――本日は昆虫学者の小松貴さんと、ある時は俳優、またある時は彫刻家。奇才、片桐仁さんのトークショー、題して「昆虫愛!」にいらしていただきありがとうございます。昆虫学者の小松さんはもちろんですが、片桐さんは昆虫などをモチーフに精緻なオブジェの制作でも知られており、ご家族でも昆虫採集に出かけられるとか。今日は徹頭徹尾、昆虫話。昆虫愛に満ち満ちた、マニアックなひとときを!ということで、まずはウォーミングアップをいたしましょう。これからお見せする写真の中から昆虫を探して下さい。撮影はもちろん小松さんです。
――まずは、これから!
片桐 え、いっぱいいます?
小松 実のところ私も何匹いるのか把握してないんです(笑)。ただ、少なくとも10匹以上は確実にいるんですよ。
片桐 白いですけど周りは雪ですか?
小松 雪に見えるかもしれませんが、実はこれ、地衣類といって苔みたいなものなんです。場所は山あいの日当たりの悪い崖みたいな斜面にある岩の表面に着生してる地衣類が生えてるところにだけいる昆虫です。
片桐 どんな昆虫ですか?
小松 これ実は、アリジゴクの仲間がいるんですよ。
片桐 たしかによく見たらアリジゴクみたいなものが、ここに1匹、この辺にも。
小松 では写真を少し変えましょう。
片桐 うぅわっ! めちゃくちゃ拡大しましたね。これが口ですね。
小松 そうです。牙があります。
片桐 ずいぶん大きい牙ですね。
小松 180度、ガッと開いた形です。正式な名前はコマダラウスバカゲロウという、
片桐 あ、やっぱりウスバカゲロウ! この状態で待ってるんですか?
小松 そうです。普通、ウスバカゲロウの幼虫、いわゆるアリジゴクと呼ばれてるものは、縁の下とかの砂地にすり鉢状の巣を作りますが、この種に関しては巣を作らないんです。地衣類が着生した岩の表面にへばりついたうえで、自分の体の表面にもその地衣類をいっぱいくっつけてるんです。そして牙を開いた状態で、目の前に獲物になる虫が来るのを、延々と待ってるんですよ。
片桐 何を食べるんですか。
小松 基本的に、歩いてきた虫だったら何でも食べますが、こいつ動かないんですね。獲物になるものが向こうから目の前に来てくれないと捕食行動に移れないんです。要するに射程が短い。
片桐 なるほど。
小松 なので、餌にありつける頻度がものすごく低いんですね。多分、半年ぐらい。
片桐 え?
小松 半年ぐらいは何も食べなくても平気です。
片桐 えぇ~!
小松 水っけさえあれば、ずっとこのまま待ってます。ずいぶん気が長い虫なんですよ。
片桐 苔は食べないんですか?
小松 はい、こいつはもう純粋な肉食なんです。
片桐 その状態がどのぐらい続いて成虫になるんですか。
小松 運次第ですね。いいポジションをとれれば、獲物が頻繁に来て、すぐ成長できますが、場所の選定マズると、いつまで経っても餌にありつけない。長いものだと幼虫期を3年とかそのぐらい。
片桐 マジっすか! ところで、これ、どこにいたんですか。
小松 これはですね、長野県にいました。と言っても別に、これ見たのが長野というだけで、本州から九州にかけての、日当たりの悪い崖っぽいところに行けば、多分普通にいます。
片桐 いや、見られないでしょう(笑)。て言うか見つけられない。
小松 普通にいますよ(笑)。
片桐 昆虫を探そう、って言って、ひとつ目がこれかい! なんかコノハムシみたいなものかなと思ったら、いきなりアリジゴクの仲間から始まった。しかも超肉食! これを捕まえて標本にするわけじゃないんですよね?
小松 そうですね。幼虫を標本にしても、しぼんで、なんか汚くなっちゃうんで、標本にするなら成虫のほうがいいです。
片桐 その線引きはわからないです(笑)。捕まえて標本にして、みんなに見せたいとかではないんですか?
小松 昔は標本もよく作りましたけど、今は本当に「こいつだけは」というようなもの以外、標本はもちろん、捕まえることもしなくなっちゃいましたね。
お尻しがみつき虫?
――それでは次の写真に行きましょう。
片桐 え、わかる? 枝じゃん。これ、どれですか?
小松 実のところ、ど真ん中に写ってるのがそれでして。
片桐 こ、これですか? まだわからない。
小松 これはクワエダシャクという名前のとおり、桑の木の枝にだけついてるシャクトリムシの仲間。ガの幼虫なんです。
片桐 これが『昆虫学者はやめられない』に書いてあった虫ですね。で、これ、頭で枝にかじりついてるんですか?
小松 実は逆で、お尻で枝を掴んでいるんです。先端にあるのが頭で、頭のすぐ下に三対の脚があります。これが本当の脚なんですけれども、お尻のほうに行きますと、さらに二対、本当の脚じゃないけど脚っぽい、枝を掴むための特別な脚があるんです。それでずっとしがみついてるんです。
片桐 冬眠してるんですか?
小松 はい、このクワエダシャクという蛾は、まったく野ざらしの状態で尻の近くにある、この二対の脚っぽいもので枝を掴んだまま越冬するんです。
片桐 脚っぽい脚、それでずーっとその冬のあいだ、つかまってるんですか?
小松 そうです。雪にも雨にも風にもさらされながら、ずっとしがみついてます。
片桐 これも見つけるの大変でしょ?
小松 一見これ大変そうに見えるんですけど、慣れるとわりと簡単に見つけられるんです。
片桐 慣れるまでって、どのぐらいよ(笑)。
小松 1年ぐらいかかりました。
片桐 もう今なら、すぐわかる?
小松 はい。桑の木のあんまり先端寄りじゃないところの枝。太い幹から、ちょっと脇から出てるような枝。そういう枝というのは、強い風とかにさらされても、あまり折れないんですよね。
なので、そういう折れないところの枝の、わりと付け根部分のところに着目するとけっこうついてるんで、初めて行く場所でもすぐに見つけられるんです。
片桐 これ何センチぐらいあるんですか?
小松 2センチ弱ですね。
片桐 じゃ、そこそこ見えるサイズですね。でも、これ初めて認識したとき、相当うれしかったですよね。
小松 「そら見たことか!」と思いますね。
片桐 それにしても、たった2センチですよ。しかも、冬のある時期だけですよね? 3月とかになると、もういない?
小松 そうですね。まあ、いるっちゃいるんですけど、この体勢を解いて、移動しちゃうんです。
片桐 だから真冬にこれを探しに行くわけですよね。すごいっすね。
小松 もうそれが生きがいですからね。
片桐 今日だって靴に泥がすごくついてるから、「どうしたんですか」って聞いたら、今日も虫を見に行ったんですって。
小松 さいたま市の見沼田んぼまで、ホシアシブトハバチというハチの幼虫を探しに行きました。残念ながら寒過ぎて、何もいなかったです。
トンボ浪人3年目!
――じゃあ、さらに次行きましょう。
片桐 また、枝ですか? いや、もうわからないって。
小松 そうですね。これも真冬なんですよ。
片桐 この杉だか、松だかみたいな、葉っぱっぽいやつですか? 会場の中でわかる人っています? わかった人~。
(会場からちらほら挙手)
あ、わかりました? 今日はわかる人が来てますね。すみませんね。自分がわからないものですから。
小松 これはシャクトリムシっぽく見えて、実はトンボなんです。ホソミオツネントンボといって、トンボの形で冬眠するトンボなんです。
片桐 えぇー?
小松 日本の、少なくとも本土に生息するトンボというのは、普通はヤゴとか卵の状態で越冬しますが、この細っこいイトトンボの仲間の内、3種類だけは成虫のトンボの姿で冬眠するんです。このホソミオツネントンボというのはその内のひとつです。夏ごろに羽化するんですが、その状態で生き続けて、冬が来る前ごろになると、薄暗い杉林みたいなところに移動していって、枝をしっかり掴んだまま、まったく動かないんです。でも、動かないとはいえ、人とかが近づいてくると、ほんの少しだけ体をクッと傾けるんですよ。
片桐 なんで?
小松 この写真を見ると、トンボの形に一応見えますよね。翅とかちゃんとありますよね。これだとパッと見たときに、敵にトンボの姿してるとわかっちゃうんです。だから頑張って体を傾けて、さらに枝と一体化して、トンボの形に見えないようにするんです。
片桐 敵、すげえな(笑)。ところで、これは何センチぐらいですか?
小松 2センチ弱ぐらいですね。写真を見る限りは見紛うことなきトンボなんですけれども、これを小枝とかいっぱいある枯れ野の中から見つけ出すというのは、すごく大変で、大体1シーズンで1匹見つけられればいいほうです。
片桐 1シーズンって、何シーズンぐらい探してるんですか?(笑)
小松 私がこれ探そうと思い始めたのが、かれこれ6、7年前ぐらいなんですけれども、最初の1年は全然ダメで。
片桐 浪人ですね。
小松 そうです。トンボ浪人です。2浪、3浪ぐらいで、やっと見つけられました。
片桐 3浪!(笑) でも、これが見つけられたら、さっきのシャクトリムシなんか、もう余裕ですね。ところで、これ、どうやって見つけたんですか。
小松 これを見つけるには、まずトンボの気持ちにならなきゃいけないんです。
片桐 トンボの気持ちって何ですか!?
小松 要するに、どこで冬眠すれば一番冬眠に失敗しないかということを考えるんですよ。
片桐 なるほど。
小松 こういう何の障壁もなしに冬眠するような虫というのは、適当なところにくっついているようで、実は場所を選ばないといけないんですよね。
片桐 強風とか大雪とかね、あと枝が折れちゃうとか。
小松 もちろんそういうこともありますが、冬眠する虫にとって一番危険なのは、真冬のちょっと突発的に一日だけ暖かくなる日なんです。
そういう日があると、虫は春が来たと思って冬眠から覚めちゃうんです。でも、また次の日真冬の寒さになってしまうから、死んじゃうんですよ。体がついていかないんです。なので、なるべく冬を通して、晴れようが、雨降ろうが、温度変化の少ない、すごく薄暗ーい杉林みたいなところを選んで冬眠しているんじゃないだろうかと――。
片桐 確かにこのへん薄暗いですもんね。
小松 はい、すっごく寒い場所なんです。もう、いるだけで陰鬱な気分になれる(笑)。
片桐 トンボは達成しましたが、まだ”浪人”中の虫いるんですか?
小松 いっぱいいますね。例えばスミナガシっていうチョウがいるんですけれども、あれのサナギをどうしても見たいんですよ。成虫自体は普通のチョウなんですけれども、そのサナギがですね、枯れ葉そっくりの形してるんですよ。
片桐 なるほど、なるほど。
小松 しかも、居場所が全然わからない。スミナガシは幼虫時代、アワブキという木の葉っぱを食べて生きてるんです。なのでアワブキの周りを探せば見つかりそうなんですけど、サナギになる直前に幼虫はアワブキからなぜか遠く離れちゃうんですよ。離れて、全然関係ないところの木に止まってサナギになるんです。だから全然見つけられないんです。
片桐 しかも冬! 冬って普通、虫いないじゃん。でも、いるんですよね?
小松 ええ。どこかにはいるんですよ。
――それでは、今度はナナフシに行きましょう!
片桐 ナナフシィ~! これはもう誰でもわかりますよね。これはどこで撮ったんですか?
小松 茨城の鹿島神宮に行ったときに見つけました。たまたま下草のところに落ちてたんで見つけられたんですけど、木の上にいると、なかなか見つけられないですね。
片桐 たしかに動かないとわからないですよねぇ。ところでナナフシって、夜行性ですよね。
小松 そうですね。やはり昼間だと見つけにくい。もともと夜行性の生き物だし、昼間は敵の目をごまかそうと思って前脚をピッと伸ばして、枝っぽい体勢とってるんです。
片桐 でも、冬場にあのトンボを見つけるより簡単じゃないですか?
小松 もちろん(笑)。しかも夜になると、こいつ活発に動いているから、簡単に見つかるんですよね。
片桐 めちゃくちゃ速いですよね。
小松 必死に葉っぱを食べて、擬態の体勢を解いちゃってるんで、簡単に見つかっちゃうんです。
片桐 (笑)。そういえば小松さんの本に書いてありましたが、昆虫の擬態って、止まってる時は自分の保護色の場所に行くものだと思ってたけど、実はそうでもないんですよね。
小松 そうなんですよ。枯れ葉そっくりな翅をしていても、平気で青い葉っぱに止まってる蛾とかいますし。
片桐 それで、すぐ見つかっちゃう。
小松 はい。人間が擬態と呼んでいる虫のほとんどは、人間の側が、ただ擬態と思いたいだけなんじゃないかと私は思うんです。
片桐 だから、必ずしも擬態の場所にいるとは限らない。
小松 そうなんです。
片桐 ハナカマキリってランの花にそっくりな有名な虫がいるけど、実際に見たときには、ランのとこにいなかったんですよね。
小松 そうなんですよ。普通に緑の葉っぱの上にいるだけなんですよね。ただ、ハナカマキリについては姿形が花そのものなんで、花に紛れる必要がない。
片桐 普通にいるだけで花だと思われて、他の虫が来ちゃうんですよね。僕、本とかネットで見たんですが、ハナカマキリって幼虫が一番花っぽい。幼虫のときの方が虫を捕まえる確率が高く、大きくなるにつれて、どんどん捕まえるのが下手になっていくんですって。
小松 見た目だけじゃなしに、花っぽい香りも出すんです。
片桐 でも、それも成虫になると、あまり出さなくなると書いてあった。なんでですかね。
小松 なんででしょう。カマキリに聞いてみないとわかんないですね(笑)。
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小松 貴/著
2018/4/26
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小松貴
こまつたかし 研究者。1982年生まれ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻 博士課程修了 博士(理学)。2014年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2014年に上梓した『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)で、「南方熊楠の再来!?」などと、各方面から注目される、驚異の観察眼の持主。趣味は美少女アニメと焼酎。最新刊は『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)。
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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- 小松貴
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こまつたかし 研究者。1982年生まれ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻 博士課程修了 博士(理学)。2014年より九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD。2014年に上梓した『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)で、「南方熊楠の再来!?」などと、各方面から注目される、驚異の観察眼の持主。趣味は美少女アニメと焼酎。最新刊は『虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる』(ベレ出版)。
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