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お客さん物語

2022年8月16日 お客さん物語

19. 騙す人々、騙される人々(1)――いつものカフェが、狩猟場になった

著者: 稲田俊輔

 しょっちゅう利用しているカフェがあります。個性的でおしゃれな趣味カフェみたいな店ではなく、全国チェーンの大型カフェです。そこにタブレットとブルートゥースキーボードを持ち込んで仕事をするのが主な目的。いわゆる「サードプレイス」ってやつですね。シンプルながら居心地の良い店内や、自宅や会社ともまた違う程よい緊張感ゆえか、どこよりも集中できて仕事が捗ります。ドリンクをなるべくこまめにおかわりすることと、席が埋まり始めたら速やかに退店することをマイルールとして、いつもそれなりの時間利用させてもらっています。幸い席数がやたら多いこともあり、いっぱいになることはまず無いのはありがたいところです。

 夕方からは「バータイム」になって、照明とBGMが僅かに変わり、お酒だけではなく気の利いたフードメニューも増えます。その時間になると僕は軽くお酒を飲みながら仕事を続けます。不真面目と思われるかもしれませんが、なぜかさらに仕事が捗るのです。この時間はお客さんも少なく、フードの注文で売り上げに貢献しつつ小腹を満たすこともできるので、昼よりもっとゆっくり落ち着いて過ごせます。とにかく僕にとっては、とても大事な場所なのです。

 ある時このカフェで、隣の席に20代前半と思しき男性の二人連れが座りました。ずいぶんタイプの異なる二人連れです。一人は今どきのイケメン。ただしピアスや服装が少しホストなんかを思わせるような、有り体に言えば「ヤンキー」です。もう一人はドラえもんのジャイアンを優しくしたような、いかにも真面目そうな青年。

 二人は席に着くなり、いかにも仲良さそうに雑談を始めました。と言っても、話すのはほとんどヤンキーの方です。優しいジャイアンはどうも後輩らしく、敬語でそれに相槌を打ったり丁寧に質問したりしています。ヤンキーの話は「このあいだ行ったキャバクラで付いた女が…」とか「知り合いのホストが…」といった夜の世界の話題に終始していました。本人としては「水商売あるある」的な鉄板で面白い話のつもりのようでしたが、横で耳を傾けている僕にはちっとも面白くありません。それはジャイアン君も同様だったのではないかと思うのですが、不思議とそこには楽しげな空気が流れています。

 というのもヤンキーの話は、内容こそ空虚でつまらないものではありましたが、その話し方、声、抑揚、そして表情、なんだか妙に人を引き込む妖しい魅力があったのです。ジャイアン君は、自分とは異なる世界に生きる、自分とは全くタイプの異なる先輩とサシで話していること自体に喜びを感じているように見えました。

 (世の中にはこういう友人関係もあるんだな)

 と、僕は少し呆気に取られつつ、キーボードを叩き続ける傍らその会話に耳を傾けたり、時には横目で二人の様子をチラッと確認したりしていました。おかげで仕事の進捗は少し鈍ってしまったのですが。

 しかし次第に二人の、というかヤンキーの話す内容はきな臭いものになっていきました。

 「俺はしがない元暴走族のお兄さんなんだけどさ、あの人たちに会って人生変わったわけよ。本当に信頼できる人たち。いつでも紹介するよ。あの人たちのおかげで今は金にも困らない。しかも自分が稼ぐだけじゃない。俺が『こいつは』と見込んだ奴も幸せにできる。それが俺にとっては何より大事なわけ」

 ああ、やっぱりそれか、と僕は嘆息しました。タイプの異なる二人の友情、なんて牧歌的な話じゃなかった。そう、これは間違いなく「マルチの勧誘」です。

 このカフェは僕にとって最高の場所ですが、唯一の欠点があります。それが、ある頃からこの種の「マルチの勧誘」が、店内のそこかしこで繰り広げられるようになったこと。一般的にそうなのかこの店ならではの特徴なのかはわかりませんが、勧誘は、する方もされる方も20代くらいの若者が中心です。勧誘する方はおおむね美男美女と言ってよく、もちろん喋りも達者、一方で勧誘される方はおとなしくて真面目そうな若者が多い。なんとなくその構図は、高校のクラスで言う「陰キャ」「陽キャ」の構図が歪な形で持ち越されたようにも見え、それがまたある種のやるせなさを感じさせます。

 彼らがこの店を利用していたのは、席がたくさんあっていつも満席にはならないものの常に適度な混み具合で、そこに自分たちを紛れ込ませやすいからだったのではないかと思います。さらにホールスタッフはアルバイトの若い女性が中心で、広い店内全てには目が行き届きにくいというのもあったでしょう。

 一度だけ、いつもはカウンター内か厨房にいる男性の店長が、彼らに退店を促すのに出くわしたことはありました。どういう口上でそれを促していたかまでは聞き取れませんでしたが、おそらく、公序良俗や他のお客さんに対する迷惑を盾にすることは困難だったのではないでしょうか。せいぜい、ドリンク一杯でテーブル席を長々と占拠していて、外には待ち客がいる、そんな状況でもないと難しそうです。だからある意味彼らは「やりたい放題」でした。

 僕はそんな彼らに苛立ちつつも、妙なところで感心することもしばしばでした。彼らが哀れな子羊たちを勧誘するその言葉は、確かに人生の場数をそれなりに踏んできた自分にとっては空虚な綺麗事や幼稚なロジックばかりで構成されたものでしたが、それは安っぽさゆえに徹底してわかりやすいものでもありました。社会を知り始めたばかりの無垢な若者たちに対しては、圧倒的な説得力があったであろうことは想像に難くありません。

 ある時、1人で3人の若者を相手にしていたいかにもギャル風の女性のそれは、実に見事なものでした。

 「私は昔は本当に自分勝手で、家でも学校でも散々迷惑をかけてきた。でも、今はすごく反省してる。本当にあの頃の自分をぶっ飛ばしてやりたい」

 みたいな情緒的な話から始まり、

 「結局これって数学の話なんだよね。変数と定数と係数が複雑に絡み合って、一見超難しい。でもね、それは方程式を解くようなものだから、絶対にひとつの正解を導き出せるってことでもあるわけ」

 なんていう言い回しが、数学の勉強なんて全く縁が無さそうなギャルから語られるギャップ。そしてすかさず、

 「ごめん、学校の数学の時間はずっと寝てたんだけどね」

 と、笑わせ、

 「でもそんな私でもこの数学は理解できたんだから、あなたたちならもっと上手くやれる」

 と、優越感も抱かせ、

 「最初の50万までは、先に正直言うと結構たいへん。でもその後はほっといても大丈夫。そこで止めちゃってももちろんいいんだけど、意欲のある人たちはさらに次の課題にチャレンジしていく、ってこと」

 と、エクスキューズと安心感と向上心をいちどきに与え、さらには

 「私はあなたたちにお金の稼ぎ方だけを教えたいんじゃないの。まさにコロナがそうだけど、変化し続けるこの社会の中で、本質とは何かってことを伝えたい」

 と、時事問題にも触れつつ大風呂敷を広げ…。

 その合間合間には他愛もない世間話や面白トークで場を沸かせ、とにかく見事なものでした。彼女はきっとこの世界の「エース級」なのでしょう。アイドルと教祖が悪魔合体したかのような、空恐ろしい存在でした。

 ジャイアン君を籠絡しようとしていたヤンキーにしても、このエース級ギャルにしてもそうですが、

 「昔の自分はロクでもない人間だったが、今はこの仕事のおかげでそれを反省している」

 という語りは、彼らの常套パターンのようです。それは高校生時代の「陰キャ」に対する横柄な態度への贖罪を装っているようでもありました。

 「陰キャ」の子羊たちはその贖罪を受けて寛容な気持ちになりつつ、ここに来てようやく彼らのキラキラした世界に自分も仲間入りできたかのような錯覚に陥る―そんな計算だったのでしょうか。

 そしておとなしく真面目にやってきたのに報われない自分と引き比べ、彼らは自分の力ですっかり社会に参画し、難しげな専門用語を駆使してビジネスの世界を語る。そして実際に「金を稼いで」いる。

 それは憧れでもあり、同時に、「勉強なんてろくにやってこなかったこの人たちでも成功するんだから、自分なんてもっと易々と成功するはず」なんていう幻想を抱かせるのにも充分なものだったのかもしれません。

 エース級ギャルは「1対3」でその獅子奮迅ぶりを発揮していましたが、勧誘する側が2人でチームを組んでいるケースも多く見られました。特に2人がかりで1人を「追い詰めている」ケースは、まるでサバンナの猛獣が集団で一頭の草食動物を狩るかのような逃げ場の無い残酷さを感じさせ、よりいたたまれない気持ちになります。

 ある時、珍しく子羊は若者ではなく中年のおじさんでした。なぜかヨレヨレのジャージに身を包むその男性は、失礼ながら「冴えないおっさん」を絵に描いたよう。それが年齢半分くらいの男女2人チームに終始圧倒され、あれよあれよという間に書類に何か書かされる「契約」にまで進んでいきました。

 その時僕は、さすがに見ていられなくなりました。とは言えそこにいきなり割って入るというのも無茶な話です。僕は咄嗟に広げていたタブレットに、

 と、最大級数の太ゴシックフォントいっぱいいっぱいのメッセージを画面に表示させ、帰り支度をしながら、祈るような気持ちでそれをカップルの背中越しにおっさんに見せました。幸いおっさんがそれに気付いてくれたのは良かったのですが、同時にあからさまに動揺し始めました。

 僕は、

 (そんなに動揺したらこっちが気付かれるじゃん…)

 と、慌ててそのまま店を出ました。他人の不幸は見たくないけど、面倒に巻き込まれるのはもっとまっぴらです。正義感と言ってもそんな程度のものです。そのまま振り返りもせず足早に逃げ去ったので、その後どうなったかはわかりませんが、そんな中途半端な正義感程度でおっさんがその場の流れを遮ってサインを止めたとも思えません。

 僕は、何の意味もない、とてつもなく無駄なことをしたという自己嫌悪に苛まれました。

 (もういい大人なんだから、あとは自己責任。もはや俺の知ったこっちゃないわ)

 そう露悪的に開き直るしかありませんでした。

*次回は、9月6日火曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke

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