しているのかはわかりませんが、なんとなく後者なのではないかと勝手に想像しました。そしてこの店のじわじわした変化は、もちろん客層の変化(というか変化しなさ?)に合わせたマーケティングであるのと共に、むしろ大将自身の嗜好や生活スタイルの変化を投影したものなのではないか、とも思いました。

 世の中の熱狂的なラーメンブームとは距離を置き、昔のままのスタイルでひっそりと、そして昔からのファンは大事にしながら暖簾を守り続けるこのお店と大将は、とりあえず今ある店でファンたちと共に静かに老成していく道を選択したのではないか。なんとなくそんな気がするのです。

 僕もいつのまにか券売機で「チャーシュー1枚」を選択するようになりました。ライスは儀式のように申し訳程度の量をごく軽くよそい、決しておかわりすることはありません。昔から変わらぬ味というわけでもなく、かといって変わり果ててしまった味というわけでもなく、ただいい具合に老成した味のラーメンを啜りながら、心の中で、

 「大将も最近はすっかり丸くなったよね」

 と、ひとりごちています。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke


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