12.ビリヤニは肉料理である
著者: 稲田俊輔
人気の南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長にして、レシピ本から食文化にまつわるエッセイまで文筆家としても活躍中の稲田俊輔さんが、その原点である料理=「カレー」について考える連載です。おうちカレーから南インド料理の衝撃まで、私的な経験をベースにその進化や変遷を語っていきます。「もはやカレーは文化である」を合言葉に、国民的料理の真髄に迫る「活字カレー」の決定版!
「インドの炊き込みご飯」への違和感
ビリヤニはよく「インドの炊き込みご飯」と説明されます。確かにこれはバスマティライスなどの米とチキンやマトンをはじめとする各種具材をスパイスを効かせて炊いたものなので、説明として決して間違ってはいません。しかし僕は(和食にもインド料理にも携わる人間として)、この説明にちょっとした違和感も抱きます。
結論から先に言うと、ビリヤニとは肉料理なのです。米料理である炊き込みご飯とは別枠の料理、というのが僕の認識です。もちろんビリヤニにおいて米はとても重要です。決して単なる添え物ではありません。しかしビリヤニが、肉の調理を主眼として設計された料理ということは言えるのではないかと思います。
炊き込みご飯は、あくまで米が主役です。特に日本料理の美学としては、具材の量は必要最小限にとどめ、ふっくらした米の食感を邪魔せぬよう、細かく刻まれなければなりません。それに対してビリヤニの具材は、ごろごろした大ぶりな状態のまま、なるべくたくさん入っていなければなりません。
ビリヤニという料理がいつどこでどのようにして生まれたか、という発祥伝説には様々なものがあります。諸説の真偽を見定めるのは到底僕の手には負えないのですが、ここではあえて、その中でも特に胡散くさい説のひとつをご紹介します。胡散くさいのは、いかにも作り話めいているからです。しかし面白おかしい作り話だからこそ、そこにはビリヤニを作る人々のリアルな「感覚」が現れているように思うのです。それはこんな話です。
ある時、一人の男が羊肉を手に入れた。早速料理して食べようと思ったが、羊肉は贅沢な食材であり、近所の人々に知られると妬まれて盗みにでも入られるかもしれない。男は用心のため、鍋の中の肉が見えないよう米で覆い隠し、さらにぴったりと蓋をして匂いが漏れないようにして料理した。
どんだけ治安が悪いんだよ、とか、いやどう考えても結局バレるだろ、みたいなツッコミはともかく、これがビリヤニの起源です、と言われても「嘘だろ」としか思えませんね。でも面白いですね。ここには、ビリヤニの調理の主眼は肉を調理することにあり、米はそこに付随するもの、みたいな感覚が分かりやすく現れています。
かつて肉は米の3倍だった
ここに一冊の本があります。“ Hyderabadi Cuisine: A Princely Legacy”「宮廷の遺産」とサブタイトルが付けられたこのハイデラバード料理の本、著者のPratibha Karanは、プロの料理人ではなくインドで行政に携わる人物で、政府の産業省にも勤めていました。本書は彼女がハイデラバードの古典料理に魅せられ、旧家の主婦やその家のお抱え料理人、メイドたちから学んだレシピをまとめたものです。ちなみにハイデラバードは、インドでも「ビリヤニの本場」と目されるいくつかの地域のひとつで、他のそういう地域と同様、ムスリム色が強い地域です。
本書の初版は1998年ですが、その時点で既に失われつつあった伝統的な料理を記録した本として、現在でも高く評価されています。料理書でありながら、長大なイントロダクションとして(料理とは直接関係ない)16世紀にまで遡るハイデラバードの歴史が記されていることからも分かるように、実用書の体裁を取りつつも、むしろ古典文化の伝承に主眼を置いた本、という印象です。ちなみにイントロダクションの部分のみ、執筆者は著者の夫Vijay Karan氏。彼は初代ニザームの時代(1724〜1748)にまで遡る有力家系の出身者で、著者は主に氏の母親から伝統料理を学びました。
そんな本書のメインパート、つまり「レシピ書」としての部分なのですが、こちらはこちらで一般的なインド料理書とは随分異なる、見たこともないようなインド料理が並んでいます。カレー的な料理もあるにはありますが、我々の目からはあまりカレーには見えません。あえて言えばそれは「肉そのもの」です。香味野菜もスパイスも最小限で、写真に写るそれは、ゴロゴロとした肉塊が少量のさらっとした煮汁に浸っています。おそらくこういうものがインド宮廷料理の真の末裔のひとつ、ということになるのでしょう。少なくとも現代のインドレストランでインド宮廷料理と呼ばれているものとはかなり大きく異なります。僕がハイデラバードの高級ホテルレストランで出会った「伝統的ハイデラバード料理」とも別物。
そんな本書の中にある「カッチ・ビリヤニ」のレシピは、やはり現代知られたものとは少し異なります。羊肉にスパイスと香味野菜のマサラを塗して鍋に敷き詰めるところまでは現代のものとよく似ていますが、米は生米のままヨーグルトと水で湿らせて、その肉を覆い、そこから蓋をして火にかけます。まさに米が肉を煮る鍋の内蓋であり、米は肉を煮るついでに調理されるもの、という構造です。これを知ると、先ほどのいかにも作り話めいた「鍋の肉を隠すために米で覆った」というエピソードにも、うっすらと信憑性のようなものが漂ってきませんか?
本書には、ビリヤニにおける肉と米の関係性として、このようなことも書かれています。
かつてビリヤニは、米に対して約3倍量以上の肉を使用するものだった。近年では1.5〜2倍程度が普通である。肉が米と同量以下の場合はビリヤニではなくプラオとなる。
この定義がどの程度適切なものであるかはともかく、実際にビリヤニを作ったことのある人なら、実感として極めてわかりやすいのではないかと思います。「肉は3倍」はともかく、2倍くらいは使わないと、ビリヤニらしいビリヤニにはなりません。ちなみに3倍だった肉が2倍に減ったのは、その方が米をふわっとしたおいしい状態に仕上げやすいからなのではないか、というのが個人的な見立てです。そういう意味では、歴史の中でビリヤニにおける米の重要性は少しずつ増しているとも言えるのかもしれません。
「自称ビリヤニ」
僕が初めて自分でビリヤニを作ったのは、確か2000年代後半だったと思います。店で出すための試作というわけではなく、あくまで趣味としてです。ただし、うまくいったらメニューとして出してもいいな、という程度の下心はありました。
その時点でビリヤニの何たるかはよくわかっていなかったのですが、当時の国内のインド料理店でもたまに提供されていた「炊いた米を炒めるカレー味のチャーハン」がニセモノである、ということだけはにわか知識として知っていました。米はバスマティライスを使わねばならぬ、ということも一応把握していました。
ならば、と僕は思いました。
「バスマティ米を使ってカレー味の炊き込みご飯を作ればいいんだよね?」
実行しました。チキンカレーを作って、それを水で伸ばして、バスマティライスを入れて炊く、というのがその大まかなレシピでした。その少し後に知ったのですが、このようなビリヤニの製法は、インド各地にあります。我ながらなかなかイイ線をついていたと思います。
仕上がった「自称ビリヤニ」は、なかなかおいしいものでした。まあ、おいしいカレーをそのまま米に炊き込むわけですから、水加減さえ間違わなければおいしくなって当然です。しかしそれをウメーウメーと食べながら、僕はふと思いました。「これはおいしい炊き込みご飯ではあるけど、ビリヤニではないのでは?」と。
違和感の原因はすぐにわかりました。明らかに肉が少ないのです。ちなみにその時の1人前の肉の量は、チキンカレー1人前と同じ約75gでした。炊き込みご飯と考えたら、十分すぎる量です。和食の「かしわめし」であれば、これよりずっと少ないでしょう。しかしそれではビリヤニにはなり得ないんですね。
なので後日、肉を骨付きにし、量も倍以上にして再挑戦しました。ですが、作り始めると途端に不安になりました。肉を増やした結果、鍋の中は当然ながら肉だらけになったからです。そこに投入した米は、肉の隙間を浮き沈みしているような状態。それまで様々な米料理を作ってきたつもりでしたが、見たことのない光景でした。しかし、水分量や塩分量、それに見合ったスパイスの量などは綿密に計算した上でレシピを組み立てていたつもりだったので、その計算を信じ、蓋をして調理を続行しました。
15分後に火を止め、さらにそのまま15分蒸らした後、ドキドキしながら蓋を取りました。そこにはまごうことなき「ビリヤニ」が出現していました。僕は歓喜しました。
現在のエリックサウスでは、肉は米(バスマティ米)の2倍量が基本です。米が1000gなら肉は2000g。ただしこれはあくまで調理前の状態です。バスマティ米を加熱調理すると、水分を吸って約3倍になります。肉は加熱の過程で水分を放出して3/4程度にまで縮み、その放出した水分、すなわち肉汁は米が吸収する水分の一部となります。つまり調理後の重量で言うと、米は約3000g、肉は1500g程度になります。
加えてバスマティ米は、ふんわりとした質感に炊き上がる米なので、実際の重量よりだいぶ嵩があるようにも見えます。この状態しか見なければ、確かに「ビリヤニは米料理」と感じられてもおかしくはありません。しかし作る側からしてみれば、これはやはり肉料理としか言いようがないのだ、という感覚はなんとなくお分かりいただけたでしょうか。つまりビリヤニとは、肉を調理する過程で肉が放出する旨味を、余すことなく米に吸わせるための調理法なのです。
*次回は、11月6日金曜日更新の予定です。
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稲田俊輔
料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
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松本太郎
著者プロフィール
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- 稲田俊輔
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料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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