シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

Superfly ウタのタネ

約一年間、文章を書くというお仕事を体験させていただきました。
最初は指定された文字数に驚愕し、たじろぎ……心の中にじんわりと不安を抱えたままのスタートでしたが、今ではすっかり執筆タイムを満喫しています。その結果、原稿の文字量は回を重ねる度にオーバーし、しかもどんどん長くなっている……。なんと図々しい……!!
何気なく感じた日々のあれこれが、文章へと生まれ変わっていく。
毎日を注意深く見つめてみれば面白いことがたくさん潜んでいて、改めて、日々の暮らしこそがアートなんだと気付かされたとてもいい時間です。

楽しく続けさせていただいたこのお仕事、実は今回が最終回なのです……。
毎月読んでくださった皆様、ありがとうございました。

新しい習慣は新しい変化をもたらしてくれます。
私はこうして文章を書くようになって、予想しなかった手応えがありました。なんと、コミュニケーションの苦手な私が、誰かとの会話が好きになったのです。
これは私にとって、大事件です!

私はシンガーのイメージを持たれることが多いのですが、密かに作詞・作曲もしています。
全曲ではないですが、作詞に関しては持ち歌の多くの楽曲に携わっています。
なので、自分の感じたことを言葉で表現することには慣れているはずなのに、昔から自分のことを話すのが苦手でした。言葉を伝え合う生き物としてこれは致命的だ……と思いながら過ごしてきた37年(長い)。いつか克服したいと思うポイントでした。自分のことを話すといっても大げさなことではなく、最近見た映画や、自分の近況、自分の考えなどなど。とても身近なことであり、何気ない会話なんです。
内弁慶なので、すごく仲のいいお友達や家族には安心して話せますが、ちょっと仲良しだね、くらいのレベルだと自分の感じたことを自信を持って表現できないので聴き手に回ることが多かったのです。誤解のないように言っておくと、人の話を聴くこと自体はすごく好きだし、刺激的。みんなおしゃべりが上手だなーって感心して楽しませてもらってばかり。でも、自分はつまらない人間なんだという思いこみから、結局は逃げるように聴く側に回っていた。というのがより正確なところだったんでしょうね。
本当はとことんアウトプットしたいんです。感じたことは誰かに言いたい、伝えたい。共感したいし、笑い合いたい。上手にアウトプットできないというのは、新陳代謝がうまくいってない状態と同じ。言いたいことが表現できないということは、想像以上にストレスだったんです……。

エッセイを書いてみて、「歌詞と文章」には「写真と映像」のような違いを感じました。
歌詞は写真と似ています。情報量も少なく、瞬間的。一曲に詰め込める文字量にかなり制限があるので、言えることにも制限ができて無駄を省かなければなりません。歌詞はメロディでもあるので、歌ってない時間だってある。無駄を切り詰めたたった3分ほどの曲に何も発信してない時間、無言の時間があるのです。本当に言いたかったことは行間に託して聴き手に委ねる。多くを語らないスタンスが、かえってスマートに、言いたいことを伝えてくれることが多いように感じます。それが歌詞のギミックであり面白さなんじゃないでしょうか。

エッセイは映像に似ています。それも、ドキュメンタリー映像。常にカメラがあって隅々まで撮られている感覚です。見られたくない恥ずかしい部分も容赦なく追っかけてくる。そこには、自分でも気付かなかった口癖や所作がしっかり記録されていて、見返してみると、そんなポンコツな自分がなんとも恥ずかしい。全然スマートじゃない。

エッセイって、かっこつけたくてもかっこがつかないんです。

それこそがエッセイのいいところ。
そんな、かっこのつかない自分にフォーカスできたことが面白かったし、飾らない自分を表現できたことがとても心地よかったのです。

作詞だけではなく音楽活動をしていると、どうしてもかっこよく見せることにフォーカスしがちです。それって意外と簡単です。バッチリメイクして、ビシッとした衣装を纏い、すましていればいい。できるだけ無駄を省いてストイックに洗練していけばいい。それを貫くことも素晴らしいことだけど、整えられすぎたものって、逆に味気ないというか、物足りなく感じます。かっこいいの中に隙を作ること、かっこいいの中に敢えてダサさを残すこと、このさじ加減がセンスであり、個性であり腕の見せ所です。かっこ悪いからかっこいい何かに憧れを抱く。かっこ悪いって、とても人間らしくて、いい!

エッセイにおいて、映像監督もカメラマンも私。隠したいと思う部分があれば誤魔化せばいいし、映さなければいい。ちょっと勇気のいることでしたが、毎日何かに悩んだり怒ったり、空回りしながら過ごしてる日常の私を映し出すことで、私自身も自分の人間くさい部分を実感することができました。だからカメラを止めることなく日常の一部を表現できて、本当に良かったです。
小心者な私、誰かの妹であることや、犬の口臭に悩んだこと、剛毛であること、コツコツ実験好きであること、14年以上歌ってるのにボイトレに夢中なこと、お下がりが好きなこと、影響を受けやすいこと、遠いところへの旅行が怖いこと……。
エッセイを書き始めてから、いろんな感想をいただきました。「それ、私も思ってた!」みたいな共感の声もたくさんいただきました。中でも嬉しかったのは、「面白かった」という声をいただいたことです。これは歌詞や曲の感想ではいただいたことのないもので新鮮だったということもありますが、私はいつも、日常で起きる諦めたくなるような大変なことも、落ち込みそうなことも、どうやったら面白がりつつ打開できるか!? とあれこれトライしながら過ごしているので、そんな気持ちが伝わったのかなと思うと、心の深いところで誰かと繋がれたような気がして嬉しかったです。

こうしてありのままの私をお見せすることができましたが、それにしても、「隠さない」ってラクなものですね。
逆に言えば、何かを隠していて心が負担を感じてしまってることってたくさんあるんだろうなと思いました。

最近、外出時にマスクは常識になってしまいましたが、初対面の方とのコミュニケーションに戸惑うことはありませんか?
先日プライベートで知り合った方がマスクを外したお顔を初めて見ました。マスクを外す瞬間、ちょっと恥ずかしそうに外すので(笑)その姿が可愛いなと思うのですが、お顔の半分がマスクで覆われている時は目と髪型の印象しかない。マスクを外した瞬間、「おぉ、そんな可愛いお口をしていたのか!」と、意外に思うこともあって、顔の全体像を再認識するまでに少々時間がかかったこともありました。私もマスクを外す瞬間って恥ずかしいです。顔、浮腫(むく)んでたらどうしようとか、鼻水出てたらどうしようとか(笑)。

恥ずかしいわけじゃなかったのに、「隠すから恥ずかしい」が生まれることもあるんですね。
考えてみると、自分の何気ない行動にも、ついつい何かを隠したせいで恥ずかしく感じるようになったことってたくさんある。
TVのお仕事などでガッツリメイクが続くと、シミのあるすっぴんを見せるのがだんだん恥ずかしくなってしまいます。小粒なお目目を晒すのもちょっと抵抗があります(笑)。 

小柄な私が服を選ぶ時は、フルレングス&ボリュームあるものを身につけることが多いのですが、稀にスタイリストさんにタイトなパンツを勧められると、めちゃくちゃ恥ずかしいです。素足などはもってのほかです!全身に布を纏うこと自体は好きですが、周りの視線を気にして、自信もないくせにデコルテや腕など肌を見せてはならぬ。という思いが頭をよぎっています。世界中が裸族になったらそんな心配しなくなるのかな(笑)。数日間お試しで、肌を隠すことなく露出して過ごしてみても面白いかもしれませんね。案外何も気にならなかったりするのでしょうか。恥ずかしいとかではなく、寒いからヤダ!となりそうな予感もします(笑)。

……なんて、最終回もオチのない話をダラダラと楽しく書かせていただきました。

書くことと同じように、オチのないお喋りも大好きになったんです。
このエッセイを読んでいる方の中にコミュニケーションが苦手な方がいたら、ぜひ、文章を書いてみてほしいなと思います。
文章を書くことは、セラピーです。伝えるレッスンです。
自分の言葉は、心を可視化させてくれて、味方になってくれる。きっと心の新陳代謝を促してくれるはずです。
あなたも自分のことをもっと好きになれるはずです。

さて、これで月に一度のドキュメンタリー映像のお届けは、おしまいです。
どこかでまた、ちょっとかっこ悪い、すっぴんな私をお見せできたら良いなと思っています。
もちろん、かっこいい私も。

それでは、ありがとうございました。

映像監督・越智志帆

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

Superfly越智志帆

スーパーフライ おち・しほ 1984年2月25日生まれ。愛媛県出身。2007年デビュー。代表曲に「愛をこめて花束を(2008)」「タマシイレボリューション(2010)」「Beautiful(2015)」「Gifts(2018)」など多数。シンガーソングライターとしてのオリジナリティ溢れる音楽性、圧倒的なボーカルとライブパフォーマンスには定評があり、デビュー14年目を迎えてもなお表現の幅を拡げ続けているアーティストである。昨年1月には、前作から4年半ぶりとなるオリジナルアルバム『0』をリリース。ほぼすべての楽曲の作詞・作曲を越智志帆自らが手がけ、Superflyの新章を実感させる仕上がりの作品となった。Superfly公式サイト


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