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畑のうまみ、畑のえぐみ

2026年10月21日 畑のうまみ、畑のえぐみ

第1回 キャベツの顔つき

著者: 久松達央

育てる。売る。味わい喜んでもらう――年間なんと約70種もの野菜を有機栽培で作り、お客さんや飲食店に個別に直接販売する。脱サラ後、28年間、その方針で茨城県土浦市で久松農園を経営してきた久松達央さんが、農業の面白さも厄介さも自由自在に語ります。『キレイゴトぬきの農業論』『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』などの著作で論客としても知られる久松さんですが、「野菜の美味しさ」を語る能力も天下一品。

読むうちに、野菜の好き嫌いが消えてしまう(かもしれない)、うまみあふれる連載をお届けします。

絶対に負けられない戦いの季節

 8月から10月は秋冬作の作付けの季節である。キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、大根、人参、小松菜、かぶ、ほうれん草などなど。秋から冬にかけて収穫する野菜の大半は、この時期に種を蒔くか、苗を植え付ける。

 自分が食べたい野菜をあれこれ育て、お客さんにおすそ分けする農業を始めて28年になる。スタッフ7名を抱える規模になった現在も、その基本姿勢が変わることはない。今年は年間70品目ほどの野菜を露地で育てている。

 年明けには低温で作物の生育が止まってしまう北関東では、秋口までに作付けたもので来年の春先まで食いつなぐことになる。毎週楽しみに待ってくれているお客さんの食卓を支えるという意味でも、「会社の食い扶持」という意味でも、絶対に負けられない戦いの季節だ。

 ところが、近年の酷暑ときたらどうだろう。「平年並み」という言葉が完全に死語と化し、これまで積み上げてきた経験則がまるで通じなくなってきている。10年前の感覚で8月のお盆前後にキャベツの苗を畑に下ろそうものなら、容赦のない陽射しと乾いた土に焼かれてひとたまりもなく枯れてしまう。雨をもらってかろうじて生き残った苗にも、猛威を振るうアブラムシやヨトウムシが容赦なく襲いかかる。

 これではいかんということで、今年からスケジュール全体を3週間から1か月ほど後ろに倒すことにした。農業を始めた頃の感覚では、遅すぎて年内に育ちきらないタイミングだが、冬の訪れそのものが遅くなっているのだから、農事暦のほうを書き換えなければならない。

苗の出来が作柄を決める

 むろん、時期をずらしたからといってすべてが解決するわけではない。農業には昔から「苗半作(なえはんさく)」という言葉がある。作柄の半分、いや実際には大半が苗の出来不出来で決まるという意味だ。秋冬作における最大の急所は、まさにこの苗作りにある。

 苗というのは、寒い時期のほうがよほど作りやすい。1、2月にビニールハウスで種を蒔く春夏野菜なら、電熱マットやトンネルを使えば人間の手で温度をコントロールできる。翻って、夏の暑さは人の力ではどうにもならない。ハウス内は容易に40℃を超え、トレイの土はほんの数時間でカラカラに干からびる。かといって水をやりすぎれば、あっという間にもやし苗になる。がっちりとした強い苗を作ろうとすれば、一日中気が抜けない綱渡りが続く。

 かつての農家は、畑の一角に種を直に蒔き、大きく育ててから本圃に植え替える「地床(じどこ)育苗」を行っていた。この方式は水やりの手間が少なく、風と太陽に鍛えられてがっしりした苗に仕上がる。だが難点は、苗を掘り起こす際にどうしても根鉢が崩れて根傷みを起こすこと、そして苗のサイズが揃わないため機械移植に向かないことだ。全自動・半自動の移植機が標準となった現代の大規模野菜栽培では、サイズが均質に揃うプラグ苗が圧倒的主流となり、地床育苗は過去の技術になりつつある。

 そこで、今年新たに挑んだのが、「チェーンポット」という紙製の育苗鉢を地床に置く方式だ。チェーンポットは、底のない紙鉢が数珠つなぎに連結した構造で、アコーディオン状に折り畳まれたポットを専用の簡易移植器にセットして畑を歩けば、溝切りから植え付け、覆土、鎮圧までが完結する。人間も苗も消耗する猛暑の下、短時間でスピーディーに植えきれるのは、厳しい夏定植において何よりの武器になる。しかも底がないため、発芽後に育苗箱ごと土の上に置いておけば、地床育苗と同じように大地から水分と地力を吸ってたくましく育ってくれる。昔ながらの地床の逞しさと、近代的なカートリッジ型の作業性を掛け合わせた、いいとこ取りの試みだ。

静岡の名門採種場が誇る傑作「とくみつ」

 生鮮野菜の味を決めるのは、「旬(栽培時期)」「品種」「鮮度」の三要素だと私は考えている。その点、我が農園は「露地」という縛りがあるため旬の時期にしか作らないし、収穫してすぐ宅配便でお客さんに届けるため鮮度も申し分ない。となれば、あとは味の良い品種を選び、のびのびと育つ栽培管理をしさえすれば、特別な細工をしなくてもうまい野菜ができる。

 今年の目玉のひとつは、11月から12月にかけて収穫するキャベツ「とくみつ」。アブラナ科に特化した静岡の名門・増田採種場が誇る、秋冬キャベツの雄とも呼ぶべき傑作だ。ジューシーで歯切れの良いサクサク感と、抜群の甘みを兼ね備えている。とりわけ、初冬の霜を軽く被った12月初旬のうまさは他の追随を許さない。

 お客様を畑に案内する際には、まず形の良い玉を地際で切り落とし、目の前で縦に半割りにしてみせる。包丁を入れた瞬間の手応えと、ザクッという音だけでその出来栄えが伝わる。芯を残したまま外側の濃い緑から内側のやわらかな黄色い葉までを縦にくし形に切り分け、一口で頬張ってもらう。

 外葉の力強いほろ苦さとうまみ、中心部の凝縮された甘みが一体となって口の中に広がる。これこそが、採れたてのキャベツを味わう作法だ。

 生でバリバリいくなら千切りもいいし、ざく切りにしてごま油と塩昆布で和えるのもいい。豚肉と強火でさっと炒めてシャキシャキ感を残すのもうまい。甘みを存分に引き出すなら、くし型のままフライパンや鉄板でじっくり蒸し焼きにするのがおすすめだ。しっかり焼き色をつけ、塩胡椒を振るだけでご馳走になる。コトコト煮込むと形が崩れるが、それさえ気にしなければロールキャベツなどの洋風煮込みもおすすめだ。

食卓を「畑の季節に合わせる」仕組み

 大手スーパーの店頭を見れば、どこかの産地が天候不順に見舞われても、全国から野菜を集めて棚を空けないサプライチェーンが機能している。いつでも、均一な野菜を、手頃な価格で買いたいという消費者の需要に、流通システムが全力で合わせているのだ。台風や長雨で産地の多くに被害が出た今年でも、店頭から野菜が消えないのは強靭なシステムの賜物だ。一方で、その結果として、今日と明日で並んでいる野菜の産地も作り手も違うのが当たり前になっている。

 だが私は、同じキャベツであっても、季節の推移によって畑で採れる姿も、適した食べ方もまるで違うと考えている。だからこそ何十社もの種苗メーカーのタネを吟味し、それぞれの品種が持つ季節の持ち味をパズルのようにリレーして、この土地に合う味を設計する。スーパーの流通が「需要に畑を合わせる」のに対し、我が農園のおまかせ野菜セットは「お客さんが畑の季節に合わせる」仕組みだ。

 一見すると、作り手側の都合を押し付けた不便なシステムに見えるかもしれない。しかし、ひとつの畑に食卓を委ね、季節の移ろいに縛られてみることこそが、農家から直接野菜を買って食べる醍醐味ではないだろうか。

 はたして、今年の新しい育苗方式は吉と出るか、凶と出るか。悪天候で生育が大幅に遅れている野菜たちが冬の寒さに間に合うか。今年もまた、気まぐれな自然の顔色をうかがいながら、苗作りという文字通りの「泥臭い」格闘が続く。

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

久松達央

1970年茨城県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を個人消費者や飲食店に直接販売している。地域資源を活用した「あるものでつくる」農業を標榜。補助金や大組織に頼らずに自分の足で立つ「小さくて強い農業」を模索している。著書に『キレイゴトぬきの農業論』、『おいしい日本の野菜が消える日 二極化する農業の未来』など。


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