2018年10月30日
第1回 カッコいいものは少数である
著者: みうらじゅん
2018年10月4日、東京都港区芝にある仏教伝道協会にて、第52回仏教伝道文化賞の贈呈式が執り行われた。同賞は、「仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野にて仏教精神と仏教文化の振興、発展に貢献された方がた」を顕彰するため、昭和42年に制定。以降、毎年、僧侶や仏教研究者、仏教に造詣の深い文学者らが受賞。本年の仏教伝道文化賞を受賞されたのは、臨済宗の僧侶で花園大学名誉教授の西村惠信氏、そして平成24年度に新設された沼田奨励賞は、イラストレーターや文筆家として活躍するみうらじゅん氏におくられた。
注目すべきは、みうらじゅん氏の受賞である。小学4年生の時に仏像の魅力に開眼。いとうせいこう氏と全国の仏像をめぐる『見仏記』シリーズ(KADOKAWA)、『アウトドア般若心経』(幻冬舎)、『マイ仏教』(新潮社)といった仏教をテーマにした著書があり、近年は寺院や展覧会での講演など、仏像関連のイベントに引っ張りだこ。自らの造語である「仏像ブーム」を牽引したその貢献が認められ、今回の受賞となった。
贈呈式では、「仏像の新しい鑑賞方法を伝えて、それを入口に最終的に仏教の魅力にたどりつけばいいなと思ってやってきました。それがムダではなかったなと、大変嬉しく思っています」と語ったみうらじゅん氏に、あらためて仏像や仏教の魅力についてうかがってみた。
「仏像ブーム」を牽引
――このたびは「仏教伝道文化賞 沼田奨励賞」ご受賞おめでとうございます。
ありがとうございます。でも、まだどんな賞なのかよくわかっていなくて(笑)。
――主催の仏教伝道協会によると、「仏像ブームを牽引。マイブーム、ゆるキャラ等の命名者であり、若い世代へ仏教精神を発信した功績」が受賞理由として挙げられています。
年齢も大きいと思うんですよ。今年2月に還暦を迎えたから、「そろそろアイツもいいんじゃないか」と選んで頂けたのかもしれない。自分で言うのも何ですが、40~50代はまだまだ何をしでかすかわからないところがあったと思いますが、還暦を超えたら、さすがにもう落ち着いたろうと思われたんでしょうね。これからは「仏教伝道文化賞」を〝伝道〟していきたいと思います(笑)。
――そもそも「仏像ブーム」という言葉も、みうらさん発信だったと記憶しています。その状況はまだまだ続いていて、京都や奈良のお寺には多くの参拝客が訪れ、博物館や美術館で開催される仏像の展覧会も盛況と聞きます。
2009年に東京国立博物館で「阿修羅展」が開催された時は、遂に「仏像ブームが来た」と思いましたね。それまでは「仏像」と「ブーム」は結び付いていなかったから、だからこそその言葉の響きが面白いんじゃないかと思ってました。「阿修羅展」に延べ100万人以上が来場したと騒がれましたが、やはり大きかったのは若い女性がたくさん来たことじゃないでしょうか。僕が考えていたのも、女性が仏像を見て、アイドルのように「キャー!」と言うことでしたから。「キャー!」が出ないと何事もブームになりませんからね。僕にとっても空海という存在は、「キャー!」でしたし、空海が「密教」という当時最先端の仏教を唐より持ち帰ったことが、大ブームの発端なんじゃないでしょうか。加えて書も上手、雨だって降らせるわけだから。当然、都の女性たちも「キャー!」と歓声を上げていたと思うんですよ。
――みうらさんが仏教について語った『マイ仏教』(新潮社)の担当編集として、今回の受賞の報を聞いた瞬間は興奮しました。過去の受賞者を見ても、井上靖、武田泰淳、五木寛之といった仏教に造詣の深い文学者から、中村元、平川彰、玉城康四郎などの仏教研究者、そしていわゆる高僧名僧の名前がズラリと並んでいます。
昔は、よくお寺さんに怒られていたんですけどね(笑)。「法隆寺の百済観音像は、ボディコン・ギャルのルーツだ」とか仏像を見て好き勝手言ってましたから。それが最近、『見仏記』(註・「仏友」のいとうせいこう氏と各地の仏像を鑑賞。同名の書籍とテレビ・シリーズがある)でお寺に行くと、迎えてくれるお坊さんの態度がこれまでとは明らかに違う。それまでは「信仰の対象である仏像を見て、『グッと来る』とは何事だ!」なんて、いちいち叱られていましたが、『見仏記』のことを知ってくれてるお坊さんも増えてきました。中には、『見仏記』を読んだのがきっかけで、今つとめているお寺に来た、というお坊さんまでおられました。
先日も、広島の鞆の浦にあるお寺に行ったのですが、第一声が「受賞おめでとうございます!」でしたからね。ビックリしました。いとうさんも驚いて、「スゴイね! 沼田奨励賞。ひょっとして秘仏も見せて頂けるんじゃないか」と話したぐらい(笑)。60歳過ぎて、ちょっとした「フェノロサ気分」(註・日本美術を世界に紹介したアメリカ人。明治時代、岡倉天心とともに訪れた法隆寺で、長らく「秘仏」とされていた夢殿の救世観音を開扉させたエピソードが有名)です(笑)。
――『見仏記』を始められてから約25年。風当たりが変わってきたのでしょうか。
僕やいとうさんより年下のご住職も増えましたからね。そうした比較的若い住職のことを、「ジセジュウ(次世代住職)」と呼んでいるんですよ(笑)。ここ何年かでお寺の住職さんもどんどん代替わりし始めているみたいですね。
――たしかに30~40代の住職が増えていると聞きます。
この前「タモリ俱楽部」で、バンド活動をしているお坊さんを集めた回があって、彼らが演奏するのをタモリさんとライブハウスで聞きましたが、「ジセジュウ」の方が多かったですね。中には、「みうらさん、イカ天見ていました」なんて言う人もいて、隔世の感がありました。お坊さんにも当然ロックが好きな人もいるわけで、中には、若い頃、お寺を継ぐのがとても嫌だと反発していた人もおられるでしょう。
――そういった若いお坊さんにとって、みうらさんのような人が仏像や仏教について書いたり話したりするのは励みになっていると思います。
それまでの仏教界は、やっぱりちょっと「ケンイ・コスギ(権威・濃すぎ)」なところがあったでしょう。だから僕もあまり「団体」には近づかないようにしていたんだけど。こういう賞をいただくと、自分が「ケンイ・コスギ」になっちゃうから、自戒の精神は大事にしておこうと思いますね(笑)。
カッコいいものは少数である
――みうらさんはこれまで賞と縁があったんですか?
1982年に「週刊ヤングマガジン」のちばてつや賞で佳作をいただいたのと、1997年に新語・流行語大賞で「マイブーム」が選ばれたぐらいですかね。あと、日本映画批評家大賞功労賞というのを、水野晴郎さんから頂きました。そもそもが「ない仕事」ばかりやっている人間だから、賞とはあまり縁がない。だったら、自分で賞を作って誰かにあげようと思い、「みうらじゅん賞」というのを1994年から始めたのです(笑)。今年、「みうらじゅん賞」に「仏教伝道協会」もノミネートされてますよ(笑)。
――逆受賞(笑)。
受賞じゃないけど嬉しかったのは、12歳の時、その頃薬師寺の管主だった高田好胤さんが書いた『道 本当の幸福とは何であるか』という本を読んで感想を送ったら、それが新聞広告に採用されたことですかねえ。これが僕の「活字デビュー」なんです。高田好胤和尚が好きで憧れていたから、とても嬉しかったのを覚えています。
イラストのデビューも、そういえばお寺のパンフレットでした。中学と高校は、京都にある東山中学・高校という浄土宗系の学校に通っていたんですけど、その時の友達がお寺の生まれで、その寺の地図を依頼されて描いたんです。それをパンフレットに載せてもらったのが、イラスト・デビュー(笑)。
――活字とイラストともに仏教がらみとは、〝仏縁〟があるんですね。
というより、いつもそこがゴソッと空いていたんじゃないですかねえ。小さい頃から今に至るまで「ない仕事」が得意だから。仏像にしても、もともとは怪獣が好きだったんだけど、それが〝異形〟つながりで仏像にシフトしたわけで、決してピュアな気持ちだけで仏像を好きになったわけじゃないんです。
――いつも「ない仕事」を探求しているんですね。
おそらくそこには自衛本能みたいなものが働いていて。とにかく「団体」が苦手だから、みんなが怪獣に夢中になり始めると、そこに背を向けて、祖父と一緒にお寺に行って、仏像を見たり、古瓦を探したり、仏像スクラップを作ったり――そこにグッと来ていたわけです。
――なるほど。そこはずっと一貫されておられる。
ずっと自分の中に、「カッコいいものは少数である」という意識があります。とにかくひとりで考えていることが好きなんです。
だから、仏教でも一番好きなのは、修行期のお釈迦さんなんです。あの時期のお釈迦さんは、ソロ活動だったじゃないですか。菩提樹の下で瞑想しながら、ひとりで悟りをひらかれた姿がいいですよね。
悟りをひらかれた後も、みんなにこの教えを広めるかどうか迷っておられたというじゃないですか。それが「梵天勧請」(註・「梵天」はバラモン教の神様。悟りを広めることをためらっていたブッダを梵天が説得したエピソード)によって布教を決意する。それでまずは、かつて一緒に修行し、後に袂を分かった人たちに会いに行くじゃないですか。ボブ・ディランもそうでしょう。1965年ぐらいからエレキギターを使い始めて、それまでのフォーク・ファンに「裏切り者!」なんて罵声を浴びる。でも、そこを貫くのがいいんですよね。
とにかく何でも、ブームになっていない、なる寸前の感じにグッと来ます。でも、ブッダの周囲に出家希望者が集まって、どんどん教団が大きくなっていくでしょ。その大乗仏教があってこそ我々も仏教を知れたわけですけど、それもやっぱりお釈迦さんの「ソロ活動期」があってこそ。
――なるほど。大乗仏教が苦手というのは意外でした。
いやいや、苦手というんじゃなくソロの方がよりわかりやすいんじゃないかと。そもそもお釈迦さんの教えはシンプルでわかりやすいけど、大乗仏教以降はあえて難しくしているんじゃないかと思うぐらい複雑でわかりづらいところがある。大乗仏教以降は、お弟子さんがそれぞれの「マイ仏教」を説き始めたことで、わかりづらくなっているのではと。ただ、仏像のことを考えると、複雑ですよね。
――お釈迦さんは、偶像崇拝を禁止しましたからね。
そう。大乗仏教がなければ仏像もなかった。でも、偶像って「アイドル」のことだもんね。だから、ただ仏像を見てグッと来たりするのは、そう間違ってはいないと思うんです。
――それなのに昔はよく怒られたわけですね。
仏教では間違った教えを説くことが一番いけないことですからね(笑)。
そういえばこの前、うちの子どもをポケモンの映画に連れて行ったんですけど。
――ポケモン、ですか
そう。新作。もうこっちは途中から前が見えなくなるぐらい泣いているんだけど、子どもたちは全然泣いていなくて、どころか「何で泣いているの?」と聞かれる始末ですよ。人間の感情というのは生来備わったものだと思ってたけど、悲しいとか嬉しいとかいう感情も、後に身に付くものなんだなと思って。「こういう時、人は泣くもんだ」というのは、後の経験からなんですよね。他人の身になって考えるのは。そこに仏教の真髄があるんじゃないかと思っちゃいました。
――その意味では、仏像の楽しみ方をみうらさんから学んだという人も多いのでは。
いやいや、それはどうでしょうね。だって初めは「不謹慎だ!」なんて怒られていた側ですから(笑)。
――今年刊行された『仏像と日本人』(碧海寿広著、中公新書)という本はご存じですか?
読ませてもらいました。
――「日本人はどのように仏像を鑑賞し、論じてきたか」を丁寧に記述したもので、その内容をひとことであらわすと「仏像鑑賞の精神史」。中では「仏像ブームと『見仏記』」という項が立てられ、みうらさんといとうさんのこれまでのお仕事もきちんと論じられています。
ありがたいですよね。そんな風に言ってもらえて。しかも帯には「岡倉天心、和辻哲郎、土門拳、白洲正子、みうらじゅんなど各時代の、〝知識人〟を通して……」とあったでしょ(笑)。かなりの「ケンイ・コスギ」ですよね。ここに名前を挙げられた人で、平仮名だけの名前も、生きているのも僕だけでしょ? 昔から「信仰の対象か、美術か」なんて、ややこしい議論が流行っていたんですよね。
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マイ仏教
みうらじゅん/著
2011/5/14
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みうらじゅん
1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』『十五歳』『マイ仏教』『セックス・ドリンク・ロックンロール!』『キャラ立ち民俗学』など多数。共著に『見仏記』シリーズ、『D.T.』などがある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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