1.はじめに――脳の多様性と見えない壁
著者: 池谷裕二
「右と左が瞬時にわからない」「人の顔を覚えるのが難しい」など、「周囲が当たり前にできていることを、なぜ自分だけができないのか」――そんな悩みを抱えている人は少なくないのではないでしょうか。近年、このような認知特性は「ニューロダイバーシティ(neurodiversity)」と捉えられ、その原因や特徴などについての研究が世界中で進んでいます。これまでも著作を通して、「普通とは何か」を問い続けてきた脳研究者の池谷裕二さんが、最新の動向を紹介しながら、驚くべき脳の多様性に迫ります。
「次の信号、右に曲がって!」と言われた瞬間、頭の中が真っ白になる。「右」という音は聞こえているのに、身体がどちらへ動けばいいのかわからない。
目を閉じて、昨日の夕食の風景を思い浮かべてください――。そう言われても、頭の中には何の映像も浮かんでこない。真っ暗な闇があるだけ。
家族がスープをすする音を聞いた瞬間、心臓が激しく打ちはじめ、抑えがたい怒りが胸の底からせり上がってくる。
靴紐を結ぶという、ただそれだけの動作に、毎朝全神経を集中させなければならない。周りの人がなぜ軽々とこなせるのか、本気でわからない。
こうした、人とはちょっと異なる経験。心当たりはあるでしょうか。あるいは、身近な人の「不思議な行動」として、思い当たる場面はないでしょうか。
実を言えば、この文章を書いている私自身が当事者です。右と左は咄嗟に判断できず、頭の中に映像を思い浮かべることもできません。さらに、人の顔を覚えることがひどく苦手で、学会で何度も顔を合わせているはずの研究者に、初対面のように挨拶してしまうことがあります。文字を読むのにも人一倍エネルギーを使います。左右盲、アファンタジア、相貌失認、ディスレクシア――。今回の連載で取り上げていく認知特性のいくつかに、私自身が当てはまります。
みんな同じ世界を見ている、という幻想
私たちはふだん、隣にいる人が自分とほぼ同じように世界を見て、聞いて、感じていると、無意識に信じ込んでいます。青い空は誰の目にも同じ青に映り、時計の針は誰にとっても同じ速さで進み、人の顔は一度会えば次も認識できる。そんな前提で社会は設計され、日常は回っています。
しかし、脳科学の研究が近年明らかにしつつあるのは、この前提がまったくの幻想だという事実です。
ある人の頭の中には、好きな場面をフルカラーで再生できる超高画質のシアターがあります。別の人は、文字を見るたびに鮮やかな色彩が自動的に立ち上がります。ある人は、時計の秒針の音がとても気になり、寝つきが異様に悪くなります。別の人は、何かの作業を始めると、つい没頭して、ほかのことを同時並行で進められません。ある人は、地下鉄から出たときに、東西南北がわからず、スマホの地図をぐるぐると回転させます。別の人は、デスクに向かって作業するとき、職場なのに、つい靴を脱いでしまいます。
私たちは一人ひとり、驚くほど異なる主観的世界を生きている――。その違いの多くは、脳の神経回路の「配線」の違いに由来しています。
この連載でこれから取り上げていくのは、ディスプラクシア、ミソフォニア、アナウラリアといった、さまざまな認知特性です。名前だけを見ると専門的に感じるかもしれませんが、どれも日常の「困りごと」と地続きの現象ばかりです。こうした経験の背景にある脳のメカニズムを、一回につき一項目ずつ、丁寧に解き明かしていくつもりです。
配線が違うだけ、ということ
最も大切なことを先にお伝えしておきます。これらの特性は、性格の問題でも、努力不足でも、甘えでもありません。
右と左が瞬時にわからないのは、空間情報と言語ラベルを結びつける脳回路が、多数派とはすこし異なるスタイルで働いているからです。靴紐がうまく結べないのは、脳が身体の動きを予測するための仕様が、多くの人とは違う経路をたどっているからです。人の顔が覚えられないのは、顔の部品を一つのまとまりとして統合する脳回路のアルゴリズムが、多数派とは異なるルートで顔情報を処理しているからです。
いずれも、脳という精巧な器官が情報を受け取り、処理し、出力するまでの経路、いわば「配線」の違いです。壊れているのでも、劣っているのでもない。ただ、多数派とは異なる仕様で動いている。それだけのことです。
これから紹介する特性は、「ある人にはあり、ない人にはない」という二者択一のものではありません。境目がないからです。身長が高い人も低い人もいるように、視力が良い人も悪い人もいるように、認知の特性もまた連続的なグラデーション、いわゆるスペクトラムとして分布しています。
疲労や睡眠不足のとき、ふだんは迷わない左右の判断がぐらつく経験は、多くの方にあるでしょう。締め切り前夜にだけ猛烈な集中力を発揮し、それ以外の日は何も手につかないという経験も、珍しくないはずです。隣の人のペンの音が異様に気になる日があったり、読んでいる文章の内容がまったく頭に入らない時間があったりする。そうした体験は、本連載で取り上げる特性と地続きです。違うのは、その頻度と強度、そして日常生活への影響の大きさです。
グラデーションのすこし端のほうにいる人たちは、多くの人が無意識にこなしていることに毎日膨大なエネルギーを費やします。多数派がバックグラウンド処理で軽々と片づけている作業を、常にメインプロセッサをフル稼働させて処理している。その消耗の累積が、「なぜ自分だけがこんなにうまくいかないのか」という長年の悩みと、深い疲弊を生んでいるのです。
ニューロダイバーシティという視点
このような認知特性の多様性を、近年は「ニューロダイバーシティ(neurodiversity)」という言葉で捉える考え方が広がっています。「neuro(神経)」と「diversity(多様性)」を組み合わせた造語です。人間の脳や神経系の働き方には生まれつき多様性があります。ニューロダイバーシティでは、こうしたバリエーションが「人類という種にとって自然な差異である」と考えます。これは1990年代後半、オーストラリアの社会学者ジュディ・シンガーが、自身も自閉スペクトラム症の当事者である立場から提唱した概念です。
この概念が画期的だったのは、それまで「障害」や「欠陥」としてのみ語られてきた脳の非定型的な特性を、人間の「バリエーション」の一部として捉え直した点にあります。肌の色や利き手に多様性があるように、脳にも多様性がある。それは矯正すべき異常ではなく、種の中に自然に存在する違いなのだ、と。
誤解のないように補足します。ニューロダイバーシティという概念は、「だから困っていても放っておけばいい」とか「支援は不要だ」という意味ではありません。多様性を尊重するということと、その多様性ゆえに生じる困難に手を差し伸べるということは、矛盾なく両立します。大切なのは、困難の原因を個人の脳の「欠陥」に帰するのではなく、脳の多様性と社会環境との関係のなかで捉え直すという視点の転換です。
医学モデルから社会モデルへ
なぜグラデーションの端のほうにいる人たちはこれほどまでに苦しむのでしょうか。苦しみの多くは、脳の特性そのものから直接生じているというよりも、特性と環境との「ミスマッチ」から生じています。多数派の認知スタイルに合わせて設計された社会のインフラが、そうでない脳を持つ人たちにとっての「見えない壁」になっている。それが、生きづらさの正体です。
たとえば、音声だけで「右に曲がって」と伝える交通案内は、左右盲の方にとっては労力のかかる情報処理です。しかし、矢印で方向を指し示すだけで、認知ステップをまるごと省くことができます。オープンオフィスで四方八方から飛び込んでくるキーボードの打鍵音や同僚の鼻をすする音は、ミソフォニアの脳にとっては逃げ場のない苦痛の空間です。しかし、ノイズキャンセリングイヤホンの着用を許可するだけで、状況は劇的に改善します。「頭の中に映像を思い浮かべましょう」という一辺倒の教育法は、アファンタジアの子どもにはまるで機能しません。しかし、「言葉で説明する」「リストアップする」「手を動かして作る」といった複数のアプローチを併用すれば、その子の力はきちんと引き出せます。
仮に自分の身長が平均から外れていても、XLやXSサイズの服さえ用意されていれば、それを選べば解決できる――。そんな状況をイメージして下さい。問題は個人の脳の中にあるのではなく、特性と環境のあいだに存在する「壁」です。壁の正体を知り、すこし環境を調整するだけで、摩擦は大幅に軽減できます。「苦手を根性で克服する」のではなく、「自分に合ったやり方を見つける」「周囲がすこし気を遣う」。こうした問題の捉え方を「社会モデル」と呼びます。
一方、従来の視点、つまり困難の主因はその人の障害や症状にあって、診断・治療・矯正の対象として捉えることを「医学モデル」と呼びます。
医学モデルから社会モデルへ――。この視点の転換こそが、本連載を貫く最も重要なメッセージです。
脳の取扱説明書を設計する
この連載では、その個人の認知機能の「特性」のことを、むやみに「症状」や「障害」とは呼びません(適切と判断される場合には使います)。もちろん、該当する本人のことを「患者」「障害者」とも呼びません。あくまでも「当事者」です。なぜなら、その「特性」は、その人を構成する「個性」の一部だからです。
本連載は医学的な診断を下すものではありません。各回を読んで「これは自分のことだ」と感じる方もいらっしゃるでしょう。その感覚はとても大切な手がかりです。しかし、本連載の記述だけをもって「自分は〇〇だ」と確定することはできません。もちろん、他人についても、勝手なラベル付けは禁物です。無責任な分類は、あらぬ差別や偏見への引き金になりかねません。
一般に、認知特性の多くは複雑に重なり合い、似た症状でもまったく異なる背景を持つことがあります。その判断は難しいものです。もし日常に深刻な支障を感じているなら、どうか専門家への相談を検討してください。本連載はその一歩を踏み出すための道しるべであって、診断書の代わりではありません。
厳しいようですが、さらに加えて言います。「脳のせいだから仕方がない」は免罪符にはなりません。自分の脳の特性を知ることは、ゴールではなくスタートラインです。「なるほど、自分の脳はこういう仕様なのか」と理解したうえで、自分に合った環境調整や対処法を具体的に探していく。周囲に自分の特性を伝えるための言葉を手に入れる。「根性で克服する」という不毛な戦いをやめて、「自分の脳の取扱説明書を設計する」というステージに進む。それが、この連載の目指すところです。
世界にたった一台の装置
私たちの脳は、一人ひとりが異なる仕様書で組み立てられた、世界にたった一台しかない精巧な装置です。その多様性は、人類という種が長い進化の過程で獲得してきた、かけがえのない財産でもあります。広く全体を見渡す脳もあれば、一点を深く貫く脳もある。素早く切り替える脳もあれば、じっくり反芻する脳もある。どれが優れていて、どれが劣っているということではありません。ただ、仕様が違う。そう想像してみるだけで、人間関係の摩擦は驚くほどやわらぎます。
相互の違いを、欠陥ではなく、個性的な配線として理解すること。そして、異なる配線を持つ脳同士が、互いにすこしずつ環境を調整し合いながら共に暮らすための知恵を見つけること。それが、この連載の願いです。
次回からは、いよいよ具体的な認知特性を一つずつ取り上げていきます。最初に扱うのは、冒頭にも登場した「左右盲」――「右」と言われて左に曲がってしまう、あの不思議な現象です。当事者の頭の中で何が起きているのか、脳の内側からのぞいてみたいと思います。脳がどんなふうにこの世界に関わっているのか。隣にいる誰かが、どんなふうに世界を受け取っているのか。その様子を、これから一緒に探りにいきましょう。
*次回は、6月15日月曜日更新の予定です。
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池谷裕二
1970年、静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。2024年、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で第23回小林秀雄賞を受賞。著書に『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』(扶桑社新書)、『すごい科学論文』(新潮新書)など。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 池谷裕二
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1970年、静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。2024年、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で第23回小林秀雄賞を受賞。著書に『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』(扶桑社新書)、『すごい科学論文』(新潮新書)など。

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