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ドミニク・チェン×全卓樹「共同体をつくる科学の言葉」

2021年1月21日

ドミニク・チェン×全卓樹「共同体をつくる科学の言葉」

共同体をつくる科学の言葉 (前篇)

八重洲本大賞同時受賞記念対談

著者: ドミニク・チェン , 全卓樹

未来をつくる言葉』『銀河の片隅で科学夜話』の二作が第3回八重洲本大賞を同時受賞。その二作を書いたのは、それぞれドミニク・チェン&全卓樹の両氏。贈呈式での話が弾み、つながったのが今回の対談だ。情報学者と物理学者の織りなす、未来の共同体をつくるための科学夜話とは?

左からドミニク・チェン氏、全卓樹氏。八重洲本大賞受賞をともに喜び合った(以下すべて撮影・菅野健児〔新潮社写真部〕)

ドミニク(以下「ド」) 今回は、『銀河の片隅で科学夜話』での第3回八重洲本大賞の受賞、おめでとうございます。

全卓樹(以下「全」) ドミニク先生こそ、『未来をつくる言葉』での受賞、おめでとうございます。この機会に初めてお会いしましたが、同時受賞がドミニク先生で嬉しいです。

公式HPはこちら

  こちらこそです。八重洲本大賞は、書店の八重洲ブックセンターが「従来の書籍のジャンルにとらわれず今こそもっと読まれるべき1冊を幅広い読者に届ける」ことを目的にして、2017年から開催しているそうです。こうやって外部の方に公平な目線で読んでもらった上に、賞をいただけるというのは初めての経験で、嬉しいことでした。

 私もです。自分の書いたものが、科学者やサイエンスコミュニケータではなく、慣習も美意識も異なる人文関係というか文芸関係の人に読んでいただき、あまつさえ評価していただけたのは、望外の喜びです。

全卓樹さんは「寺田寅彦」なのでは?

 東大の大学院に行っていたころに、寺田寅彦や、その弟子のひとりである中谷宇吉郎など、物理学者の書くエッセイというのがすごく好きでした。

 名文家たちですね。

 『銀河の片隅で科学夜話』では、天空編、原子編、数理社会編、倫理編、生命編、に分けて22のテーマで、ちょっとした好奇心を科学の真髄につなげるお話が紡がれています。最近は、物理学者が日本語で書いたエッセイを久しく読んでいなかったので、最初の数話で「寺田寅彦感」がありました。しかも、書かれている分野が私も研究している分野に近いんです。たとえばトロッコ問題(編注【以下同】:ある人を助けるために別の人を犠牲にしても良いのかという倫理的な問題。あるいはトロリー問題とも)については、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の研究会や別のAI倫理に関する委員会で話をしていたこともあり、親近感を抱きました。

 あとはサピア=ウォーフ仮説(言語が人間の認識を形作るという説)についても共通していますね。

 そうですね。私の本にとっての重要なテーマですが、全先生の本のなかでも言及があり、驚きました。

 寺田寅彦(1878〜1935)となると過分の褒め言葉で嬉しいんですが、私の勤める大学のある高知では寅彦って神様なんです。よく「高知の生んだ偉人」なんて地元の偉人を称えますよね。まず坂本龍馬、それからそのとき藩主だった山内容堂という、賢いお殿様。それから、龍馬と一緒に殺された中岡慎太郎とか板垣退助、岩崎弥太郎、その辺りは入れ替えがあるのですが、残り二人が学者で、寺田寅彦と牧野富太郎なんです。だから高知人にとって、寺田寅彦と牧野富太郎は、龍馬と並ぶ偉人なんです。
 例えば、高知が新しく建てた「オーテピア」という図書館やプラネタリウムを備えた文化施設の前にあるのは寺田寅彦の像です。彼は高知の神様クラスの一人で、「文章が寺田寅彦似だと言われたよ」なんて言ったら図々しいと叱られます。

 そんなに神格化されているんですね。知らなかったです!

 寺田寅彦は、変わり種の物理屋だと思われていたんです。当時東大の物理研究の主流は原子や原子核で、世界に伍してやろうという気概です。最終的に朝永振一郎や坂田昌一、湯川秀樹が登場して、日本も世界水準になった。対して寺田寅彦はわけのわからない趣味の物理をやっていた。とはいえ、現在からしたら、カオスや複雑系の物理のさきがけのひとりだったと見なせるので、実は物理屋としては過小評価されていると思います。

 そうですよね。今、ソリトン(粒子性を持つ波)について研究が進んでいますよね。物理学者の戸田盛和先生は、なぜ金平糖の形がああなったのかを解明するのに、なかなか数式として導き出すのが難しくて、ソリトンの概念で研究された。そういう、金平糖に物理の不思議さを見出すような研究は寅彦的ですよね。例えば寅彦は線香花火の研究をやっていましたし、燃える様子を描いた「線香花火」という文章もある。

 今から思えば、寅彦は50年か100年、早すぎたんですよ。あまりにも知られていないので、誰かが寅彦の物理学について、現代の複雑系物理の源流として評伝を書くべきだと、私の同級生で高知出身の宇宙物理学者、須藤靖がずっと主張しています。

 寺田寅彦や中谷宇吉郎の文章は、一般的な読者を対象に書かれていながら、どこまでも科学者としての矜持を貫いて、論文のようでいて随筆でもあり、ハイブリッド感があります。
 全先生の本も同じで、専門外のテーマについても科学的な視点がずっと貫かれていて、それでいながらエッセイ風に書かれている。文体そのものは100年前の寺田寅彦とは違いますが、科学的な緊張感のようなものが途切れず、それが寺田寅彦を彷彿とさせました。
 寅彦がそのまま現代によみがえったら、実際に話が弾みそうですよね。全先生は、AI、サピア=ウォーフ仮説、などご専門ではない領域に対してもオープンなところが、寅彦と似ておられると感じました。

 私はなぜか、専門以外の科学論文、もしくは科学論文を解説したぐらいの論文を読むのが好きなんです(笑)。仕事半分でして、大学院でゼミをやるのに、自分の専門以外の他の研究室のやつも集めて読書会をやる講義を担当として持っていましてね。
 例えばイギリスの『エコノミスト』誌のサイエンスの記事を読ませます。ライターがいいので、記事もいいんです。物理のPh.d.(博士号)を持っている人が書いている。この記事を読んでわからなかったら原論文を読め、とやっているから、必然的に自分も読まなきゃなりません。そうすると、専門外のサイエンスの論文をとにかく読むので、それを紹介していたら今回の一冊になったようなところがあります。基本的にサイエンスのやり方はどの分野でも一緒ですから。文体は単に自分の趣味ですし、脇道に逸れるボルヘスやら三島やらアイヴァスやらの文学の話は、若い時分からの読書が反映されただけです。
 寺田寅彦も、想像するに同じだったと思うんです。夏目漱石をふくめた文壇サークルで本の話になって「寅彦、最近のおもしろい科学の話教えてくれ」「それならこういうのがあるよ」なんて(笑)。

一風変わった人を尊重する伝統

 さきほどの、カオスや複雑系の先駆者として寅彦が再評価できるというお話で言えば、彼が1933年に書いた「自然界の縞模様」という文章で、自然界における縞模様を化学反応式で書ける可能性に触れていました。それは、アラン・チューリングの反応拡散方程式、いわゆるチューリング・パターンに関する論文よりも20年ほど前なんです。

 すごいことですね。

 彼は日本語で書いていて、方程式は書いていないんですが。

 式は書いていなくとも、その根底の発想があったんですね。彼か、彼の弟子にあと10年やらせていたら、反応拡散方程式を書いたと想像されます。何かを発現するものと、何かを抑えるものと、二つの物質を、抑えるものの到達距離を少しだけ長くして入れると、相互作用して縞模様が生まれる―その考えで、ネコの縞模様がどうして出るかを簡単な化学式で書くとか、ですね。

 ブチ模様になったりサンゴ礁になったり、変数を変えるだけでパターンが生まれて、いろんな模様が生まれる。あるパラメータの変数でいろんな模様ができる。これについては、人工生命の分野で、東大駒場の池上高志先生と共同研究を私自身もしているんですが、池上研究室の方と、人工生命のアルゴリズムをパイソン(Python)というプログラミング言語で解説する本を書きました。反応拡散式やエージェントの進化する行動、セルラー・オートマトン(離散的計算モデル)など、生命のモデルを数学で扱う本です(『作って動かすAlife』)。

 日本でその流れを受け継ぐ方に金子邦彦先生がいらっしゃいますね。私の一年上で、学部にいたとき、彼だけ一風変わっていて(笑)。東大の物理学科の学生の控室みたいなところに仲間内でいるときも、彼だけ混じらず座ってニコニコしているんですよ。で、みんなが「あいつ天才だ」と異口同音に言う。「何が天才なの」って聞くと、よく知らないけどわけのわからないことをやっていて、世界的に有名な久保亮五先生の弟子なんですが、自分の先生とはまったく違うことをやっている。博士論文がそのまま出版されて、カオスや複雑系の理論の基調の一つになっています。

 先ほどお話しした池上先生と金子先生は同じくらいの年代ですね。

 日本にもそういう、独特な研究を評価する伝統がある。物理のメインストリームではないかもしれませんが、そういう変なところから面白いものが生まれる可能性が5%ぐらいはあるわけです。

 金子さんの研究室からは芥川賞作家が生まれているんですよね。

 どなたですか?

 円城塔さんです。「円城塔」とは、金子邦彦さんが書いた小説(『カオスの紡ぐ夢の中で』の「進物史観」という短編)に出てくるアルゴリズムの名前なんです。円城さんは金子研でメタ関数という自己記述できる関数の研究をされ、博士論文を書き終えて物書きになられて芥川賞を受賞(『道化師の蝶』にて受賞)されたんです。

 金子研と言ったら芥川賞、とは! でも大学って本来はそういう場所のはずですよね。科研費の取得率を誇ったりするばかりではつまらない。

『未来をつくる言葉』を読んで

 『未来をつくる言葉』は、機械の仕様に人間が合わせてきたこれまでとは逆に、生身の人間に近づいて人間の能力をエンハンス(拡張)するようなコンピュータやネットを設計しようという思想で書かれた本ですよね。特に社会的能力を増強して、異なった環世界(Umwelt)をもつ分かり合えない人々を共存させる仕組みを考えるという。まず冒頭から娘さんの誕生のお話に引き込まれました。モンゴルに新婚旅行をされた時の白馬の話もとても素敵ですね。
 人間の認識というのは、与える道具次第でかなり変わるという、拡張されたサピア=ウォーフ仮説がドミニク先生の考え方ですよね。例えばプログラム言語は、AとBとでは、思考まで変える可能性がある。おそらく、すでに弱いサピア=ウォーフ仮説、言語相対論は実験的に実証されていると思います。もちろん異論もありますが、人間のいちばんの根本は同じだとしても、言語相対論は脳科学でも証明できると思うんです。ある事項について、ある言語を使い説明したときと、別の言語で説明したときとでは、重なって点灯する部分と、そうでない部分とが、絶対に出てきます。
 それを多言語を操る人はわかっている。If we start discussing the same thing in Japanese and English, different parts of the brain would flash. こんな感じで言語という道具を変えると、違う思考になる。私も一応英語は普通に喋れ、韓国語も少しできるので、多少なりともわかります。フランス語と日本語は離れているから、ドミニク先生はもっとわかるでしょうね。

 そういえば、ちょうどディレクターをさせていただいた展示「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」(21_21 DESIGN SIGHTにて2021年3月7日まで開催中)では、展示の解説テキストを3ヶ国語で伝える映像も展示しています(笑)。

 そうでしたか。違いをお互いに伝えあうと、個性を犠牲にしないで理解できるという点は、『未来をつくる言葉』のテーマとも同じですね。先ほど私が感銘を受けたとお伝えした箇所も秀逸でした。
 モンゴルで仲良くなった地元の人に、「この白い馬をあげよう。次に来る時までおまえのために大事に世話しておいてやるから」と、ドミニク先生ご夫妻が言われます。所有の概念自体が違うから「あげる」「贈る」と日本人が使うときとは異なり、実際に持って帰るということではないのだけれど、「ずっと想っているよ」という、贈与の気持ちがとても美しい。
 もちろん、実際に万人ができるわけではないでしょう。モンゴルは非常に広い面積で、おまけに低い人口密度だから、人間一人に対するリソースがたくさんある。さらにいうと、彼らは世界征服者の子孫です。「おれたちが世界の主だったんだ」と天然に思えるめぐまれた歴史的勝者は、一度成功しているから寛容になります。日本だと、近代化はヨーロッパモデルばかりで、世間的に、モンゴルのような「贈与」はできない気がするんです。
 一方で、こういう、個人の自由をリジットにとらえて、それをさらに緩めて、かつ快適に生きられる仕組みを回せるのは、社会の上澄みだけかもしれない。一般でやろうとすると全体主義になりそうな気もするんです。

 そうですね。モンゴルは非常に複雑な歴史を経てもいます。近代は中国とソ連の板挟みにあって、中国の内モンゴルとソ連陣営のモンゴル人民共和国に分かれました。中国共産党にかなりの政治工作をされて変な宗教を広められたり、散々な目に遭っているんです。だから、勝者としてのプライドははるか昔の記憶になっているとは思います。というのも、彼等と話していて、自分たちの近代化はうまく進まなかったというコンプレックスを感じました。
 日本でも、漱石や寅彦といった、1900年から1930年代あたりの文人たちは、西洋を強く意識していると同時に、西洋に右ならえしている日本はおかしいという態度や葛藤を共有していたように思います。漱石なんてその葛藤が文体に表れていますよね。でも、近代化しなかったことを失敗として近代のスキームは見なしますが、それを失敗だと見なさない視点もありうると思います。

 なるほど。

 モンゴル人民共和国はソ連の崩壊とともに国名をモンゴル国に改め、社会主義を放棄しましたが、最初に当時のモンゴル政府がやったのは、国民に土地の所有権をばらまくことだったそうです。なぜなら定住しないと都市が作れないのに、だれも定住しないから。所有の概念を啓蒙するために、国民に土地を与えたのですが、それでも根っからの遊牧民だから定住は進まないんです。それは近代的な法律や社会システムよりも強い文化様式で、現代でもウランバートルを離れると息づいています。だから日本やヨーロッパからすると反転していると感じました。
 面白いのは、遊牧民が暮らす「ゲル」というテントの形態の住居の中は、実はパブリックスペースなんです。自分のゲルであっても、誰でも入っていいし、そこで勝手に馬乳酒をすくって飲んでも構わない。それならプライベートな空間はどこなのかと言ったら、まわりの草原すべてなんです。トイレも外でするし、夫婦の営みも外ですると聞きました。

 それはすごく面白いですね(爆笑)。

 当初のインターネットは、アメリカのヒッピーたちが、近代化しないモンゴルの遊牧民の暮らす草原に似たスペースのような電子共和国を夢見て作ったわけです。とはいえ、近代化しないままでいることの意味を、先進国と呼ばれる国々に広められるかと言ったら、それはまた難しい。

後篇に続く。話はSNS時代の倫理、ITの未来へ)

八重洲本大賞:それぞれの本の選者のコメント

ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)

選者のコメント 「コミュニケーションとはわかりあうためのものではない、わかりあえなさをつなぐためのものだ。 わかりあえなさは埋めるスキマではなく、新しい意味が生じる余白なんだ、と。」圧倒される言葉。 

全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)

選者のコメント 先行き不透明な今の時期にやさしくて美しい文章が沁みます。 一気に読むのがもったいない、そして繰り返し何度も読みたくなる本です。

ドミニク・チェン

1981年生まれ。博士(学際情報学)。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、2021年1月現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)、『謎床』(晶文社、松岡正剛氏との共著)、監訳書に『ウェルビーイングの設計論』(ビー・エヌ・エヌ新社)など多数。(写真 望月孝)

全卓樹

ぜん・たくじゅ 理論物理学者。京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒業。同大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了。博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。ジョージア大学、メリランド大学、法政大学などを経て、現在、高知工科大学教授。著書に『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)、『エキゾティックな量子』(東京大学出版会)などがある。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ドミニク・チェン

1981年生まれ。博士(学際情報学)。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、2021年1月現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)、『謎床』(晶文社、松岡正剛氏との共著)、監訳書に『ウェルビーイングの設計論』(ビー・エヌ・エヌ新社)など多数。(写真 望月孝)

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全卓樹

ぜん・たくじゅ 理論物理学者。京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。東京大学理学部物理学科卒業。同大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了。博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。ジョージア大学、メリランド大学、法政大学などを経て、現在、高知工科大学教授。著書に『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)、『エキゾティックな量子』(東京大学出版会)などがある。


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