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お客さん物語

2022年12月6日 お客さん物語

25.飲食店と価格(2)――「値上げ」を巡るジレンマ

著者: 稲田俊輔

 前回のお話の舞台となった定食屋さんで、その日もうひとつ、ちょっと印象に残った出来事がありました。入店したお客さんを席に案内するたびに、店員さんはこんなことを言っていたのです。

 「この度価格改定を行いまして、全体的にお値段が変わっているのですがよろしいでしょうか?」

 昨今、飲食店の値上げが相次いでいますが、この店でもそれは断行されたということです。もちろんそれで、「じゃあやめとくわ」と(きびす)を返すお客さんは誰もいません。元々この店は周りの店より少し高価で、少なくとも常連さんたちは値段より品質に重きを置くタイプが多いのではないかと思われます。業界的な言い回しだと「ロイヤルティの高い顧客」というやつです。そして、次々と来店するお客さんにいちいちこんなことを聞くのは、店員さんにとってまあまあの作業負担でもあります。だから僕は、これはちょっとやりすぎではないか、とも感じました。しかし同時に、そうせずにはいられない気持ちも痛いほど理解していました。値上げはお客さんにとっても決して嬉しいことではありませんが、それを行う飲食店にとっても恐怖なのです。

 昨今の値上げラッシュは、コロナの影響による食材費の高騰が理由とされていますが、実はそれだけではないと思います。それと同じくらい、人件費の高騰も重要な要因です。僕も経営者の端くれですから、それは頭の痛い問題。しかし矛盾するようですが、綺麗事でもなんでもなく、この傾向は歓迎すべきことだとも思っています。かつて飲食業は給料が安く拘束時間の長い、つまり基本的に割の合わない仕事の代表格と見做されていました。もちろん今でも多少はその名残もありますが、他の職種と比べてどう、ということはだいぶ減ってきたのではないでしょうか。

 もっともこれは、日本全体の平均給与が下がり続けているから飲食が自然とそこに追いついたという面もありそうですが。

 恥ずかしながら、昔は自分自身もまさにそういう感覚でした。僕の場合はもっと割のいい仕事を全部蹴って「好き」という理由だけで飲食の世界に飛び込んだという経緯もあり、好きを仕事にするというのはそういうことだ、という感覚しか無かったのです。当時まだ20代、僕の意識の中には、バンドや演劇を続けるためにフリーターをしながら爪に火を灯すような生活を続ける、かつての仲間たちの姿がありました。ようやく自分も彼らのように、「好き」を最優先する人生が始まった、という達成感だけがありました。我慢して好きでもない仕事をしている人々より条件が悪いのは当たり前、という大前提があったのです。

 当時同じような飲食の仕事をしていた周りの同年代の面々も、おおむねそういう感覚だったと思います。「よっぽど好きじゃないとこの仕事は続かないよね」というのは、仲間内で話をしていても定番の話題でした。

 少し上の世代の人々は、また少し感覚が違うようにも感じていました。かつて料理人は、「手に職を付ければ食いっぱぐれない」仕事だったと言います。今は手に職を付けても簡単に食いっぱぐれる時代ですから、この感覚はほぼ絶滅していますね。

 いずれにせよ、この「よっぽど好きじゃないと続かない」という感覚を持ち続けるのはかなり危険です。僕自身はたまたま最初はそれで良かったけど、今になってその価値観を人に押し付けるのは害悪以外の何物でもありませんし、そもそももはやそういう時代ではありません。

 だから飲食業界はどこも、待遇改善や労働時間短縮に取り組んでいるし、そうでないと業界に未来はありません。そのためには機材やシステムの導入による効率化は必須です。その点においてはやはり大手チェーン店は常に一歩も二歩も先を行っており、我々などはそれを見て時に己の無力感に苛まれたりもします。

 しかし元々がアナログな業界でもありますし、チェーン店と戦っていくにはそのアナログな部分を大事にしないと存在意義が失われるのも事実。そうなるとやはり最終的には値上げをしていかないと、何もかもがスムーズに回っていかないのが実情だと思います。

 欧米では飲食店の値段がびっくりするほど高い、という話はしょっちゅう話題になります。逆に日本以外のアジアは飲食店がやたらと安い、という認識もあるでしょうが、その差は確実に埋まってきており、場合によっては既に逆転も見られるようになりました。

 欧米のようにちょっとしたランチが3000円、みたいなレベルが適正かどうかは分かりませんが、そこを目指していかないことには始まらないのです。もしかしたら、今「食材費の高騰」を理由に一斉に始まった値上げの傾向は、そこに向かうきっかけになるのかもしれません。それでもやっぱり、お店ごとの話で言えば値上げは恐怖です。なぜなら、このままもし欧米並みの基準に近づいていくなら、その過程で多くの店が淘汰されるはずだから。根本的に日本は飲食店の数が多すぎるのです。

 かつて自分の店が「安いね」と言われることは純粋に喜びでした。それは、自分たちが知恵を絞り、物理的な意味で頑張っていることに対する評価だったからです。今でも基本的にはその感覚は変わっていません。しかし一方で、それは単なる機会損失なのではないかと思うことも増えました。本当なら1200円でも売れるものを1000円に抑えることで、評価は上がるかもしれないけれど、同時にその200円を働く人々に還元するチャンスを失っているのではないか、という後ろめたさもあるのです。

 かと言って、「安いね」という評価を失うことはこれまた恐怖です。それは、淘汰される方に回ってしまう可能性が高まることを意味するからです。多くの飲食店は常にそのジレンマと戦っています。

 また少し昔話をします。

 かつて料理人の世界では仲間内で「手が早い」と評価されるのは何よりの勲章でした。手が早い、というのはこの場合、仕事の速さを意味します。単に動きが早いだけでなく、段取りのスムーズさや無駄の無さ、仕上がりの美しさなども含めた総合的な評価です。僕は手先が不器用だし、手を動かすより先についつい頭で考えてしまうタイプでもあったので、決して手が早い方ではありませんでした。しかし「手が遅い」と言われることは何よりの屈辱でしたし、遅いと怖い先輩にドヤされる。だから必死でした。そんな環境で揉まれているうちに、自分で言うのもなんですが、ある時から急激に早くなったと思います。

 「今時の若いもんは」的な老害の繰言めいていますが、最近はそういう風潮がだいぶ薄れているように感じます。そう感じるのは僕だけではないようで、同業者からも度々そういう話が聞かれます。あるシェフは「今時『もっと早く』なんて言ったら辞められちゃうし、下手したらパワハラで訴えられるよ」と冗談めかして笑っていました。

 かつてスターバックスが日本中に進出した頃、日本の飲食業界人はその「遅さ」に驚愕したと言います。ドリンクを作るスタッフ個人の手の遅さというより、機材の配置やオペレーションなどが全く提供スピードを重視していないという、どちらかと言うと思想の分野の話です。これは現在でも、例えばドトールなんかと比べると、外から見ていてわかりやすいかもしれません。日本のカフェチェーンはスピード提供のためのオペレーションやメニュー構成が徹底されていますが、スターバックスはそこをあまり重視していないように見えます。むしろ個人のセンスや「自分らしさ」のようなものが重視され、お客さんもそれをある種の丁寧さとして歓迎しています。

 近年、日本ではそういう思想が認められてきているのを感じます。無理をするよりも、自分らしさ、個性、センス、そういうものが大事であるという世界観。それはもしかしたらワールドスタンダードな感覚なのかもしれません。実際にスターバックスは大成功を収めており、それが間違いとはとてもじゃないけど言えません。

 しかし、飲食店がアナログな部分を大事にしつつ値上げばかりに頼らず生き残っていくには、「手の早さ至上主義」みたいなもので生産性を上げていくことが手っ取り早く有効な気がしています。そして、身に付けた手の早さは一生モノの財産になるでしょう。

 飲食の労働環境に関して「昔の方が良かった」ことなんて皆無に近いとは思うのですが、これに関してだけはもう少しかつての価値観を取り戻した方が良いのでは? と思うのは単なる懐古でしょうか。何が正解なのかは、自分でも判断がつきかねてもいるのですが…。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

稲田俊輔

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近年は、食についての文章も多く発表しており、最新刊『おいしいものでできている』(リトルモア)が話題に。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)がある。Twitter: @inadashunsuke

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