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お客さん物語

2022年9月20日 お客さん物語

21.ひとり客のすゝめ(1)――おひとり様入門

著者: 稲田俊輔

 ひとり飲みや食事など、1人で飲食店を利用してみたいけどなかなか踏ん切りが付かない、なんて話をよく耳にします。世の中には居酒屋はもちろん、寿司や焼き肉でも平気で1人でふらっと入る人たちはいくらでもいますし、フレンチやイタリアンなどのちょっといい店でも普段から1人で楽しんでいる人たちだって少なくない。

 そういう人たちに言わせれば、

 「踏ん切りが付かないも何も、普通に行って普通に楽しめばいいんですよ」

 ということになるのでしょうが、最初は躊躇してしまう気持ちも、もちろんわかります。

 お店の人は本当に「ひとり客」を歓迎してくれるのだろうか?

 周りのお客さんに変な目で見られないだろうか?

 手持ち無沙汰になってしまわないようにするにはどう過ごせばいいんだろう?

 これまでいろんなタイプのお店をやってきた僕が「お店の人」の立場から言うと、「ひとり客が嫌」という感覚は全くありません。そもそも持ちようがありません。特に僕の場合「店の一番の売りは雰囲気でも接客でもなく料理そのもの」という感覚でずっとやってきた部分が大きいこともあり、あくまでおいしい料理が目当てできてくれることの多いひとり客はむしろ嬉しい存在です。

 1人だと支払い金額が少なくて嫌がられるのではないか、という心配もあると思います。確かに、テーブル席オンリーで、それが常に満席に近い状態で埋まっているような店においては、ひとり客は売上を落としてしまいかねません。しかしそういう店は極めて限られています。多くの店にはカウンター席がありますし、そうではない店は最初から席数に余裕のある店が多い。

 そしてあえて生臭い話をするならば、ひとり客は(料理をたくさん楽しんでくれるので)客単価が高く、なのに在店時間も短めです。飲み食いよりもむしろお喋りに夢中で長々と逗留するグループ客よりも、ビジネス的にはありがたい存在だったりもします。

 真剣に料理を楽しんでくれて、売上にも効率的に寄与してくれるひとり客。むしろ最高のお客さんです!…と言い切ってこの話を終わりたいところなのですが、残念ながら世の中はもう少し複雑だったりもします。

 これは僕にとっては不可解以外の何物でもないのですが、ひとり客を歓迎しない店(もしくは店主)というのは世の中に確実に存在します。もちろん席の配置やメニュー内容によっては、そもそもひとり客への対応が難しい店はあります。しかしそういった明確な理由がなくてもなんとなく(・・・・・)敬遠する店主は、残念ながら存在します。

 こんなことを言うと、せっかくおひとり様デビューを果たそうとしている人たちの出鼻を挫いてしまいそうで気が引けるのですが、現実問題としてそれは有る。ただし、そういう店は「アップデートしていない店」とも言えるのではないか、とも思っています。

 先にイタリアンやフレンチのレストランに限定した話をすると、元々欧米のレストランはひとり客を全く想定していません。お客さんは基本2人、しかもそれは「男女のカップル」であることが暗黙の了解です。ずいぶん窮屈な話ですよね。でも、それは昔からそういう文化なんです。だから欧米人の旅行者が「日本は女性1人でもレストランを利用できる点が素晴らしい」と言っているのも、聞いたことがあります。

 しかし、日本においてもあくまで本場志向のシェフは、そういう文化ごと「現地そのまま」を自分のお店で再現したいと考える場合もあるようです。

 和食や中華でも似たようなことはあります。ごく庶民的な店は別として、昭和以前のそれはあくまで「宴席」の場でした。大人数で集うことが普通で、最小単位も2人。この感覚が今でも持ち越されている店がまだあります。

 あくまで個人的な感覚としては、現代、つまり個人個人が思い思いに美食を楽しむ時代においては、そういう旧弊な価値観はアップデートした方がお店にとってもお客さんにとっても幸せなのではないか? とも思います。とは言え価値観なんてそう恣意的にすぐさま変えられるものではないし、クラシックなスタイルを律儀に守り抜くということ自体にも価値はあります。だからそういう店は、おひとり様側が察して近付かない、というのが現実的でしょう。

 幸いそういう店を見抜く、割と確実な方法があります。レビューサイトです。普段「レビューサイトの評価は役に立たん」と憤慨している人も、こういう時こそは活用してみてください。そこにはひとり客として存分に楽しんだ人もいれば、冷遇されてちょっと悲しい思いをした人もいます。どちらの投稿がなくても、なんとなく「察する」ことは概ね可能です。

 何にせよ、ひとり客デビューにあたってはレビューサイトが有効です。総合点数などはこの際無視しましょう。レビューの中に1人でウキウキ楽しんでいる様子を報告したものがあれば、(料理の味などには多少ケチをつけていたとしても)その店は狙い目です。そしてそういうレビューを書く人は、他の店でもきっとおひとり様を楽しんでいます。そこを辿っていけば候補店がわんさか見つかる可能性が高い。

 もうひとつ有効な方法があります。それはチェーン店を利用すること。チェーン店を1人で利用することに抵抗のある人はそういないでしょうし、チェーン店は良くも悪くも店の人との関係性が薄い。もちろんお客さん同士の関係性も薄い。ここでは全員がモブキャラです。

 それでいて、そこを巷の個人店と同様のレストランコンテンツとして利用できる店は決して少なくない。サイゼリヤがイタリアンレストランとして過不足なく利用できるのは多くの方がご存じのこと(?)でしょうが、他にも例えばロイヤルホストは西洋料理レストランとして、大戸屋は小料理屋として、案外申し分ないコンテンツを持っています。ある種の「ごっこ遊び」的に、そういった店で場数を踏むのは、なかなか良い方法だと思います。

 「普通に行って、普通に楽しめばいいんですよ」

 という感覚が、場数をこなすことですんなり腑に落ちたら、後はこっちのものです。

 最後に大事なことをひとつ。

 そうは言ってもお店の人やお客さんの目はやっぱり気になる、というのは最大のハードルかもしれません。でもね、そもそも、自分が人にどう見られているか気にするほどには、人は他人のことを気にしてないものです。

 もしもお店での振る舞い方に慣れていなくて、ちょっとおかしなことをしてしまったとしても、実は誰も気にしません。

 よしんば極端に変なことをしてしまったとしても、「あー、世の中には変わった人もいるなー」と、一瞬思われておしまいです。

 世の中ではなぜか、

 「1人で飲食店を利用してたら近くにいたカップルの女性に『あの人1人で来てる』とクスクス笑われた」

 というようなエピソードがたまに語られたりしますが、あれは実話なのでしょうか? 正直そんな状況ちょっと想像しにくいです。

 百歩譲って本当にクスクスされたとしても、それが映画の一場面ならば、あなたは個性的な主人公で、プークスクスした人々はモブキャラです。

 おひとり様は、人生の主役を生きるワンシーン。

 存分に楽しんでやっていきましょう!

*次回は、10月4日火曜日更新の予定です。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke

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