(23)美学者・難波優輝の10冊
表紙をしげしげと眺めたくなる10冊
著者: 難波優輝
平中悠一『「細雪」の詩学』(田畑書店)
笹井宏之『えーえんとくちから』(単行本/PARCO出版)(文庫本/ちくま文庫)
ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』(新潮クレスト・ブックス)
ピョートル・ワイリ、アレクサンドル・ゲニス『亡命ロシア料理』(未知谷)
panpanya『足摺り水族館』(1月と7月)
ネルソン・グッドマン『芸術の言語』(慶應義塾大学出版会)
藤原伊織『ダックスフントのワープ』(文春文庫)
村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)
Wolfgang Tillmans『Concorde』(Walther Koenig, Koeln)
ロラン・バルト『明るい部屋』(みすず書房)
本について考える『本とは何か』(新潮新書)を書きながら、いろんな観点から素敵な本について考えていた。本とは何か。本を読むとは何か。私にとって素敵な本は、装幀を眺めたくなる本でもあると思った。
『本とは何か』の本文が完成した後、もし佐々木マキさんのイラスト入りのフル帯にできたらうれしいな、とお願いしていたら、なんと本当に描いていただけることになった。制作していただいた作品を見て、自分の書いた本の内容がもっと広がった。さらに、自分の書く本が、もっとこの作品の描く世界に近づきたいとも思っている。装幀は、本の世界を広げて、さらに別の世界をも指し示す。
装幀が素敵な10冊をリストアップする。中身を読んで、読んでいるあいだに装幀を眺めたり、読んだ後に装幀を眺めて思い出したりして楽しんでみてほしい。
私は装幀をみることで本文だけでは考えられないことをいつも考えているような気がする。
1. 平中悠一『「細雪」の詩学:比較ナラティヴ理論の試み』(田畑書店、2024年4月)
渋いタイトル。そして渋いイラストレーション。抽象的に描かれた枝と葉と花。内容は、谷崎潤一郎の『細雪』を事細かに分析しながら、そこには、主体のない語り手、カメラのレンズのような語り手が登場することのおもしろさを記述していく。その内容にふさわしいような、クールな表紙を眺めている。
2. 笹井宏之『えーえんとくちから』(単行本/PARCO出版、2010年12月)(文庫本/ちくま文庫、2019年1月)
単行本は、ざらざらとした、布目の生地が手に語りかけてくる。黄色の鮮やかな帯がずっと目に眩しい。文庫本は、黄色を引き継いで、眩しさを抑えながら、白の明るさを生み出している。どちらも、「えーえんとくちから」という、表題歌は色合いを持たないのだが、黄色が配置されている。しかし、笹井の歌は青色のイメージが強いので、この黄色がずっと心に残っておもしろい。
3.ミランダ・ジュライ/岸本佐知子訳『あなたを選んでくれるもの』(新潮クレスト・ブックス、2015年8月)
タイポグラフィといろいろな動物の写真のコラージュが配置されていて、モノへの愛を語る本なのではないか、という予想を生み出す。実際、この本は、色々なモノを集めて大事にしている色々な人に、モノとの出会いと来歴と思い入れを聞いて回る本だ。写真もたくさんでとても楽しい。
4.ピョートル・ワイリ、アレクサンドル・ゲニス/沼野充義、北川和美、守屋愛訳『亡命ロシア料理(新装版)』(未知谷、2014年11月)
4品のロシア料理がでんでんでん、と並べられているすごい表紙。全部、知らない料理である。だが、なんとも褪せたようにも見える料理の写真が、知らない懐かしさを感じさせて、つい手が伸びる名著である。
5. panpanya『足摺り水族館』(1月と7月、2013年8月)
学校の資料集でしか触れたことがないような、ビニールのざらざらとした透明なカバーがかけてある。開いてみると不思議な世界が広がっていく。このざらざらは、なぜざらざらなのか、と考えながらざらざらしたへんな気分で、異世界の漫画を読んでいく。
6.ネルソン・グッドマン/戸澤義夫、松永伸司訳『芸術の言語』(慶應義塾大学出版会、2017年2月)
このピンクは何なのか。この緑は何なのか。このフォントは何なのか。すべて何なのか、と問われても答えてくれそうにないオブジェクトたちが配置されている、普通のものとは異なるロジックで作られたと思わしき装幀。それゆえに、記号システムによって世界を理解することの多元性を明らかにしたグッドマンの思想をこの上なく反映しているオールタイムベストの一作である。
7. 藤原伊織『ダックスフントのワープ』(文春文庫、2000年11月)
クレヨンで描かれた犬が、スケートボードに乗っている。その表情は、悲壮感に満ちている。よくみると犬は紫である。なぜ紫なのか。何を見ているのか。紫の理由は本文にもたぶん書いていなかったけれど、この犬の表情の理由と、スケボーに乗っている理由は本文に書かれている。一度読んだなら、この表紙を思い返しながら、あなたはダークでクールダウンし続ける物語を何度も読むことになるだろう。
8.村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫、2002年2月)
ペーパーバック的な、アメリカンな雰囲気を感じる。蛙が三匹、リズミカルに、階段状に配置されている。背景は真っ黄色と帯のように沈んだ朱。私の好きな「かえるくん、東京を救う」の「かえるくん」だろうか。でもなぜ三匹いるのだろうか。
9. Wolfgang Tillmans『Concorde』(Walther Koenig, Koeln、2017年9月)
ほぼすべてのページにコンコルドがいる。コンコルドしかいないのかもしれない。伝説的な写真集。表紙の潔さというか、適当さというか、このパワーである。みるということの意味を、ティルマンスに毎回教えられている。
10.ロラン・バルト/花輪光訳『明るい部屋:写真についての覚書』(みすず書房、1997年6月)
なんとも瀟洒な装幀だ。写真に写っているのがかなり暗い部屋なのが、いきなりなぞなぞのようである。なぜか青い。明るいのか暗いのか。「明るい部屋」のフォントが、妙に明るく元気があるのも気になる。ハッピーな感じの部屋なのだろうか。中身を読むと、メランコリーに満たされている。しかし、表紙の妙に「明るい部屋」の題字のせいで、爽やかに読み続けられる。ちょっと明るい部屋。
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難波優輝
1994年生まれ。美学者、会社員。修士(文学、神戸大学)。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。newQ / 立命館大学衣笠総合研究機構ゲーム研究センター客員研究員 / 慶應義塾大学SFセンター訪問研究員。著書に『SFプロトタイピング』(共著、早川書房)、『物語化批判の哲学』(講談社)、『なぜ人は締め切りを守れないのか』(堀之内出版)。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 難波優輝
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1994年生まれ。美学者、会社員。修士(文学、神戸大学)。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。newQ / 立命館大学衣笠総合研究機構ゲーム研究センター客員研究員 / 慶應義塾大学SFセンター訪問研究員。著書に『SFプロトタイピング』(共著、早川書房)、『物語化批判の哲学』(講談社)、『なぜ人は締め切りを守れないのか』(堀之内出版)。

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