高橋 日本文学盛衰史』の直接のアイディアは、原作が関川夏央さんで絵を谷口ジローさんが描かれた『「坊っちゃん」の時代』からなんです。あれを読んだときに「漫画の人たちにやられた!」とものすごいショックを受けた。まあ、関川さんは漫画の人ではないですけどね(笑)。歴史を書くことがこんなに自由であり得るという発想が、それまでの文学の世界ではなかったんです。『「坊っちゃん」の時代』の特徴は、もちろんまずは事実をベースにしているということ。これは誰でもできる。

次に、事実の中にフィクションを入れる。これも誰だって考えます。そして三つ目が彼らの発明で、漱石や啄木や二葉亭四迷や島崎藤村が書いた小説をそのまま事実として書く。事実をモデルにして小説を書いているから、そもそも小説が事実に似ているでしょ。それで読んでいると小説のエピソードがそのまま事実として出てくる。コロンブスの卵です。 フィクションの中で起こったことも、当人が事実として書いているんだから事実でいいのではないかという、ある意味でアバウトなやり方をしているのです。事実を調べて点を繋げていってもほとんど空白なんですが、その空白の相当大きい部分を彼らの小説で埋めて、それでも空白が残るところを自分の創作で埋める。『日本文学盛衰史』を書いたときも、そういう作業をしてるときがものすごく楽しかった。事実をたくさん調べて細かい年表を作り、次に何をやるかというと、空白のところを見ていくんです。

 

『坊っちゃん』の時代

関川 夏央,谷口 ジロー/著
2014/6/18発売

平田 同じことを井上ひさしさんもおっしゃっていました。仙台文学館に行くと見られるんですけど、井上さんもすごく細かい年表を作っていて。こんなのを作るのに気を取られているから書けないんだよと思うぐらいに細かい。例えば井上さんの『イーハトーボの劇列車』は、宮沢賢治が東京に何回来ているかという、その空白の部分を書いて埋めていく作業だったんですよね。

高橋 事実に囲まれていればいるほど、自由に想像できる。逆に、完全に自由だと想像しにくいですよね。歴史が僕たちにとって、こんなにも考え、想像する対象として面白いものなんだというのは発見でした。今回、戯曲を読ませていただいて、そういったアレンジや構成の部分で「こうするのか」と思ったというのがひとつ。もうひとつは自分でも『日本文学盛衰史』の続きを書きたいと思いました。書き終わってから20年ぐらい経っていますし、自分で自分の小説を読んでも書き尽くした感じがしていたんです。でも戯曲を読んだら「まだ書き尽くしていない」と。自分で作ったものというのはある時間が経つともう固まってしまって、自分では解凍できなくなるものですけど、そこに第三者が介入するとまた柔らかくなってきますよね。

平田 劇作家は自分が書いた戯曲を他の演出家が上演してくれることがあるので、そういう経験がよくあるんです。20年前に書いた作品を今、若い演出家が上演してくれたりする。それを見て、「ここを書き換えたいな」と思うことはよくあります。

高橋 この『日本文学盛衰史』というのは言ってみれば第一部・明治篇で、第二部に相当する「戦後文学篇」の連載を『群像』で終えてからしばらく放置してたんですが、この8月にやっと単行本化されます。単行本のタイトルは、『今夜はひとりぼっちかい?――Are You Lonesome Tonight?』。そして『新潮』の4月号から連載を始めた「ヒロヒト」は、第三部・昭和篇にあたります。昭和天皇が生まれてから死ぬまでを描こうと思っているんですね。この数年、いつも昭和天皇のことが頭にあって、今は毎日のように『昭和天皇実録』をめくっています。それで、日本で一番天皇に詳しいといっても過言ではないだろう原武史さんにも「ヒロヒト」を読んでいただいて、褒めてもらったんですけど、そのとき「高橋さん、大正天皇のことどう思ってるの?」と訊ねられたんです。大正天皇って影が薄いじゃないですか。『日本文学盛衰史』には直接明治天皇は出てこないんですが、基本的には明治天皇の時代の話です。それから僕が今書こうとしている「ヒロヒト」は、言うまでもなく昭和天皇の時代です。

一方で大正時代というのは15年間しかない。でも、実は原さんは大正天皇を高く評価しているんですね。面白いから。大正天皇のことを「頭がおかしかった」と言う人もいますが、演技も入っていたんじゃないかとも言われています。強大な権力、父親、大きくなっていく国家の中でできるだけ自由人でいたいと思っていたのではないかと。

 

平田 僕は見ていないんですけど、4~5年前に劇団チョコレートケーキが、『治天ノ君』という大正天皇の一代記を描いた舞台を作っていました。大正天皇は最近少しずつ見直しの動きがありますね。

高橋 どうしてもオーソドックスな歴史観みたいなものはあるでしょ。きわめて父権的な明治天皇の国家があって、次に大正天皇というよくわからないのがいて、昭和天皇の時代になる。『日本文学盛衰史』では従来の文学観とは違うものを作ろうと思って書いていたんですけど、あの強大な明治国家に対して文学者たちが言葉で立ち向かった、一種の反権力闘争という風にすると、大正天皇は入ってこないんですよね。昭和天皇は長い期間天皇の地位にあったこともあって、天皇の役割に対する苦悩が描ける。ただ、苦悩がないように見える人を無意識に排除していくのはまずいですよね。

これまでの平田オリザ作品との違い

高橋 『日本文学盛衰史』が、平田さんがこれまで作ってこられた舞台と異なる点や、ここは変わったとご自身で思う点、あるいは困っていることはありますか?

平田 たくさんあります。僕は普段、時事ネタや流行語を一切使わないんですけど、今回それも全部入れていて。『日本文学盛衰史』は約20年前に書かれた作品で、当時はやった「たまごっち」などが出てくる。それを全部現代にトレースして書き換えているんですが、困った点といえば、芝居なのでどうしてもそれをギリギリまで待たないといけなくて、まだこれからも書き換えが必要になってくるであろうこと。特に今は政治の状況がぐちゃぐちゃですからね。正岡子規、愛媛県、加計学園みたいな連想はいわば鉄板ネタで、これは大丈夫だと思うんだけど。

他には、夏目漱石が正岡子規に送った最後の手紙の中で、ロンドンで見たレスリングの試合の描写をしてるんですね。そのレスリングのエピソードから伊調馨選手へのパワハラ問題に持っていくという流れを書いたんですけど、今日久しぶりに稽古したら、ちょっともうギリギリ古くなっちゃったかなと感じました(笑)。

高橋 公演までのあいだに、また何か起こるかもしれないですよ(笑)。

平田 そうなんですよ。まだ「入れようかな、どうしようかな」と思っていることがいくつかあります。それと、僕の芝居はめったに一人の役者が何役も兼ねないんですけど、今回は一人が何役もやるし、女性が男性の役をしたりもする。そういうところは新しいですね。

高橋 他の作家の劇のパロディも入っていますよね。

平田 はい。これはちょっと言わない方がいいですね。お楽しみです。

高橋 「えー、こんなことやるんだ!」と思いました。

平田 本人からも快諾を得て。僕はアレとアレがそっくりだと気がついたときに、これは絶対いけると思ったんです。あれはまさに、主語とか述語とかがどんどんわかんなくなっていく、変わっていく世界じゃないですか。

高橋 そのヒントだけじゃわからないですよね(笑)。ぜひ舞台を見てください。ちょっと演劇が好きな人なら、すぐにわかると思います。

平田 両方知ってないと分からないという意味ではマニアックですね。やはりいろいろな背景を知っていないと面白くない部分もあります。北村透谷でさえそれほど一般的な知名度はないので。小説なら読み返したり、今だとウィキペディアで調べたりすることもできますけど、演劇は耳で聞いただけで全部分からせないといけない。最初はそれで困っていたんですけど、一切気にしないことにしました。

第3回につづく

 

日本文学盛衰史

高橋 源一郎/著
2004/6/15発売