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畑のうまみ、畑のえぐみ

2026年11月4日 畑のうまみ、畑のえぐみ

第2回 生落花生の皮肉

著者: 久松達央

育てる。売る。味わい喜んでもらう――年間なんと約70種もの野菜を有機栽培で作り、お客さんや飲食店に個別に直接販売する。脱サラ後、28年間、その方針で茨城県土浦市で久松農園を経営してきた久松達央さんが、農業の面白さも厄介さも自由自在に語ります。『キレイゴトぬきの農業論』『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』などの著作で論客としても知られる久松さんですが、「野菜の美味しさ」を語る能力も天下一品。
読むうちに、野菜の好き嫌いが消えてしまう(かもしれない)、うまみあふれる連載をお届けします。

「絶望の9月」の救世主

 周年で季節の露地野菜を手がける私にとって、9月後半は夏と秋の継ぎ目、いわゆる端境期だ。夏野菜を「引っ張る」か、秋冬野菜を「巻く」しか手がない。一方で、ここ3年はとにかく猛暑続きだった。盆を過ぎ、彼岸に向かっても、連日の真夏日。雨も全く降らない。秋のキャベツは植えたそばから枯れていく。業を煮やして、今年は秋冬作のスケジュールを1か月遅らせる策に出た。

 ところが、どうだ。いざ後ろ倒しにした途端、今度は記録的な長雨と、季節外れの低温である。キュウリは、湿気と低温によるべと病の広がりで葉を枯らし、オクラはさっぱり採れない。こうお日様がなくては、トマトもピーマンも元気がない。

 そんな絶望の9月に旬を迎える数少ないウマい野菜が、生落花生だ。

大粒の生落花生

 そもそも落花生という植物は、乾燥に強いマメ類の中では特異的に水を要求する。花が咲いて、子房柄(しぼうへい)と呼ばれる管が土に潜り込む時期に水がないと、中身がスカスカになってしまう。昨年までの小雨ではずいぶん苦労した。ところが、例年の3倍も雨が降っている今年の夏は、落花生にとっては最高の環境だ。お客さんの評判も上々である。

 直径1mほどもある大きな株を土から引き抜くと、鈴なりの鞘の重みが、ずっしりと腕に伝わってくる。大きな鞘を両手で選びんでもぐと、収穫コンテナはたちまち一杯になる。殻を手で割り、しっかり詰まったピンク色の大粒の豆を口に放り込むと、むにゅっとした柔らかい食感と、みずみずしい甘みと土の香りが広がる。うまい。

千葉県が生んだ旬の味

 この「生落花生」という代物は、自分が農業を始めた28年前は、世間ではほとんど知られていなかった。千葉の八街あたりの落花生農家が、収穫の時期だけ食べていた、漁港でいう「漁師飯」みたいなものだ。乾燥前の一時期しか採れない上に、鮮度が落ちるのが早いので、産地の人たちだけがこっそり楽しむ贅沢だった。安価な外国産ピーナッツが市場の大半を占めるようになり、国産ならではの付加価値を求めて、千葉県が産地の威信をかけて開発した品種「おおまさり」の開発を機に、「茹で落花生」という食べ方が2010年代に広まった。私も最初は千葉の農家からタネを譲ってもらって育て始めた。その頃は、お客さんにもほとんど知られていなかったが、今では、秋の風物詩としてかなり定着した。

甘みとコクと「むにゅっ」とした弾力

 食べ方の定番は、塩茹でだ。軽くこすり洗いした落花生を濃度2−3%の塩水の入った鍋に入れ、水から火にかける。沸騰したら、弱火で30−40分。ホクホクが好きなら時間は短め、柔らかめが好きなら長めに。火を止めて、20分ほど味を染み込ませたら完成だ。茹でてしまえば冷凍も効く。

 栗を思わせる自然で素朴な甘みと、塩気が引き立てる豆特有の濃厚でまろやかなコク。「むにゅっ」とした弾力と、噛むほどに広がるジューシーな甘さ。みずみずしい湯気と、青みを含んだ土の香り。この味は代わりがなかなか見つからない。ビールのつまみに最高だが、油断すると子供に全部食われる。

 落花生の炊き込みご飯もおすすめだ。殻を剥いて取り出した生の実を、研いだ米の上にゴロゴロと載せ、少々の酒と塩だけで普通に炊くだけ。炊き上がりの蓋を開けた瞬間の香りは、ぜひ一度味わって欲しい。米の間でほっくりと崩れた落花生から豆の脂がじわりとにじみ出し、えんどう豆とは全く違うコクのある豆ご飯が楽しめる。

 酒のつまみなら、硬めに茹でたものをオリーブオイルとにんにくでペペロンチーノ風にしても良い。ワインにもよく合う。贅沢に使うなら、潰して牛乳や豆乳でのばせば、濃厚なポタージュになる。変わり種では、取引先のバーのマスターが出してくれたブランデー漬けも忘れられない。洋酒の芳醇な香りに負けない、落花生の風味が強烈だった。

 我が農園では、8月末から10月初めまで出荷が続く。過去には、作業場に持ち帰って、枝豆の脱莢機(だっきょうき)でもぐことも試したが、結局は畑で手もぎに落ち着いた。今年はほとんど毎回雨の中でカッパを着ての収穫だ。軽トラも畑に入れられないので、重い収穫コンテナを車まで運び出さなければならない。雨がひどい時には、くるぶしまで足を取られる。それでも、スタッフが皆楽しそうなのは、豊作で、お客さんの評判もいいからだ。

 他の夏野菜を枯らし、秋野菜を遅らせる長雨が、この時期唯一の旬の野菜である落花生にとって好ましい条件だとは。自然はまったく皮肉で、つくづく手強く、そしてたまらなく面白い。

 

(次回は、11月18日に更新予定です。)

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

久松達央

1970年茨城県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人株式会社を経て、1998年茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を個人消費者や飲食店に直接販売している。地域資源を活用した「あるものでつくる」農業を標榜。補助金や大組織に頼らずに自分の足で立つ「小さくて強い農業」を模索している。著書に『キレイゴトぬきの農業論』、『おいしい日本の野菜が消える日 二極化する農業の未来』など。


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