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2026年10月22日

池谷裕二『すごい科学論文 脳のふしぎ したたかな生物』試し読み

【試し読み公開中】はじめに――もっと科学の面白さを伝えたい!

著者: 池谷裕二

「考える人」で「ニューロダイバーシティ」を連載中の脳研究者・池谷裕二さんの新刊『すごい科学論文 脳のふしぎ したたかな生物』(新潮新書)が2026年10月19日に発売されます。本書は、「毎日100本以上の科学論文をチェックする」池谷さんが厳選。ふしぎな脳のメカニズムから生物のしたたかな知恵までを、わかりやすく解説。日々「科学論文」として発表されている世界の科学研究の最前線を知ることができる一書です。
 刊行を記念して、「もっと科学の面白さを伝えたい!」という池谷さんの気持ちがこもった「まえがき」を公開いたします。

 

 おかげさまで、『すごい科学論文』(リンク)の第二弾をお届けできることになりました。第一弾を手に取り、「面白かった」「続きを読みたい」と声を寄せてくださった皆様のおかげです。心より御礼を申し上げます。

「すごい」と銘打ってしまった以上、二冊目にはそれ以上の驚きが求められるのではないか──。どうかご安心ください。科学論文の世界は、こちらの心配などお構いなしに、毎日のように新しい「すごい」を量産し続けています。

 前作でもお伝えしたとおり、私は研究の傍ら、日々論文に目を通しています。毎日少なくとも100本、多い日には300本、年間では延べ5万本ほど。相変わらず論文の大海原を泳ぎ続ける毎日ですが、その海はいっこうに涸(ルビ か)れる気配がありません。本書は、日々拾い集めた「これは!」と唸る論文を、私なりの解釈を添えて紹介する一冊です。

 本書を読み返してみると、扱うテーマは前作にも増して多彩になりました。脳のふしぎはもちろん、生物のしたたかな知恵、古代ローマの遺跡や旧石器時代の航海。生命の神秘から最新テクノロジーまで、テーマごとに景色が変わります。まるで万華鏡を覗いているようです。改めて、科学とは一つの分野に閉じた営みではなく、世界のあらゆる隙間から顔を出す知的な冒険なのだと実感しています。
 
 本書をまとめている最中に、嬉しい知らせが飛び込んできました。2026年6月に発表された「ネイチャー・インデックス」の研究力ランキングで、日本の科学に、久々の上向きの光が差したのです(*1)。

 ご存じの方も多いかもしれません。日本の科学力は、2015年頃から2020年代の初めにかけて、じりじりと地盤沈下を続けてきました(*2)。論文数の国際シェアは落ち込み、大学の研究費の削減が嘆かれ、「日本の科学の凋落」は、もはや当たり前のように語られてきたのです。私は現役の研究者の一人として、この逆風を肌で感じてきました。

 ところが、最新のランキングによれば、日本の論文産出のシェアは前年から1割近く伸び、アメリカ、ドイツ、イギリスといった欧米の研究大国の伸びを上回りました。世界全体では中国が圧倒的な勢いで躍進し、ついにアメリカの名門ハーバード大学が、大学ランキングの首位の座を中国の浙江(ルビ せっこう)大学に明け渡すという激動のなかにあって、日本もまた、長い停滞のトンネルを抜け出す気配を見せ始めたのです。10年ほど前から進められてきた、分野の垣根を越える研究への転換や、若手研究者への支援といった地道な取り組みが、ようやく実を結びつつあるのかもしれません。

 長らく下を向きがちだった日本の科学界にとって、この一筋の光がどれほど心強いことか。停滞しているように見える場所にも、研究の火は確かに残っています。小さな実験室で、深夜の顕微鏡の前で、計算機の画面をにらみながら、あるいはフィールドの片隅で、誰かが世界の見え方をほんの少しでも変えられる発見に挑んでいる。その積み重ねが、やがて国全体の研究力となり、未来の知の土台になっていくのです。

 ここに私のささやかな願いが重なります。科学の面白さを、一人でも多くの方に、とりわけ若い皆さんに伝えること──。それが、この上向きの流れを後押しする、一助になればと思うのです。世界では毎日のように「すごい科学論文」が量産されています。その事実そのものが、私には希望に見えます。なにしろ、人類はまだ自分自身のことも、足元の地球のことも、ほとんど分かっていないのですから。分からないことが、これほどたくさん残されている。これは、これから科学の世界に飛び込もうとする人にとって、これ以上ない朗報のはずです。

 研究の道は、たしかに楽ではありません。思い通りに結果が出ない日もありますし、遠回りばかりに見える時期もあります。それでも科学には、世界で最初に驚くことができるという特権があります。誰も知らなかった現象に出会い、誰も見たことのない景色を覗き込む──その瞬間の喜びは、何ものにも代えがたいものです。科学に興味のある若い世代の皆さんは、ぜひ躊躇せずに、知的好奇心の扉を、軽やかに開いていただきたいのです。

 

【参考文献】
*1:Plackett B. Nature Index 2026 Research Leaders rankings: are China’s East Asian
neighbours keeping pace with it? Nature. Published online June 10, 2026. doi:10.1038/
d41586-026-01662-x
*2 :Hornyak T. How Japanese science is trying to reassert its research strength. Nature.2023;615(7951):S48-S51. doi:10.1038/d41586-023-00657-2

池谷裕二『すごい科学論文 脳のふしぎ したたかな生物』

2026/10/19

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池谷裕二『すごい科学論文』

2025/04/17

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎


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