2026年4月13日
“私たち”はどんな物語を信じてきたのか
著者: 國分功一郎
國分功一郎さんの新刊『天皇への敗北 シリーズ哲学講話』(新潮新書)が2026年4月17日に発売されます。本書は、今年11月3日に公布から80年を迎える日本国憲法および戦後の日本について論じたものです。
國分さん自身、「本書は哲学の研究者である私がはじめて「日本」をテーマに書いたものです。日本の憲法、戦後の日本、日本文学といった専門外の分野に挑んでおり、その意味でいつも以上に緊張しています」とコメントしているように、これまで様々なかたちで“言論”に携わってきた國分さんが、その“けじめ”をつけるかのごとく新境地に挑んだ意欲作です。
本書発売を記念して、「はじめに――「戦後」日本と憲法学」を公開いたします。
はじめに――「戦後」日本と憲法学
タイトルを見て、いったい何についての本なのだろうと思われた方もいるかもしれません。その意味するところを理解していただくためには本文をお読みいただく他ないのですが、あらかじめ述べておくならば、これは「戦後」の日本、そして現代の日本を主題とした本であると言うことができます。
括弧を付して“「戦後」”という書き方をしているのは、この言葉で日本の歴史を考える視点そのものに本書が疑問を投げかけているからです。この疑問は現代の日本について考察する中で得られたものでした。その意味で、これは現代日本についての本であると同時に、「戦後」日本についての本であると言うことができます。
最初に取り上げているのは日本の憲法とそれを論じてきた憲法学です。私は大学で哲学を講じる研究者ですので、憲法そのものを専門家として論じることはできません。しかし、哲学研究だけでなく、いわゆる言論にも携わる中で、これについて考えないわけにはいかなくなりました。その際、私が強い関心を持ったのは、日本の憲法学でした。私は日本の憲法学が担ってきた或る困難な役割に気づいたのです。この本はその意味で憲法学論と言うこともできます。
日本には憲法の専門家でない人が書いた憲法論はたくさんあります。そしてこの事実は本書の重要な論点の一つでもあります。しかし、憲法の専門家でない人が書いた憲法学論というのは珍しいかもしれません。本書のタイトルは、憲法の専門家でない私が憲法学について考える中でたどり着いた一つの考えを表現したものです。
この考えを突き詰めていく中で、私は最終的に、日本の憲法だけでなく、日本の文学についても論じることを強いられました。私は憲法学のみならず、日本文学についても非専門家です。しかしだからといってこの道に入り込まないわけにはいきませんでした。おそらくこれは「戦後」の日本について考え始めたならば、どうしても避けることのできない道なのだろうと思います。
*
本書の第一章は、2024年4月26日、韓国の学会からの依頼で行った講演の原稿が元になっています。これが本書の議論の出発点です。つまり、「戦後」および現代の日本についての本書の考察は、外国からの依頼で始まったのです。
第二章から第四章までは、主として、2025年2月15日、勤務先である東京大学大学院総合文化研究科のある駒場キャンパスで学生たちを対象に行った「講話」が元になっています。これは学期の終了時、授業の単位とは関係なく、その時々に私が関心を持っていることを自由に語る場として設けているものです。何十人もの学生が3時間以上も私の話を聞いてくれただけでなく、素晴らしい質問やコメントを投げかけてくれました。
但し、本書に収録するにあたっては、その時の話に大幅に手を加えており、ほとんど書き下ろしに近いものになっています。また、第二章は第一章の論考を口頭で説明したものであり、内容はほぼ同じです。論文口調に苦手意識を持っている方は、最初は第二章から読んでいただいても構いません。
これら三つの章を作り上げていくにあたり、2025年5月3日、國學院大學で行われた、全国憲法研究会(全国憲)主催の憲法記念講演会での約1時間の講演の内容も組み込んでいます。この講演会は毎年、憲法記念日に開催されているものです。開催校幹事を務められた平地秀哉先生、全国憲事務局の小川亮先生、同事務局長(当時)の青井未帆先生、司会をお務めくださった榎透先生、中村安菜先生、私と並んでご講演くださった大河内美紀先生、そしてこの講演をご依頼くださった全国憲代表(当時)の石川健治先生に心からお礼申し上げます。
私は憲法記念講演会での講演が決まってから非常に緊張していました。憲法学者の方々の前で、憲法学について話をすることになるわけですから。当日も緊張しました。講演3カ月前に東京大学で行った「講話」は、憲法記念講演会に向けての準備でもありました(学生たちにもそのことを伝えてありました)。その内容をぎゅっと圧縮して講演を行ったのです。話の内容を磨き上げることができたのは、参加してくれた学生たちのおかげです。その意味でも彼らに大変感謝しています。
終章は完全な書き下ろしです。「講話」の後で知ったこと、考えたこと、そして以前からずっと気になっていたことを正直に書きました。
また「講話」を元に構成されている三つの章の間に、内容と関連するコラムを掲載しました。全く別の機会に書かれたものを話し言葉の間に入れることで、内容に拡がりが出てくるのではないかと考えてのことです。
【目次より】
はじめに──「戦後」日本と憲法学
第一章 天皇への敗北──戦後日本の民主主義における憲法の物語について
戦後民主主義と憲法学者/日本における憲法学への高い関心/戦後日本における憲法学の役割/憲法と文学/民主主義と立憲主義/“下”からの決定と“上”からの制限/二つの理念を守り抜く/憲法物語の手がかり/立憲国家への反逆にして革命/危機に瀕した立憲主義/天皇と護憲/1条のための9条から、9条のための1条へ/「天皇に頼らざるを得なかった」――憲法物語の残酷な現実/戦後民主主義の到達点
第二章 天皇と憲法をめぐる運命のアイロニー──「天皇への敗北」補講
二〇一五年の絶望/世界でもっとも憲法を語る国/憲法学と文学の役割/憲法学の物語/緊張関係/あるエピソード――成熟について/行政の幼稚な夢/二〇一三年の天皇の発言/反立憲的勢力への天皇の敵対/天皇とリベラル――運命のアイロニー/もう一つの敗北
【コラム① 亡命はなぜ難しいのか?】
第三章 「ねじれ」あるいは自己欺瞞──『敗戦後論』と或る憲法学者
加藤典洋『敗戦後論』/日本の戦争責任と謝罪/憲法の選び直し/憲法についてのいくつかの立場と説/一九九五年という年/哀悼/被害者意識について/責任を突きつけるだけで責任感をもてるか/三〇年前の罪悪感/どうやって「恥じ入る」ことができるようになるか/或る憲法学者の抵抗/「日本帝国ハ聯合国ノ指揮ヲ受ケテ 天皇之ヲ統治ス」/「戦後」という観点で考えないこと
【コラム② 「敗戦後論」その可能性の中心】
第四章 昭和の文人、昭和の憲法学者
中野重治がいた/中野重治の「転向」/史上最低の転向/「やはり書いて行きたいと思います」/孫蔵の長い語り/人情不感症/昭和の文人/「五勺の酒」の天皇観/江藤淳への疑念/江藤淳の暗さ/戦後文学と検閲/昭和の文人、昭和の憲法学者/エピローグ――戦後の中野、江藤の戦後
終章 戦争責任と加害者臨床
人権の認められない「飛び地」/天皇の戦争責任/「あるいは、むしろ、よくわかる」/加害者臨床/戦争責任と臨床
おわりに
-
-
國分功一郎『天皇への敗北 シリーズ哲学講話』
2026/04/17
公布から80年、今こそ日本国憲法を本気で考える。憲法をめぐって紡がれた物語は、国民に浸透しつつも、第二次安倍政権下で危機に直面する。その時、立ちはだかったのは意外な〝存在〟だった――。「天皇への敗北」はなぜ起きたのか? その理由を、30年前に物議を醸した「敗戦後論」、昭和の憲法学者と文人の抵抗、戦争責任まで遡って探る。戦後憲法学の試みを近代文学に準え、複雑に絡み合う「天皇・憲法・戦後」の核心に迫る。
amazonはこちら。
公式HPはこちら。
-
-
國分功一郎
1974年千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程に入学。博士(学術)。専攻は哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。2017年、『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)で、第16回小林秀雄賞を受賞。主な著書に『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)、『来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』(幻冬舎新書)、『スピノザ 読む人の肖像』(岩波新書)、『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』『手段からの解放 シリーズ哲学講話』(いずれも新潮新書)。最新刊は、『天皇への敗北 シリーズ哲学講話』(新潮新書)
この記事をシェアする
「國分功一郎『天皇への敗北 シリーズ哲学講話』試し読み」の最新記事
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥

ランキング





ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら



