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お客さん物語

2022年7月5日 お客さん物語

16.立ち飲み屋のお客さん十態

著者: 稲田俊輔

 僕が愛する「立ち飲み屋」。そこはいつだって小さな物語の宝庫です。

 今回は少し趣向を変えて、僕が見てきたあくまでささやかな、だけどじんわり味わい深い、そんな掌編を。

 

(1)ダンディズム

 ホッピーセット、ナカ、ナカ、黒ホッピーセット、ナカ、ナカ、と、ものの小一時間で飲み干した紳士。

 小刻みにグルグルと頭が回っている。

 自転軸がずれた惑星のよう。

 それでも紳士は最後のプライドをかけて背筋をしゃっきり伸ばしている。

 足元のローファーはピカピカに磨き上げられている。

 左手には古臭くてかっこいい腕時計を嵌めている。

 

(2)やる気満々

 「そろそろ飲み物のラストオーダーですが、閉店まであと1時間ありますから最後に『頼み溜め』いかがですか?」

 と、茶目っ気たっぷりのお姉さんに、

 「じゃあこれお代わり5杯!」

 と、すかさず答えるお客さん。

 お姉さん一瞬固まったあと、にこやかに「ハイ!」

 

(3)国際交流

 中国人の女性店員さん、しなやかな体幹を生かして下げ物の皿と鉢を10枚以上積み重ねて颯爽と洗い場に向かうも、キッチン扉の前で軽く足を滑らせて身体がぐらつく。

 すぐそばに居たカウンター席のお客さん、慌ててそれを支えようとする。

 店員さん、すんでのところで体勢を立て直す。

 そして安堵の表情でお客さんに向き直り、

 「あなた、やさしいね」

 

(4)共同戦線

 一人でテーブル席に着いて、ウーロンハイと共に5品をオーダーした眼鏡の兄さん。

 最初に煮込みが配膳されると、すかさず眼鏡をクイッ。

 「この間これ頼んだ時は茹で卵にしっかり味染みてたんですけど。今日これ妙に白くないですか?」

 店員さんたじろぎつつ、

 「煮込みにはその時々で卵を追加しながら煮込んでるんです。今はたまたまこんな感じです」

 眼鏡兄さん、ハー、と聞こえよがしなため息をつき、

 「じゃあいいです。それで」

 カウンターのお客さんA、カウンターに戻ってきた店員さんに小声で、

 「大変だねえ…」

 2品目のから揚げが眼鏡兄さんの卓に届く。

 「あのちょっと、前回はこれ5個だったはずですけど、どうして今日は4個なんですか?」

 別のお客さんB、眼鏡兄さんを振り返り、

 「あんたもう今日は帰んな。あんたの勘定は俺が持つよ」

 さっきのお客さんA、

 「それ俺も割り勘で持つわ」

 何か言いたげに眼鏡兄さん眼鏡をクイッ。

 お客さんB、その瞬間を見逃さず

 「だから帰れっつってんだろうがよ!」

 

(5)凡ミス

 スポーツ新聞に食い入るように熱中している赤ら顔のおっちゃん。

 つまみの納豆オムレツをスプーンでガバリと一口頬張った次の瞬間、ブホッとそれをスポーツ新聞にぶちまける。

 「どうしました? 大丈夫ですか?」と、駆け寄る店員さん。

 「醤油と間違えてソースかけちゃってたよ」

 店員さん、

 「作り直します? タダじゃないけど」

 おっちゃん、

 「いやいいよ。これはこれで悪くない気もしてきた」

 

(6)困惑

 お客さん「しめ鯖頂戴」

 店員さん「すいません終わっちゃいました」

 お客さん「あ、そう。じゃあアン肝」

 店員さん「すみません、それも終わっちゃいました」

 お客さん「そっか、まあこんな遅がけだもんね。…カキ酢はある?」

 店員さん「ごめんなさいそれも…。あ、しめ鯖いかがですか?」

 お客さん「…。しめ鯖終わってなかったっけ」

 店員さん「そう言えば終わってましたね」

 

(7)碇ゲンドウ

 この店ではあんまり見ないタイプのインテリ風若オヤジが激論を戦わせている。

 「だから庵野監督はマリを母性と見做した瞬間、自己の投影を改めてシンジに移し直したわけよ」

 「いやだからって、碇ゲンドウすなわち庵野監督と現実の嫁さんの関係性を物語の解釈に持ち込むのは本質から離れることになるっしょ」

 「ちょっと待って。それを否定したらあのラストシーンの解釈を半分以上放棄することになりかねないことない?」

 カウンターの中の若い女性店員さん、ホッピーの王冠を勢いよくスポンと抜きながら割って入る。

 「碇司令、かっこいいですよねえ。クールだし何気にイケメンだし、ああいう渋いおじさん私結構好きですよ」

 若オヤジたち、

 「ああ確かにカッコいいのはカッコいいよね」

 「確かにそれは間違いない」

 と言いながら、二人とも同時に口元に手をやりつつ、少し俯いてキメ顔をキメる。

 

(8)適切なアウトソーシング

 カウンターの中の若い女性店員さん2人が話し合っている。

 「奥の団体さんにウイスキーロック4つ、『飲みやすいヤツで』って言われたんだけど」

 「えー、ウイスキー2種類あるけどどっちだろう」

 「たぶんこっちな気もするけど」

 「ごめん全然わからない」

 すると片方の店員さん、カウンターで黙々と飲んでいる一人客たちに素早く目を走らせる。

 そしてその中の一人を見定めて、

 「あの、ホワイトホースとフォアローゼス、どっちが飲みやすいですか?」

 お客さん、突然の出来事に、

 「それ、僕に聞いてます?」

 と、びっくりしつつ奥のテーブルにチラッと目を遣り、

 「あの人たちならホワイトホース」

 と、キッパリ。

 

(9)アウトソーシング その後

 「さっきはありがとうございました。お客さん、ウイスキーおいしいって」

 「ああ、それはよかったです。じゃあ僕もウイスキーをロックでください。フォアローゼスの方」

 「さっきからそんないろいろ飲んで大丈夫ですか?」

 「大丈夫じゃなくなる前に帰るから大丈夫です」

 「じゃあゆっくり飲んでってくださいね」

 どうも彼女にご執心らしい隣のオヤジ、鬼の形相でそのやりとりを睨みつけている。

 

(10)人生と酒場

 二人連れのお客さん、店の奥に手書きでデカデカと貼り出されている近所の警察署の電話番号を眺めながら、

 「やっぱこのへん、あんまりガラ良くないもんな」

 「安い店だしね」

 「それにしちゃ、この店で横柄なヤカラとか危ないおっちゃんとか見ないよな。なんでだろうね?」

 「人生諦めたヤツと人生に自信満々なヤツはこの店には来ないんだよ」

 「うまいことまとめるね。でもそれちっとも質問の答えになってなくない?」

 「いいんだよそんなことは。ここは酒場だから」

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke

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