悩み多き人生から抜け出したい――そんな思いを抱えながら書店に行くと、さまざまなハウツーやライフハックを教えてくれる「もっと頑張ろう」系の本と、ありのままの自分を優しく肯定してくれる「もう頑張らなくていい」系の本が目に飛び込んできます。さて、どちらを手に取るべきか――?
『急に具合が悪くなる』で注目の人類学者・磯野真穂さんは、「実はどちらのタイプの本も、同じ山への異なるルートの登り方を示しているだけ」と指摘しています。はたして、それはどういう意味なのか? 磯野さんの9月28日発売の新刊『社会が壊れるその前に――メアリ・ダグラスの人類学』(新潮選書)から一部を再編集して公開いたします。
摂食障害のワークショップで考えたこと
私は2016年より、食と身体と社会のつながりを考えるためのワークショップである「からだのシューレ」(以下シューレ)を、摂食障害の元当事者であり、かつ編集者の林利香と立ち上げた。
私がシューレを始めた理由は、やせたいと思う気持ちに対して人文社会科学的な目線を持った方が生きることが楽になるだろうと考えたからだった。約15年にわたって生物学から哲学にいたる摂食障害の幅広い文献を読んだり、学会に出て専門家の話を聞いたりする中で、摂食障害の原因を遺伝子とか、性格とか、母子関係といった狭いところに押し込めすぎなのではと考えていた。
これら文献調査と、シンガポールおよび日本で行ったフィールドワークの成果は『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社、2015年)にまとめている。林が私に声をかけてくれたのもこの1冊があってのことであった。
読者の声を聞く中で、文化人類学は、個人と社会のつながりを解き明かすことで、心の内側から湧き上がってくるとしか思えない、どうしようもないような自分の気持ちを俯瞰する方法を教えるのだということに気づいた。それは幾ばくかではあるが、世界の視界を晴らすことにつながると考え、ゆっくりとした歩みではあるが、模索しながらワークショップを続け、総開催数は35回となった。
社会批判が「売れ筋」になるとき
ただ回数を重ねる中で、身体や食をとりまく社会の変化にも気づくようになった。端的にいうと、社会に対する批判的な視点が養われたのである。ボディポジティブという言葉に代表されるように、やせた人ばかりでなく、そうでない人の身体にも同じような価値があって、美しさがあるという考えは掛け値なく素晴らしい。シューレもそういう理念を広げたいと思ってやってきた。しかし、やせることが売れ筋となるのと同じように、ボディポジティブ自体もまた売れ筋になっていったのである。
やせた身体を持つ女性の一部がインフルエンサーとなるように、ボディポジティブを発信する論客の一部も全く同じようにインフルエンサーとなっていった。やせているかどうかという点では正反対に見えるが、どちらもきらきらした日々の生活を発信し、人々に自分自身を受け入れることや、やりたいことをやることの大切さを説くのである。自己研鑽型(ダイエット礼賛)と社会変革型(ボディポジティブ)が、あたかもヒドラ(ギリシア神話に出てくる多頭の怪物)のように、「本体」を共有しているのである。
「もっと頑張れ」系と「もう頑張らなくていい」系の落とし穴
似たような事例はいくらでも生活の中に見出すことができる。雑誌や書籍の企画編集の経験があり、現在研究会をご一緒している知人に、資本主義の中で勝ち組になることを狙う「もっと頑張れ」系の本と、苦しみの源泉を社会に求める「もう頑張らなくていい」系の矛盾するメッセージを発する書籍が、書店に横並びで面置きされるのはなぜかと聞いたことがある。その知人は少し考えた後、「この二つのタイプの本は同じ不安を持つ人に向け、異なる処方箋を提供している」と返答した。
私はこの返答に本質を突いたものを感じたが、その感覚をうまく言語化できずにいた。しかし、新たに刊行する『社会が壊れるその前に――メアリ・ダグラスの人類学』を執筆する中で、当時の感覚をうまく言語化できるようになった。同じ読者が一見矛盾したメッセージを伝える本に時間差で手を伸ばす理由。それはこの二つが共に自己礼賛の宇宙観を持っているからである。換言すると同じ山への異なるルートの登り方を示しているだけなのだ。かれらが元気なときは「もっと頑張れ」系に手を伸ばし、疲れたときは「もう頑張らなくていい」系に手を伸ばす。この二つのタイプの本は、能力資本主義という身体を共有するヒドラとして、あなたには可能性がある、あなたは悪くないと語りかけながら、自己礼賛という果てのない登山ルートに人々を導き、その背を押し続ける。
「売り物」になることを拒む社会批判を
しかしその掛け声は実のところ、私たちを苛烈な競争に駆り立てる能力資本主義という土壌をより肥沃にしている。それは換言すると「売れる」ということなのだ。私は文化人類学者として社会を批判的に捉える視線と、それをなんらかの形で表す手段は、社会が複雑化すればするほど重要であると確信する。しかしそれが売れ筋となった時点で、その批判は、批判の皮を被ったまったく別のものになっている可能性がある。社会批判や学問は、当初掲げられた言葉の価値を社会に広げながらも、それが単なる売り物になることも拒む、そんな綱渡りをするためにあるはずだ。
※本記事は、磯野真穂『社会が壊れるその前に――メアリ・ダグラスの人類学』(新潮選書、9月28日刊行予定)の一部を再編集したものです。
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磯野真穂『社会が壊れるその前に――メアリ・ダグラスの人類学』
2026/9/28
公布から80年、今こそ日本国憲法を本気で考える。憲法をめぐって紡がれた物語は、国民に浸透しつつも、第二次安倍政権下で危機に直面する。その時、立ちはだかったのは意外な〝存在〟だった――。「天皇への敗北」はなぜ起きたのか? その理由を、30年前に物議を醸した「敗戦後論」、昭和の憲法学者と文人の抵抗、戦争責任まで遡って探る。戦後憲法学の試みを近代文学に準え、複雑に絡み合う「天皇・憲法・戦後」の核心に迫る。
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磯野真穂
人類学者。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。長野県安曇野市出身。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科を卒業後、トレーナー資格を取るべく、オレゴン州立大学スポーツ科学部に学士編入。しかし自然科学のアプローチに違和感を覚え、文化人類学に専攻変更。同大学大学院にて応用人類学修士号取得。IT企業にて2年間の派遣社員を経た後、早稲田大学大学院文学研究科に入学し、2010年に博士(文学)取得。早稲田大学文化構想学部助教、国際医療福祉大学大学院准教授を経て、2020年より在野の研究者として活動。2024年より現職。専門は文化人類学、医療人類学。 著書に『なぜふつうに食べられないのか:拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界:「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想:やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書)、『他者と生きる:リスク・病い・死をめぐる人類学』(集英社新書)、『コロナ禍と出会い直す:不要不急の人類学ノート』(柏書房。第33回山本七平賞受賞)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社。濱口竜介監督により映画化、カンヌ国際映画祭最優秀女優賞受賞)がある。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎

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