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お客さん物語

2022年3月15日 お客さん物語

9.レビューサイトのお客さん

著者: 稲田俊輔

 食べログやグーグルマップなどの飲食店レビューは、現代において趣味の食べ歩きだけにとどまらず、日常の飲食店選びにも欠かせないツールになっています。実際にその店を利用した人々のリアルな感想がすぐに得られるのはありがたい反面、心無い中傷や根拠のない決めつけもあったりして「評価があてにならない」という批判もあるようです。

 嗜好や価値観は人それぞれですから、そういうことが起こるのもある程度は仕方ないことなのかもしれません。なのでそこは、利用する側が情報を取捨選択して賢く使うしかない、ということになります。

 僕はその効率的な利用法のひとつとして、「まず低評価レビューから見る」ということをよくやります。高評価レビューって案外自分の言葉で書かれていなくて、結局「おいしい」としか言ってなかったり、テレビのグルメ番組でもよく見かけるような定型句に終始したりしているものが大半。その点、低評価レビューには、逆に生々しい感情が溢れています。もちろんそこには偏った価値観や料理への無理解、時にはあからさまな悪意も存在するわけですが、そういった毒気に当てられず冷静にそれを読み込めば、そこにはその店の真の姿がリアルに浮かび上がったりもするのです。

 例えばフレンチ、イタリアン、スペイン料理といった欧風料理の店に関して言えば、そこに「しょっぱい」「油脂がくどい」「香草がキツい」(なので「食べられたもんじゃない」)といった低評価がいくつかあれば、僕は「これはアタリの店かもしれない」と判断します。塩気や油脂を控えて、誰にでも食べやすく、どこからも文句が出ない料理を作るのは、プロならそう難しいことではありません。なのにあえてそれに背を向けるということは、そうやってでも表現したい明確な何かがあるということでしょう。この場合であれば、おそらくクラシックでどっしりとした料理を目指していることが推定可能です。

 誰にでも食べやすい現代的な料理と、食べ手を選ぶクラシックな料理――もちろんどちらが上というわけでもありません。しかし概ね世間において後者の存在は貴重です。お店によっては、クラシックを標榜しつつも実際はメニューの中のごく一部だったり、現代的に食べやすくアレンジされていたりすることも少なくない。高評価のレビューだけ見ていると、それがどんなタイプのお店であっても区別なく、

 「とにかく絶品です!」

 「何を食べてもおいしい」

 「素材を生かした豪快かつ繊細な料理」

 「内容に対しては安い」

 といった「何も説明していないに等しい」定型句が並んでいることのほうが多いようで……。

 だからこそ低評価レビューは貴重な情報源になり得るのです。

 ただしこれは、あくまでお客さん、消費者側だけから見た話です。

 ある時こんな質問を受けました。

 「お店の人は飲食店レビューで好き放題書かれることをどう思ってるんですか?」

 この答えは基本的には大変シンプルな話で、高評価が付けば嬉しいし、低評価が付けば悲しい、それに尽きると思います。

 この嬉しい悲しいは、それが店の集客・売上を左右するという純粋にビジネス的なものと、単純に人として褒められりゃ嬉しいし貶されりゃ悲しい、というプリミティブな感情がミックスされています。

 そこでとても重要なポイントがあります。

 たとえ10件の高評価があったとしても、1件の低評価があれば、高評価の嬉しさなんて全部吹っ飛んでしまうのです。

 たった1回貶される悲しみは、10回褒められる嬉しさを簡単に帳消しにしてしまうということです。褒められる喜びは一瞬ですが、貶されれば延々とクヨクヨしてしまう……。

 その低評価が店の改善のヒントになる的確な物であればまだ(・・)クヨクヨしがいもあるってなもんですが、残念ながら低評価の多くはマッチングミスです。僕はこれを「不幸な出会い」と呼んでいます。

 「そういうのがいいんだったらそういう店に行けばいいのに、どうしてわざわざウチに来て文句言うの?」

 と言いたくなるやつです。

 低評価を書き込む人は、たぶんですが、多くのお客さんがその店と関わる中で自分一人の意見なんてささやかなものだろうと思ってるんじゃないかと思いますし、だからこそ貶すべきことは貶して少しでもバランスを取るべきみたいな使命感もあるのかもしれません。

 それは決して間違ったことではないかもしれませんが、実はそれは店(の人のメンタル)に存外大きなダメージを与えている。「だから批評なんてするな」というのももちろん違うかもしれないのですが、その甚大なるダメージには常に思いを馳せて欲しいなとは思います。

 店側の対処としては、店を貶したら貶した方が恥をかく、みたいな構造を構築するしかありません。

 もちろんその前に、サービスや商品のクオリティを上げ、かつミスを無くすという基本的な努力はありますが、これはレビュー云々関係なく当たり前のことですし、それをやったからって低評価を全て回避できるわけではありません。

 おいそれと貶されないようにするためには、その店の思想・方針・ポリシーなどを世に広めていく必要がありますし、そもそもそのコンセプトが「貶しづらい」ものである必要もあります。自分で言うのもなんですが僕はそういうことに関しては狡猾ですし、それをSNSや各種ネット上のメディアでアピールする場も持っています。

 しかし全ての店がそうとは限らない。よしんばそういうことをやれてたとしても、関係なくそこに突撃してくる無敵(・・)の人はいます。なので、店を的確に理解した高評価レビューが貯まる事が、ほとんどのお店にとって唯一、それを回避する方法となります。並べて見ると、低評価レビューのどの部分が「無理解」に基づいており、どの部分がある程度的確なものかがわかるからです。

 しかしそれとて無理解に基づく低評価を完全には回避できません。そもそもそこまで比較して読み込んでもらえる保証もありません。

 だから世の中の結構な割合のお店の人が「レビューサイトなんて無くなってしまえばいいのに」と思っていたり、自分からはそれを絶対見ないようにしてたりもします。

 ただ個人的にはそれはそれで少しもったいないとも思ってます。割合は少ないかもしれませんが、改善のヒントが得られることも確実にありますし、何より「褒められて嬉しい」という、飲食業をやってく上でのある意味最大のヨロコビも得られるので。

 あとは1件の低評価ごときにクヨクヨしないようメンタルを鍛えるしかないのでしょう。現実的には1件の低評価より10件の高評価の方が世間に与える影響は大きいわけですし。もっと言えば実際は、レビューの何十倍何百倍ものお客さんが実際に店を訪れて楽しんでくれているわけです。あえて星は付けずとも、高く評価してくれているから通ってくれているファンがその店には大勢いる。

 この幸福な事実を改めて噛み締め、レビューサイトとはほどほどに付き合っていく――これが現代の飲食店主に求められる処世術なのかもしれません。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke


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