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岩松了ロングインタビュー(聞き手・柴田元幸)

今年、被災地をテーマにした新作戯曲『少女ミウ』『薄い桃色のかたまり』を公演して話題を集めた劇作家・岩松了、東京乾電池時代からのファンを自認する英文学者・柴田元幸。

この両氏が出会ったきっかけから影響を受けた文学作品、新作戯曲の魅力まで、大いに語り合います!

出会いから18年

薄い桃色のかたまり/少女ミウ

岩松 了/著

2017/9/27発売

 

柴田 今年は岩松さんが脚本と演出を手掛けられた新作を2作とも拝見しました。5月の『少女ミウ』(ザ・スズナリ)と9月の『薄い桃色のかたまり』(彩の国さいたま芸術劇場)です。岩松さんのお芝居はいつも楽しみに拝見しているのですが、今回は二作とも東日本大震災後の福島がテーマだということで、とても期待していました。『国民傘』(2011年)などもそうでしたが、岩松さんが政治的なテーマに踏み込んでいらっしゃると、おお!と思います。『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』が白水社から刊行されたこともうれしいです。

岩松 ありがとうございます。柴田さんとは劇場で会うことはほとんどないのですが、ご覧になったあとにメールをくださいます。それが僕にとっては非常に数少ないリアクションで、いつも、とってもうれしいです。僕は、あまり人の話とか聞かないんで。『国民傘』もすごくほめてくださったことがうれしくて、心に残っています。

柴田 振り返ってみると、最初にお会いしたのは、たしか1999年に岩松さんがチェーホフの『かもめ』をなさったときだったと思います。あのときは、翻訳、演出と、出演もされていましたよね?

岩松 ええ、そうですね。1999年というと、僕が47歳のときです。ホテルでお会いしたのが最初ですよね?

柴田 そもそも、どうしてあの時、僕を呼んでくれたんですか? それまでまったく面識はなかったですよね。エッセイで、うちの近所の電気屋さんに行くと、その会話がまるっきり東京乾電池の芝居のようだということを書いたことはあるんですけど。

岩松 たぶんそれですね。東京乾電池で〈町内劇シリーズ〉というのを僕が書いていて、その芝居のことをお書きくださったんですね。それを読んで、書いてくださる方がいるんだと思って、お声かけしたんです。僕は本当に狭い範囲のつきあいしかしていなくて、出会う機会もなかなかなかったので。インテリの人と会いたいと思ったんです(笑)。

柴田 東京乾電池は毎回観ていました。その少し前は、赤テントとか野田秀樹の遊眠社とか、他の劇団もひと通り観ていました。そのうち気づいたら仕事ばっかりで、観なくなっていたんですが、東京乾電池はそのまま観続けていました。面白いし、単純に「そうだ、今の日本人って、こういうふうにしゃべるよな」って教えてもらうような感じ。そういう驚きがまずありました。

岩松 最初は柴田さんのことを知りませんでしたし、大学の英文学の先生でいらっしゃるのに、井上ひさしさんの話をした記憶があって、お芝居のことに詳しい。僕なんかよりいっぱい観ていらっしゃるような感じでした。そういうこともあって、自然に今まで関係が続いています。

 

戯曲と英米文学

岩松 2002年に新国立劇場でやった『「三人姉妹」を追放されしトゥーゼンバフの物語』は、ニューヨークが舞台の話でした。僕はニューヨークに行ったことがないのに、ニューヨーク何丁目とか書いてるわけですよ。柴田さんはニューヨークのことに詳しいから、芝居をご覧になったあと、10番街のエピソードや思い出を伝えてくださったんですよね。

柴田 10番街で殺人が起きるんで、てっきりベンチャーズの1965年の大ヒット曲「10番街の殺人」を踏まえているんだろうと思ったら、単なる偶然だったんですよね。

岩松 だから、全然知らないくせに書いてる後ろめたさを裏側からつつかれたみたいな感じですごく印象に残っています。ニューヨークにはそのあと行ったんですけど。僕は柴田さんを通じていろんな作家を知るわけです、ミルハウザーとかオースターとか。柴田さんがいなかったらとてもじゃないけど追いつかない。オースターなんて、柴田さんがいなかったら日本でほとんど知られていない、ってことになるんじゃないですか。

柴田 いや、なかにはそういう作家もいるかもしれないけど、オースターは誰が訳しても読まれているだろうと思います。そういえばさっき、ミルハウザーにお祝いのメールを送ったところです。ヤンキースの田中が好投したので。彼は「マサ」のファンなんです。

岩松 そうかそうか。僕はちょうど今日来るときに、ミルハウザーの『木に登る王』を読んでいて、あと10ページくらい残ってますけど。たぶん最後に何かが来るよ、という気がしています。

木に登る王

スティーヴン・ミルハウザー

柴田 元幸 /翻訳

2017/06/21発売

 

柴田 あの本は訳すのに時間がかかりました。

岩松 そうですか。すごく面白いですよね。いろんな要素が入っていて。『木に登る王』は中編小説集なんですが、その中の「木に登る王」は執事の話で、語り手のポジションがカズオ・イシグロの『日の名残り』みたいな感じ。理屈っぽいところは、三島由紀夫を読んでいる気分になるし、いろんなものが透けてみえる感じがあって、面白い。あと、僕ね、フォークナーの「嫉妬」(『フォークナー短編集』新潮文庫)という短編小説が結構好きだったんですよ。奥さんが若い男と親しくしているのをすごく嫉妬している男がいて、夫婦で遠くに引っ越すことになったのに、その土地を離れる前日に若い男を殺してしまうんですよ。これを読んだときは、嫉妬心というものは、若い男と離れるからといって終わるものではないという話だと思ってたんだけど、『木に登る王』を読んでいるうちに、違う、あれは男が「嫉妬心」という感情そのものがなくなることを悲しんで殺したと読むと「嫉妬心」のくくりが大きくなるなと思って。ああ、そういう話だったんだ、と。そういうふうにいろんな小説を思い出すんです。それこそ最後の10ページくらいでたぶん驚かされることがあるに違いないと思って、慌てて読まないようにしようと、電車の中で本を閉じました(笑)。ミルハウザーの小説、面白いです。

柴田 僕が訳した中で、岩松さんがすごく面白がってくださったのが、マグナス・ミルズの「夜走る人々」(『紙の空から』晶文社所収)です。

紙の空から

マグナス・ミルズ

柴田 元幸 /翻訳

2006/12/1発売

 

岩松 あれは面白かったですね。

柴田 ああいうシチュエーションに反応して下さるんだなと。キャラクターということではなくて。これはすごく短い話で、ある男が夜中にヒッチハイクして、トラックに乗せてもらった。そのトラックにはすでに二人の男が乗っていて、車内はうるさくて、その中でやたら話をする。だけど、うるさい中だから「えー何!?」「え!?」ばっかりなんですよね。そのうち、どこにご飯を食べに行こうかというのを「えー何!?」をやりながら話して、それでやっと店が決まって、いざレストランに着いて食べ始めると、一言もしゃべらない…それで終わり。

岩松 あれは最高におかしかったですね。そうですね、まずシチュエーションが既に面白いなと思うものにひかれますね。ミルハウザーも、シチュエーションの入り方が面白い。「木に登る王」もそうだし、女性が自宅を部屋ごとにえんえんと紹介していく「復讐」は切り口が面白いなと思います。

 

岩松式戯曲のつくり方

柴田 岩松さんのお芝居も、まさにシチュエーションから始まる。どこから始まるというのは、どういうふうに決めているんですか?

岩松 シチュエーションは結構大きいですね。『薄い桃色のかたまり』は福島をテーマにすることは決めていたので、それが先行して、演じる人もさいたまゴールド・シアターと決まっているから、そこからどういうものにしようかなと。あと、キャスティングで考えることもありますね。『少女ミウ』は、黒島結菜という主演の女の子の表情が暗い感じで、その暗さがいいなと思ったんです。一家心中して残されるという感じがこの子には合うなと思って、逆算して考えたんです。そんなふうに、役者の印象から話をつくることも結構ありますね。そういう場合もあれば、シチュエーションから先に考えることもあります。

『少女ミウ』より 撮影:柴田和彦
 

柴田 そもそも岩松さんは、役者一人一人にどのくらい理解を求めているのですか?

岩松 ほとんど求めないですね。ほとんど聞いてこないです。聞いてこないような空気にする(笑)。どこかからかそういう知識を得たのかもしれないけど、みんな聞かないようにしますね。

柴田 岩松さんの演出だったら聞くものじゃない、というような。でも、岩松さんのほうからいろいろ注文はつけるわけでしょ?

岩松 動きだけですね。つけるのは。気持ちの問題はあまり説明しなくて、動きをつけて繰り返し繰り返しやっていきます。気持ちまではこちらは入らないから、そっちで勝手につくってくれというような感じでやっていくんですね。

柴田 小津安二郎が「監督、ここはどういう感情で?」と役者に聞かれて、感情はいいからセリフだけ言ってくれというようなことを言ったという話を聞いたことがありますが、それともまた違うんですか?

岩松 近いと思います。感情というのは基本的に自分のテリトリーにおさめようとする行為じゃないですか。そうすると結局話が小さくなりかねない。意味を考えたからといって、その通りできるわけでもないし。基本的に意味を説明している自分がさもしいみたいな気持ちになるから。

柴田 ふつうはあまり説明はしないし、こうやってくれというような求め方もしない?

岩松 そうですね。

柴田 でもそうすると、だいたいどういう芝居になるかというのがご自分のなかでイメージがあって、それと全部違う方向にいっちゃったりすることはない?

岩松 あんまりそういうことはないですね。意味というか、こういう時間からこういう時間に移行する、という考え方をしているような気がするんですよね。

柴田 なるほど。

岩松 すごく極端なことを言うと、大騒ぎしたあとに静かになるといった空気の流れや、役者が動くときに変わっていくもの、移ろってゆくもの、動いていくものも演出のときに見ていくから、意味よりは、そこに大事なことがある、確実なものがあるというふうな感じでやっているような気がします。結局、自分が面白いと思うかどうかという問題になってくるんですけど、それが面白いと感じられる時間になっているのか、自分なりに意味があるシーンになっているかとか、そういうことを見ながらやっていく。だからときどき自分が書いてることを忘れていることがありますね。

岩松了

劇作家、演出家、俳優。1952年、長崎県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科中退。89年『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞、93年『こわれゆく男』『鳩を飼う姉妹』で紀伊國屋演劇賞、98年『テレビ・デイズ』で読売文学賞受賞。映画『東京日和』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。テレビドラマや映画の脚本家・監督としても活躍。主要著書『蒲団と達磨』『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』(白水社)、『隣りの男』『月光のつゝしみ』(以上、而立書房)、『テレビ・デイズ』(小学館)、『食卓で会いましょう』『水の戯れ』『シブヤから遠く離れて』『船上のピクニック』『シダの群れ』『ジュリエット通り』(以上、ポット出版)。

柴田元幸

柴田元幸

1954年生まれ。翻訳家。文芸誌『MONKEY』編集長。『生半可な學者』で講談社 エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岩松了

劇作家、演出家、俳優。1952年、長崎県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科中退。89年『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞、93年『こわれゆく男』『鳩を飼う姉妹』で紀伊國屋演劇賞、98年『テレビ・デイズ』で読売文学賞受賞。映画『東京日和』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。テレビドラマや映画の脚本家・監督としても活躍。主要著書『蒲団と達磨』『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』(白水社)、『隣りの男』『月光のつゝしみ』(以上、而立書房)、『テレビ・デイズ』(小学館)、『食卓で会いましょう』『水の戯れ』『シブヤから遠く離れて』『船上のピクニック』『シダの群れ』『ジュリエット通り』(以上、ポット出版)。

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柴田元幸

1954年生まれ。翻訳家。文芸誌『MONKEY』編集長。『生半可な學者』で講談社 エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。

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