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岩松了ロングインタビュー(聞き手・柴田元幸)

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演出しながら発見する

岩松 よくあるのは、たとえば、役者に「なんで右に動いてるの?」と聞くと、「右に動く」と台本に書いてあります、と言われるんです。それは台本を書くときに、その人物を右に動かさないと次のセリフが出てこないからという事情があるんですよ。停滞した時間を動かすために役者を右に動かさないと、と思って書いてるけど、後になると、動いたことは重要ではなかったりする。戯曲にはそれが残ったままなんです。

柴田 ということは、むしろ演出しながら発見する、というか、つくっていく部分も多いんでしょうか?

岩松 結構多いですね。

柴田 最初に台本ができたときにまだ決まってないというか、見えてない部分も多い?

岩松 はい。そうですね。台本を書くときには、下の方から壁塗りをしているとするじゃないですか、演出する時には、その上に色をつけて塗っていって前の色が消えていくような印象の演出の時間になってると思いますね。

柴田 小説は紙になったもので完成形となるわけですが、戯曲、台本などに書いてあるものというのは、まだひとつの全体ではないんでしょうかね。

岩松 全体ではあるんでしょうけれど、違うものである可能性がありますよね。一応、自分が本を書くときの気持ちとしては、本として完成している形をとろうとはするんですよ。つじつまとか、世界観として、ある世界にちゃんとまとまっていくように書こうとするから、その段階でひとつの世界ではあるんでしょうけれど、演出する時はそれを忘れていることがおうおうにしてあるので、たぶん違う色になっていると思いますけどね。それって、逆に発見していく場合もあるような気がしますね。これ、こういうことだったのかもしれない、とか。

柴田 たしかに小説にしても、印刷されている紙のシミは誰が見ても同じものですけど、そこから受け取るものは一人一人違うということは言えます。でも演劇の場合はさらに一段あって、戯曲を役者がどう受け取り、それを見る者がどう受け取るかという。ややこしいですよね。そこが演劇の面白さだと思います。

岩松 そうですよね。それで観る人は「あの役者、顔が嫌い」と言ったり(笑)。
若い頃は、自分が脚本を書いて演出もするときは、舞台というのは、自分が考えたことが移行しているものだと思っていた気がするんですけど、最近は、やっぱりみんなでつくってるんだという感覚がやっとわかってくるようになったんです。「何言ってるの、今ごろ」と言われますけど。こういう役者さんがいる、それでないと成り立っていかなかったんだと。スタッフも含めて。小説と違って、いろんな要素がからみあってできていく。様々なエネルギーが注がれているからこそ演劇の面白さがあるんだ、と。ああ、そうか、自分はそういう世界に生きてたんだとやっと最近気づいてきたんです。役者の人やスタッフに感謝しないといけないですね。

 

映画は健康的、演劇は不健康

柴田 岩松さんは映画監督や役者としてもご活躍ですが、役者として出るのは気が楽だと以前お聞きしたことを覚えています。

岩松 それはあまり大きな声では言えないんですけど。

柴田 その反面、映画を監督するのと、演劇をつくるのとではずいぶん違いますか?

岩松 僕は出稼ぎだからそう思うのかもしれないんですけど、映画はやたら楽しいんです。映画は健康的だと思うんです。とにかく終わっていくから。シーンが「はいOK!」と言って終わっていく。「このシーンOK」「はいOK」と、OK、OKがずっと続いていくんですけど、芝居はえんえんOKがないんですよ。

柴田 ああ、なるほど。

岩松 「OK」と言って、人間関係がいいところで終わっていくから、すごい健康的。僕はよく言うんですが、映画というのは山の頂上を見ている仕事で、演劇は谷底を見ている仕事だと。演劇は「今日よくたって、明日よくないだろう」という発想でつくっていくんですね。谷底を上げていく作業を毎日やるわけですよ。狭くて暗い稽古場で。「最低ここまで、最低ここまで、最低ここまで」というようなことを毎日やっているわけですよ。でも映画はロケ場所が変わっていきます。今日は港、明日は公園というふうに。場所は移るわ、OKは出るわ。とにかく健康的です、映像は。それに比べて、ずーっと毎日同じ稽古場で「はいもう一回」「もう一回」と言ってやってるこの演劇の状況は何なの、不健康極まりないじゃない。人間も悪くなっていく感じです(笑)。調子にのってる役者がいると殺したくなるし、「なに調子のってんだ、明日だめだろ」という感じ。

柴田 それは初めて聞きました。誰も言ってないんじゃないですか、そういう形の映画と演劇の比較って。

岩松 どうなんですかね。ほんとうにそんな感じは持つんですよ。たぶん性格が悪くなるのは演劇ですね。映画の人は健康的だし、性格がいい気がしますね。

柴田 その感覚は面白いですね。脚本を書くだけのときと、演出だけするとき、どちらのほうが大変ですか。

岩松 本を書くのが一番きついんです。だから「仕事はなんですか」と聞かれたら「作家です」と答えています。一番苦しいことが仕事だと思うので。役者は「現場にいけばいいんだろう」という感じ。楽しい。舞台の役者も楽しいんですけど、演出はその真ん中くらいかな。

岩松了

劇作家、演出家、俳優。1952年、長崎県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科中退。89年『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞、93年『こわれゆく男』『鳩を飼う姉妹』で紀伊國屋演劇賞、98年『テレビ・デイズ』で読売文学賞受賞。映画『東京日和』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。テレビドラマや映画の脚本家・監督としても活躍。主要著書『蒲団と達磨』『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』(白水社)、『隣りの男』『月光のつゝしみ』(以上、而立書房)、『テレビ・デイズ』(小学館)、『食卓で会いましょう』『水の戯れ』『シブヤから遠く離れて』『船上のピクニック』『シダの群れ』『ジュリエット通り』(以上、ポット出版)。

柴田元幸

柴田元幸

1954年生まれ。翻訳家。文芸誌『MONKEY』編集長。『生半可な學者』で講談社 エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岩松了

劇作家、演出家、俳優。1952年、長崎県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科中退。89年『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞、93年『こわれゆく男』『鳩を飼う姉妹』で紀伊國屋演劇賞、98年『テレビ・デイズ』で読売文学賞受賞。映画『東京日和』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。テレビドラマや映画の脚本家・監督としても活躍。主要著書『蒲団と達磨』『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』(白水社)、『隣りの男』『月光のつゝしみ』(以上、而立書房)、『テレビ・デイズ』(小学館)、『食卓で会いましょう』『水の戯れ』『シブヤから遠く離れて』『船上のピクニック』『シダの群れ』『ジュリエット通り』(以上、ポット出版)。

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柴田元幸

1954年生まれ。翻訳家。文芸誌『MONKEY』編集長。『生半可な學者』で講談社 エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。

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