2025年11月11日
はじめに&「雑談サービス」はじめます。
著者: 桜林直子
桜林直子さんの連載「あなたには世界がどう見えているか教えてよ 雑談のススメ」が、『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』として、11月17日に新潮新書より発売されます!
「自分の話がうまくできない」「いつも聞き役ばかり」……そんな悩みに、これまで3000回以上のマンツーマン雑談を行ってきた桜林さんがこたえます。よい雑談の条件やそのメリット、話が苦手な人の共通点とは? そのエッセンスをやさしく伝える雑談入門です。
本書の刊行を記念して、「はじめに」と、雑談を“仕事”にしたきっかけを綴った「「雑談サービス」はじめます。」を公開いたします。
1.「雑談サービス」はじめます。
なぜ「雑談」を仕事にしようと思ったのか?
雑談を仕事にしようと決めたのは2019年の終わり頃だった。
当時のわたしは、2011年に始めたクッキー屋の運営を主な収入源としていた。「お店を出す」というと、長年の夢を叶えたかのように聞こえるが、わたしにとってはそうではなく、それまでに勤めた洋菓子製造販売の会社での経験があったので、お店を作り運営することは確実にできることだったのだ。というかむしろ、それしかできなかった。
「お金と時間をつくる」という目的も達成でき、思惑からそう外れることなく数年間続けてきたが、どんなにお店が忙しくなって売上が上がっても、頑張って商品を作るのはわたしではなくスタッフのみんなであることに違和感を覚えてもいた。続けていくうちに、自分の思いと行動と届け先の矢印が屈折しているのが見えてきて、経営は順調でも、どうも座りが悪かった。
2016年頃から、空いた時間に文章を書き始め、好き勝手なことを書き散らかしていた。仕事に対する小さな違和感の正体を見つけたくて、自分の思考の整理整頓のために書き始めた。また、新しく人に会ったときに自己紹介がうまくできないなと感じていたことから、今までしてきたことや感じてきたことを客観的に見るために、自分の内から外に出して眺めてみたかったのもあった。
このように自分のためだけに書き出した文章だったが、note というウェブ上のプラットフォームに公開してみたら、思いのほか読んでくれる人がいた。仕事でもないのに何をやっているのか、その最中は自分でもよくわからなかったが、文章をきっかけに友達ができることもあって、それはそれで楽しかった。
過去を振り返りながら、ああでもないこうでもないと考えるままをつらつらと書き、頭の中にあったものを外に出すことでなんとなく何かがわかってくる感覚が好きだった。書くことでぼんやり感じていたものの輪郭が見えたり、書けないときのひっかかりで欠落を知ったりした。当時の自分が何を大事にしていたのか、何がいやだったのか、時間を超えてわかるのがおもしろかった。わたしは、書くことそのものよりも、考えて、言葉にして、わかる、その三点セットが好きなのだと思う。
振り返ると、このときの経験が、「雑談」を仕事にしようと思ったきっかけのように思う。
「書けない」ならば、雑談を
わたしが書いた文章を読んだ人から、「サクちゃん(わたしのこと)はいつも『考えて決めた』と言うけど、どうやって考えるんですか?」と訊かれることがよくあった。まずそこがわからないのか、と驚いた。考えようと思っても、どこから手をつけて何をしたらいいかわからないのだそうだ。自分は書きながら思考を整理してきたので「あなたも書いてみたら?」と答えるが、書くのはハードルが高いらしく、ほとんどの場合難しいようだった。
たしかに書くのは得意不得意があるので、苦手意識があると避けてしまうのかもしれない。
それなら、話すのだったらどうだろうか――。
書くときのように言葉を正確に選ばなくても何度でも言い直すことができるし、目の前に聞いてくれる人がいて、その人に向けて話し出したら、ひとりで考えるよりもあれこれ言葉が出てくるのではないか。ひとりで考えたり書いたりするのが難しいという人と、一緒に考えることもできるかもしれない。
「書けない」理由のひとつに、言葉を持ち合わせていないということがある。人は考えるときに、頭の中で言葉を使って考える。使える言葉が少ないと考えを進めるのは難しいし、ぴったりな言葉が見つからないことを「わからない」とすることも多い。しかし、自分で言葉を見つけられなくても、他者から出てきた言葉を聞いたり読んだりしたときに「それだ!」とピンとくることはある。しかも、よくある。それは、言葉にできていなかっただけで、実はすでによくわかっているとも言える。
そんなときこそ雑談がちょうどいい。
雑談することで、わたしが話を聞きながら言葉を補足したり、角度を変えて言い換えたりすることで、一緒にぴったりな言葉を探すこともできる。
わたしはわたしで、いろいろ書いてはみたものの、書くことがそんなに得意だとは思えず、いくらでも書きたいという気持ちも思い通り書けるという感覚もなかったが、おしゃべりだけはいくらでもできる自信があった。
自分の考え方をたくさんの人に届けるために、文章にするという手段があり、もちろんそれでもいいのだが、たくさんの人に届けるには、何を言うかだけではなく、ある程度「誰が言うか」が大事だということもわかってきた。それならば、多くの人を相手にするのではなく、ひとりずつ向き合って伝えるやり方をしてみようか。どう考えても文章を書くよりもおしゃべりのほうが得意で、それならいくらでもできるし、やってみたほうがよさそうだと思えた。
どこの、誰に、何を、どのくらい届けるか
それが、雑談を仕事にしようと思うようになった経緯だ。
クッキーを作って届けるのも、文章を書いて届けるのも、ひとりずつ話して届けるのも、わたしの中ではやり方と範囲が変わるだけで、まったく違うことをしている感覚はない。
長いことお店屋さんの仕事をして身につけた感覚では、仕事は「どこの、誰に、何を、どのくらい届けるか」の設定がすべてだと考えている。また、尊敬する編集者さんがかつて「編集とは、影響力を最大化すること」と言っていたのを思い出すと、自分のできることや得意なことを最大限に発揮できる方法を探り続けているのだとも思う。
マンツーマンでひとりひとりと雑談することを仕事にすると考えたときに、だいぶピントが合う感覚があった。自分の中から湧く「動機」と、今まで考えてきたことやしてきたことなど自分の「持ちもの」と、誰かの役に立つことの矢印の方向が、ズレていないと思えた。それは、わたしにとってかなり重要なことだった。
「誰に届けるか」という設定についても、それまで誰にも頼まれずに書いて公開してきた文章が役に立った。奇しくもそれが長い自己紹介となり、はじめる際の集客にも苦労しなかった。とにかく正直に書いていたので、それを読んで「この人になら話してみたいな」と寄ってきてくれるだろうと、ミスマッチの不安もなかった。集客のために書いた文章だとそうはいかないかもしれないので、ただただ正直に書いてきてよかったなと思った。
こうして、2020年の年明けにマンツーマン雑談サービスを立ち上げた。それが「サクちゃん聞いて 〜わたしと雑談しましょう〜」だ。
マンツーマン雑談サービス「サクちゃん聞いて」
雑談サービスといっても、はたしてそれがどんなものかイメージを摑みにくいはず。少しでもイメージが伝わるよう、以下にサービス開始当時(2020年1月)に書いた募集の文章を抜粋する。
【「サクちゃん聞いて」とは?】
・わたし(桜林)とマンツーマンで雑談をします。
・90分間/有料です。(※開始時の設定。現在は90分×5回﹇約1カ月に1回ペース)
・今回は都内のみ(某カフェ予定)です。
・2020年1月22日〜2月末までの期間限定の予定です。
・お試し期間につき、30人限定です。
【なぜ雑談なの?】
今、世の中に必要なのは「雑談」ではないかと思っています。
仕事中は意味のあることや必要なことを話す時間しかなく、友人たちとの飲み会でも自分の話ばかりするわけにいきませんよね。日々の悩みのモヤモヤや悩み以前のフワフワは言葉にしないままモヤモヤやフワフワのまま溜まっていきます。
note やツイッター(当時。以下同)などのSNSに書くことで解消することは大いにあると思いますが、不特定多数の人が見る場所では様々な配慮が必要だし、特定の人が見る場所でもイマイチ反応がなかったときに虚しい気持ちになることもあります。
そういった想像を乗り越えて書くほど大事じゃないしな、と諦めることも多いのではないでしょうか。安心して正直に出すのに、「書く」は慣れないとすこしハードルが高いのかもしれません。
問題解決や悩み相談にはコーチングやカウンセリングなどいろいろな手段があります。それらはすべて心の中や頭の中のものを言葉にして一度外に出す作業です。
話す相手がいることで、自分を客観的にみることができて、整理されていきます。その整理整頓の方法の新たなものとして、わたしは「雑談」を提案したいです。
【雑談って何を話すの?】
今回わたしが募集する「雑談」はマンツーマンで行います。
話す内容に決まり事はないのですが、わたしがしたい雑談の目的は、直接的に悩みや問題を解決することではありません。
わたしが何か答えを与える形ではなく、目の前の相手(わたし)に言葉にして出してみることがいちばん大事で、それができるだけで大きな価値があると思っています。
出したものを一緒に分解したり整理整頓したりすることもあるし、ただ聞くだけのこともあるし、わたしが自分の話をすることもあるかもしれません。
もちろん、雑談という文字通り、ただくだらない話をして生産性がひとつもない時間に使うのも大歓迎です。
わたしは今までツイッターやnote で自分の経験や考えを散々書いてきたので、これを読んでくださっている人には、おそらく長い自己紹介がすでに済んでいると言えます。「なんだかこの人なら話せそうだな」とピンときてくれたとき、それはそう間違っていないと思います。
【雑談するとどうなるの?】
お金を払ってまで雑談をする意味や価値ってあるの?とお思いの方もいるかもしれませんが、価値、あると思います。
――雑談のいいところ
・頭の中や心の中が整理整頓される
・「自分はこんなふうに思ってたんだ」と発見できる
・自分の内から外に出すことでスッキリする
・机上にだすと客観的に見ることができる
・受け取ってくれる人がいるので無視されない
自分についてひとりで考えることと、誰かに話すことの間には大きな差があります。自分のことは自分がいちばんわかっているつもりでも、いざ誰かに話そうとするとうまく話せなかったりまとまらなかったりします。でも、はじめはまとまらないことも、誰かに繰り返し話すことで削られて磨かれていき、どうすると人に伝わりやすいかを考えながら話せるようになって、その作業によって自分自身も理解しやすくなります。
でも、仲のいい友達や好きな人と雑談するのは楽しいけど、知らない人と雑談してもしょうがなくない?とお思いの方。もうすこしだけ聞いてください。
話し相手がわたし(桜林)だということは、価値に入らないとは言いませんが、「意味のある話をする必要がない場所」は、それだけで大きな価値があると思っています。
先日、とあるお仕事で中学生数人と雑談をしました。
中学生がはじめて会った見知らぬ大人と話をするのは、かなり緊張するし、前向きではなかったと思います。実際に、彼らもはじめはとても緊張していましたが、わたしが中学生だった時の話や、大人になった今はどう思っているのかなどを話すと「それについて自分はどうかな?」と考えて、次第にいろんな話をしてくれました。
はじめて会う知らない人でも、興味を持って聞いてくれる人になら話せることがあり、毎日会っていても友達や先生には話せないこともあります。
質問をされて、考えて話してみると、自分でもおどろくような気持ちや考えを発見する。聞いてくれるとうれしくて、どんどん言葉が溢れ出てくる。あー楽しかった!と言いながら帰って行った彼らの姿を見て、とてもうれしかったです。
雑談をしたあとで、こんなふうに「あーなんかこんなの出たなあ」と、すこしだけホクホクする帰り道はとてもいいなと。話せてよかったねえと思ったし、今日出てきた思いが、いつか何かに繫がるといいな、覚えていてほしいなと思いました。
【なぜわたし(桜林)がやるの?】
雑談に価値があるとして、じゃあなぜわたし(桜林)がやるのか?というと、いちばんの理由は「わたしが楽しいから」です。
えー、自分が楽しいことをしてお金をもらうなんてズルイ!と、過去のわたしなら思うでしょうが、今はちがいます。
仕事は「自分のできることをして誰かによろこんでもらうこと」だと思っています。
わたしができることの中で、人によろこばれることはなんだろう?と改めて探してみたところ、「雑談相手としてのわたし」がひょいと顔を出しました。
「自分のできることをする」というとき、「してあげる」という気持ちが大きくて、自分が楽しくないと、できるとしてもそれは長く続きません。だから「わたしが楽しい」ことをするのは、大事な条件なのです。
しかし、わたしが楽しいだけではお仕事として成り立ちませんので、「雑談相手としてのわたし」の価値をあげてみます。
――わたしが雑談でできること
・どんな話も否定せずに受け取ります。
・「ちがい」はおもしろいと思っているので、正しいかどうかで判断しません。
・相手が正直に出せるよう、まずわたしが自分の言葉で正直に話します。
・頭と心がやわらかくなってリラックスできます。
・視点の方向を変える考え方の型を一緒に探します。
・モヤモヤした形のないものを言語化するお手伝いをします。
・話し終えたとき、すこしでもワクワクできる方向を目指します。
・感情や言葉を奪い取ることなく、ていねいな交換をします。
・ニコニコしているので怖くないです。
長くなりましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。ご応募、お待ちしています。
幸い公開と同時に多くの人が「雑談、必要だよね」「その手があったか」などと言ってくれた。今までにないものを始めることに「なんだかよくわからないけど、おもしろそう」と思ってくれたのか、応募数が想像以上に多く、2日で募集を締め切ることになった。新しいことがはじまるんだなとワクワクしたのを今でもはっきりと覚えている。
(続きは本書でお楽しみください)
【目次より】
はじめに
第一章 「よい雑談」ってなんだろう?
1.「雑談サービス」はじめます。
2.なぜ「雑談」が必要なのか
3.「よい雑談」とは?――必要なのは「正直さ」
4.「ひとりで考える」以上、相談未満
第二章 「自分を知る」ために話す
1.なぜ自分の話ができないのか――感情の泉と思考の水車
2.プール理論――相手を信用するとは?
3.思考のクセを自覚する――人生のシナリオ設定
4.「自分」を多面的にみる――わたしの中の鬼コーチ
5.「自分だけうまくいかない」のはなぜか――疑う力と信じる力
6.ネガティブをひっくり返す――使える材料はすべて使う
第三章 「相手を知る」ために聞く
1.「ちゃんと聞く」はむずかしい
2.自分を知ると、誰かのことを知りたくなる
3.なぜ自分を責めるのか
4.なぜ男性は雑談が苦手なのか
第四章 「自分の欲」を知るための雑談
1.「当たり前」を疑う――ケーキの味を話す人、そのスポンジがない人
2.わからなさを受け入れる
3.努力の方向性について
4.雑談相手はAIではダメなのか
5.雑談のススメ――他者を通して自分を知る
おわりに
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桜林直子
1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキーショップ「SAC about cookies」を開店。noteで発表したエッセイが注目を集め、テレビ番組「セブンルール」に出演。20年には著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)を出版。現在は「雑談の人」という看板を掲げ、マンツーマン雑談サービス「サクちゃん聞いて」を主宰。コラムニストのジェーン・スーさんとのポッドキャスト番組「となりの雑談」( @zatsudan954)も配信中。X:@sac_ring
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥

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