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「能を知りたい!」シリーズ

2017年12月11日

「能を知りたい!」シリーズ

~安田登×内田樹×いとうせいこう

「能の楽しみ方」前編

著者: 安田登 , いとうせいこう , 内田樹

『能〜650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)が好評の能楽師、安田登さん。先日は独立研究者の森田真生さんとのお話(『人間を変えるメディア、能』)を紹介した。今回は、主催されている「天籟能の会」の公演のなかで、内田樹さん、いとうせいこうさんと能の楽しみ方をテーマに語り合っておられる、その様子をお届けしたい。今後も機会があれば、能についてのおもしろい話をご紹介していくつもりだ。

能を始めたきっかけは?

安田  能を観る楽しみを今日は伺っていこうと思います。まずはご紹介、内田樹さんです。内田さんは、「武道家」というご紹介で今日は良いでしょうか。

内田  はい。何でもいいです。肩書は人が付けるものですからね。

安田  そして、いとうせいこうさん。

内田  いとうさんは何者なんですか。

いとう ぼくの方こそ、まさに周囲の人がつくってくださる肩書の上でいつもやらせてもらっていまして。安田さんの「流れの会」(編注:安田さんが教える門下の会)における弟子ですので、今日はその立場でまいります。

安田  はい(笑)。まずは、能の楽しみ方について一人ずつお伺いしてみようと思います。内田さんも観世流で謡や仕舞を稽古しておられますよね。

内田  はい。観世流で20年ほどお稽古してます。私がシテをつとめました能『羽衣』と『敦盛』では、安田さんにワキで来て頂きました(素人が発表会で能を舞う際に、プロの能楽師にも出演を依頼することがある)。その節はお世話になりました。

安田  こちらこそです。

内田  次は2019年に『船弁慶』をやるので、またお願いすることになりましたら、一つよろしくお願いいたします。

安田  もちろんです。と、内輪の話をして。

内田  始めようと思った動機は…はじめて能楽堂に観に行ったときに、紋付きと袴がかっこよかったからなんです。観たのは素人会だったのですが、男の方が紋付き袴姿で素謡(すうたい)をされていたんですけれど、これがかっこいい。だから、始めた理由の一つは、着物を着たかったから、です。

安田  紋付きが良かった(笑)。

内田  その時に舞台に出ていた方、たぶん入門されたばかりの方だったと思うんですけれど、素謡で自分の謡う番が終わったあと、ほっとしたんでしょうね。舞台の上で寝てしまったんです。よほど初舞台で緊張していたんでしょうね。その寝姿がかわいくて(笑)。自分の役の詞章を読み上げただけで、どっと肩の荷が下りたんでしょうね。きちんと着物を着つけた中年男性でしたけど、その寝姿がとてもチャーミングで。

安田  魅力的だったんですね。

内田  そうなんですよ。それほどの緊張と解放感がある世界を自分でも経験したいと思って。

安田  いとうさんのきっかけは?

いとう ぼくは能については超初心者で、とにかく能とジャズと落語だけには近づくまいと長く思っていました。これほどうるさ型の多いジャンルはないからと(笑)。狂言や人形浄瑠璃、歌舞伎といった古典芸能には、ずっと関わっていたのですが。

安田  新作も手がけていらっしゃる。

いとう と思っていたら、とある時期に、急に謡のことがどうにも気になってしまって、謡をスマホにダウンロードしたりCDを買ったりして、寝るときに横に置くほどに。そうすると何だか心が落ち着くのです。いったいこれはどういうことなのか。もちろん、新書『』で安田さんも書かれていますが、謡からいろいろなものが派生していることは知っていました。習い事の類をすぐにやりたがるタイプですし、謡を自分でも発声したいと思ってもいた。
一方で、まだそんなに親しくなかったけれど、教わるなら安田さんしかいないと勝手に思っていました。その謡が気になってしょうがない時期に、「安田さんが教えてくださるらしい」という連絡が、共通の知り合いから急に回ってきた。「何だろうこの縁はいったい」と思いながらご連絡し、入門したという次第です。

安田  限定10人で始めました。

いとう 限定10人だったんですか。

内田  きっかけは誰だったんですか。

安田  橋本麻里(日本美術を専門とするライター・作家)さんと足立真穂(編集者)さん。

内田  へえ、その二人ですか。玉川奈々福(浪曲師)さんも?

安田  奈々福さんは少し後からなんです(現在のメンバーは10名ほど。最近「手猿楽の会」をスピンオフで始めており、活動の幅が広がっているそうだ)。

内田  そうだったんですか。

安田  同時期にちょうどいとうさんがツイッターで、謡を習いたいとつぶやいていらした。

いとう ぼく、そういうことをわざと大声で言って、何とかしちゃえたらしちゃうというところがあるんですよね。

内田  謡から始めたのですか。

いとう そうです。しかも、すごくブッキッシュな入り方でした。本を読んでからということです。舞台を見てしまうと、何が何だかわからなくなってしまうということは、よくわかっていました。人形浄瑠璃もそうですが、最初に見て情報が多すぎるとわからなくなってしまう。そこでまず、『謡曲集』に当たりました。これは真っ当なのでしょうか。

安田  変わった入り方かもしれませんね。でも、真っ当な入り方を私もそもそも知らないので(笑)。

 

謡そのものを味わう

いとう で、「謡曲集」を毎日1番ずつ読むことにしました。

内田  え、「百番集(主要な謡曲を百曲集めたもの)」を?

いとう まず、岩波の『謡曲百番』から。

内田  変わっていますねえ…。

いとう これがまた面白いのです。

内田  「百番集」を読んで面白いという人に初めて会いました。

いとう ぼくはラップもやるので、韻をどこで踏んでいるかが人よりおそらくよくわかる。謡は韻文としてよくできているのです。

内田  なるほどね。

いとう 今日は『松風』をすでに観ましたが、上歌(あげうた)の中にいくつも韻が絡まっていて面白いです。だからぼくの場合は、お稽古に行くのは、韻を謡うため。逆に、胸を張って言えるほどには、そんなにまだしっかりと舞台を観たことがありません。
 村上春樹さんのご著作を翻訳されているジェイ・ルービンさんも、能をずっと勉強されています(ジェイ・ルービンさんは、シカゴ大学で日本文学を学んでいた時に能(謡曲)に出会い、京都の国際日本文化研究センター(日文研)に在籍した1995年~96年と2000~01年にさらに研究を深めた。今年2017年にも同志社大学で能をめぐる講演会で発表を行っている)。

 ちょうど、数日前にルービンさんと食事をする機会があって、彼もやはり本で読むことから入ったそうです。なぜ英訳したくなるのか、「なぜこんな文学が日本にあるのか」という話になりました。舞台から入る人と、ブッキッシュなかたちから入る人とを、うまく接合していければいいな、という話にもなっていたところです。

内田  ぼくは、武道をやっているせいで、着物はともかくとして、能への入門は身体感覚への興味からなんです。合気道の他に居合や杖道も稽古していますけれど、古流の型というのがあるんですが、それは中世日本人の身体から出て来たものですので、現代人の身体運用枠組みの中で動いている限り、適切に再現することができない。中世の日本人がどういうふうに歩いたり、座ったりしていたのかがわからないと古流の型は遣えないんじゃないか、そう思うようになって。それで、中世の日本人の身体の運用を学ぶためにどういう稽古法があるかと考えたけれど、お茶か禅か能楽しか思いつかなかった。そのころ、能を見に行き出したところで、面白くなってきたので、それなら能を習おう、と。
 実は、生まれ育った東京では40年間1度も能を観たことがなかったんです。でも、関西の大学に職を得て阪神間に住むことになったら、このエリアは能楽がとても盛んなところだった。あちこちに能楽堂があるし、大学にも能楽部がある。赴任してすぐにゼミの学生から能楽部の自演会に招待されて生まれてはじめて能楽堂というところに出かけました。でも、ゼミ生の出番で最初から最後まで爆睡してしまって、ずいぶん叱られました。でも、懲りずにそのあとも見続けて、そのうち日曜ごとに百番集を手に能楽堂に通うようになり。やはり能楽を稽古していた別のゼミ生から「先生もお稽古やりませんか?」と誘われて、これもご縁だと。
 稽古を始めたら、すごく面白い。実際に舞台を踏むようになると、能舞台というのが特殊な空間だということがわかってきます。能舞台はさまざまな記号がゆきかう濃い空間なんです。

いとう そうですね。

内田  先ほど、いとうさんは音韻のことをおっしゃいましたけれど、それぞれの音にも型にも必然性があるんです。地鳴りのような地謡(じうたい)が響いてきて、囃子が煽ってくると、舞台の上でシテがしなければならないことが感知される。このときはこの場所にいて、こういう所作をするということが能舞台の空間に書き込まれている。能の道順と型はただのコレオグラフィー(振り付け)じゃないんです。能舞台の空間そのものが、シテがたどるべき必然的な導線や必然的な所作を指定してくる。
 舞台に立つことで、能舞台が濃密で、記号に満たされた空間だということが実感された。

安田  「記号」というのは、固定的な記号ではなく、変化する記号ですね。

内田  そうです、入力が変わるごとに文脈が変わり、意味が変わる。

安田  いわゆる普通の記号とは違う記号が立ち現れてくる、その面白さがある。

内田  稽古が本当に面白くなってきたのはそれからですね。何をすればいいかは能舞台が教えてくれる。大切なのは、先生に教えられた所作を舞台上で忠実に再現することではなくて、能舞台そのものが「いるべきとき、いるべきところ、なすべきこと」を指示してくれるのだから、その指示を聴き取れる身体を作り上げることだというふうに考えるようになった。能舞台から送られてくるさまざまのシグナルを過たず聴き取るためには、自分の皮膚感覚を敏感にしないといけない。稽古の目的が「うまく謡う、うまく舞う」ということではなく、「必然性のある型をする、必然性のある詞章を語る」というふうにシフトしてから稽古が面白くなりましたね。

いとう 確かに、能舞台というのは不思議な場ですよね。

内田  「いるべきときに、いるべきところにいて、なすべきことをなす」というのが武道の要諦ですが、能舞台で要求されることもそれと同じなんです。それが詞章と型によって精密に構成されている。
 能舞台上の動きは、第三者からは、どういう意味があってそうしているのかわからないかもしれませんけれど、あれは「あれ以外にはありえない」という、必然的な動線であり、必然的な所作なのだということが、20年稽古してようやくわかってきました。謡や囃子に身体を委ねて、それらが指示する最適動線、最適所作、最適な発声、最適な音程は何かを探りながら稽古していると、ほんとうに楽しいです。
 僕も学者なので、研究ではもちろん文献的なところから入るんですけれど、身体技法に関しては全然ブッキッシュじゃないですね。むしろ「経験主義」者です。

安田  内田さんは「歩むべき道が見えてくる」とよくおっしゃいますね。

内田  そうですね。

安田  コレオグラフィーとなると、上から見る鳥瞰的なイメージがあリます。ですが、能舞台では「気」が変わり「場」が変わり、場がどんどん、線的に追う連なりでできている。一定に俯瞰できるものではありません。

内田  そうです。刻一刻と変化してくる。

10年経ったら見えること

内田  初めて安田さんとお会いしたとき(内田樹さんの対談集『日本の身体』にお二人の対談が収録されている)、「能舞台の空間は粘りませんか」とお聞きしました。「ヒラキ」という動きがありますけれど、そのときにゼリーの中に手を突っ込んでいるような感覚があると言ったら、安田さんから「うちの師匠は寒天で喩えます」と教えて頂きました。 

安田  はい。手を上げる型をするときに「寒天質の闇を分けるように手を上げろ」と師匠から言われました。内田さんが感じられたゼリーと、僕が師匠から教わった寒天、ほとんど同じですね。

内田  能舞台が無機的で均質な空間ではなく、立ち位置と詞章と謡、囃子によって密度も粘り気も手触りも変わるような可変的な空間だということは稽古を始めて10年くらい経った頃に皮膚感覚的に実感したわけです。安田さんにそれを申し上げたら、それでいいのだと認めてくださった。それで自分がしている稽古の方向は正しいんだと思えて、稽古が一段と面白くなりました。

安田  能にご興味をお持ちの方には、いまの内田さんの言葉を忘れないようにしていただきたいと思います。10年間続けて初めてわかることがあります。10年ぐらいまでは、これが面白いとかつまらないとか、絶対考えてはいけない。10年間は師匠に言われた通りに、ただひたすら稽古をすること。

内田  そうですね。

安田  10年ぐらい経ってやっと、言えることが出てきます。
 いとうさんは主に謡を中心にされていますね。

いとう そうですね。10年経っていないので言いにくいのですが(笑)、最初に言葉を知っておくと、実際の舞台では言葉とは違ってくる演出が見えてきます。例えば、先ほどの舞台(天籟能の最初の演目、能『松風』のこと)でも、松風に衣装を着せるところ(舞台上で、後見の補助を得つつ、シテの松風が、在原行平の着物を懐かしく身にまとう)なんて、文字ではほとんど書いていませんよね。ト書きで書いてあったとしてちょっとだけ、1行もないかもしれない。

安田  はい。ただ「物着(ものぎ)」と書いてあるだけ。

いとう でも、そこにものすごく時間をかけます。後見の人が出てきて、舞台上でやるわけで。
 要するに、行平の着ていた着物に着替えるということは、在原行平の霊を移すことだから、長く時間をかける意味がある。初心者としては文字で知っておくと、「ああ、何でこんなところにこんなに時間がかかっているんだろう。読んだときは飛ばしていたのに」と気付けます。
 ジェイ・ルービンさんとも話したのですが、粗筋を下手に知ることは困りものです。筋でこうなって、こうなって、こうなるということを知っていると、「次はこうなるはずなのにまだかな」と気を取られながら観てしまう。
 本当は詞章の細かい言い回しやちょっとした動きすべてに意味があって、それこそを知らなくてはいけないのに、俯瞰で捉えてから観ると、「遅いな、この演劇」と必ず思ってしまいます。
 今回の天籟能の粗筋は、筋がぽんぽん飛ばされずに、舞の説明も含めて必要箇所のみに留めてあり、きちんと「粗筋」になっていたので、アラスジストとしては非常にいい粗筋でした(笑)。「待てる」粗筋になっていた。

安田  ありがとうございます。あれはぼくが書きました(笑)。先を急いで待てない粗筋はいけませんね。

いとう 舞台を阻害してしまうのでよくないですね。
 だからといって、謡本を持参して観る際に、文楽もそうですが下だけ見ていると、舞台を見ていないことになって現場にいる意味がなくなります。そこをどのように自分で折り合いを付けて観ていくか、考えどころです。

内田  能楽師の方からすると、目線が下に行って舞台を見てくれないのは寂しいですね(笑)。

(前編終了)

東京・目黒の喜多能楽堂にて。
(写真:石田裕)

能―650年続いた仕掛けとは―
安田登/著
2017/9/15発売

 

安田登

1956(昭和31)年、千葉県銚子生れ。下掛宝生流能楽師。能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演も行う。また、日本と中国の古典に描かれた“身体性”を読み直す試みも長年継続している。著書に『異界を旅する能 ワキという存在』『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。 『おくのほそ道』謎解きの旅』『能 650年続いた仕掛けとは』他多数。

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1984年早稲田大学法学部卒業後、講談社に入社。86年に退社後は作家、クリエーターとして、活字/映像/舞台/音楽/ウェブなど、あらゆるジャンルに渡る幅広い表現活動を行っている。

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内田樹

1950(昭和25)年、東京生れ。神戸女学院大学名誉教授。武道家、多田塾甲南合気会師範。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
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著者プロフィール

安田登

1956(昭和31)年、千葉県銚子生れ。下掛宝生流能楽師。能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演も行う。また、日本と中国の古典に描かれた“身体性”を読み直す試みも長年継続している。著書に『異界を旅する能 ワキという存在』『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。 『おくのほそ道』謎解きの旅』『能 650年続いた仕掛けとは』他多数。

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1950(昭和25)年、東京生れ。神戸女学院大学名誉教授。武道家、多田塾甲南合気会師範。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。

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