河野 私は、雑誌のコアコンピタンス(核となる能力)は「コミュニティ・ビジネス」だと思っています。「はてな」がこのオフィス空間の中に、みんなが集う場を設けておられるように、雑誌の本質は、広場性というか、同じ志向を持った人々が集うコミュニティだと思うからです。“紙に印刷されたもの”だけでは、まだ”雑誌”ではない。それを読む読者、そこに作品を発表している著者、それを媒介する編集者といった人たちの集合体、熱量の総和が“雑誌”だと思っているんです。

 前回で近藤さんがご紹介下さった山極寿一さんのインタビュー記事のように、話者が情熱を傾けて語りかける。編集者がそれを聞き取る。その結果、「長っ!」と思われるような記事が生まれる。

 熱量がそこにギュッと凝縮される。総和が可視化され、表現として物体化される。それが雑誌記事です。ところが、残念なことに、いまはその可視化された熱量の総和と読者とをつなげるチャンネルが目詰まりを起こして、物理的にも心理的にも遠い存在のままになっている。それが私にはとても残念というか、もったいないと思える。コミュニティビジネスとしてはあってはならない本質的な間違いが生じているのではないか、という思いがずっと強くありました。

近藤 雑誌はコミュニティだという説は、なるほどと思いながらお聞きしているんですけれども、紙の雑誌だけだった時代には、コミュニティ性は、どういうところにあったんですか。

 確かに個々に読者はいたでしょうが、読者間の相互のやりとりはなかなか生まれにくいですよね。

河野 小さい頃、漫画雑誌の愛読者でした。だから、「先生に励ましのお便りを出そう」という編集部の呼びかけの一行を見て、ほんとうにお便りを書いたことがあります。その後、サッカー少年になると、「サッカーマガジン」は最高権威の雑誌だと思って愛読していました。たまに「最近の日本代表監督の采配には疑問を感じる」といった投稿もしていました(笑)。

近藤 ああ、なるほど。

河野 自分の中には「メディアというものは必ずわれわれ愛読者の声を拾ってくれて、それを書き手に届けてくれて、さらにおもしろい雑誌にしてくれる」という信頼と期待感があったと思っているんです。

近藤 一つ真ん中に雑誌があって、そこを中心に広がるような線の結びつきをしているということですかね。読者同士とかではなくて。

河野 ある新聞のサッカー担当記者の名前にどうも見覚えがあると思ったら、同じ時期に「サッカーマガジン」に投稿をしていた「仲間」だったという発見もありました(笑)。投稿が並んで載ったので名前を覚えていた。

 空間というのはそういうものです。そして、雑誌というのはそういう共感の場を形成していたと思うんです。いかなる雑誌であれ、よく言われるような一方向の情報の流れでは必ずしもなくて、双方向の交流が何らかの形で担保されていたように思うのです。

 私自身が以前編集長を務めていた「婦人公論」という雑誌では、愛読者グループが全国各地に作られていて、その支部のメンバーとの交流がありました。昭和の初めに作られたものを、戦後になってもう一度再構築したのですが、その際に編集部員として尽力なさったのが、作家の澤地久枝さんだったりしました。私もそれを引き継ぐ形で、月1回開かれる各支部の例会便りを読み、時には作家の講演会を各地で催したり、小ぶりの読書会や、茶話会に出向きながら、「雑誌というのは究極、こういうコミュニティなんだな」ということを実感していました。

近藤 なるほど。

河野 だから、いま若い人たちから心理的にも物理的にも距離が遠のいている雑誌の現状は、このまま放置しておいていいのか、という気持ちがつきまといます。出版社側のビジネスの問題としてもそうですが、雑誌メディアが本来果たすべきコミュニティ形成という役割からも、この冷たい状態は何とかしなければならない――作品を書いて下さっている筆者のためにも、こんなおもしろい作品がある、こんな個性の人がいるという事実をしっかり読者に伝えていかなければ、編集者として満足な仕事ができていないのではないか、と思うんです。

 「山極寿一さんというおもしろい学者がいるよ」と誰かが何かの機会に耳にしたとします。どういうおもしろい人だろう、と好奇心が刺激されたにせよ、山極さんを実際に訪ねていくというチャンスは簡単には訪れません。

 「考える人」に載っているような濃密な内容の話を、いきなり訪ねて行って聞くこともほぼ不可能です。丁寧に話していただき、それをきちんと整理して理解するというのも、現実には容易なことではありません。それを編集者が読者に代わって実行し、わかりやすい形で文字化することで、おそらくリアルの体験以上に、読者は山極さんの熱量をありありと感じ取ってくれるはずです。素材の特色を際立たせるだけの調理や味付け、盛り付けもしたぞ、というのがわれわれの職業的な誇りです。

 だから、その料理をちゃんと味わってもらうためには、その道筋を用意しなければいけない。「わざわざ」来てもらうための導線を引かなければならない。それが、今度の「Webでも考える人」の役割かと思っているんです。

近藤 今のお話をお聞きして、「雑誌ってクラウドファンディングかもしれないな」と思いました。みんながみんな著名な方のところに行って直接話を聞かせてくださいと言うのは無理じゃないですか。

 だけど、「この人おもしろそうなんで話を聞きたい」といったときに、みんなが少しずつ書籍代というか購読料を払って、誰かが代表で聞いてきてくれて、それの様子を届けてくれるわけですよね。

河野 なるほどねぇ。そういう発想はなかったですねぇ。でも、ぼんやり思い描いていたのはそういうことです。

近藤 それを知りたかった人にどういうふうに返すかというと、誌面もあればインターネットを使う部分もある。道具は実はそんなに本質的ではないのかもしれないんですよ。

河野 そうかそうか、なるほどね。まさにそうだと思っているんですよ。

 さらにもう一歩踏み込んで言えば、「考える人」の本体のほうも、この「Webでも考える人」を開設するのに合わせて、少し模様替えしていこうと思っています。

 この時代に「自分の頭で考える」という行為を誰に命じられたわけでもないのに、自覚的に続けている人って、どんな人で、どこにいるんだろう。"考える人"って誰だろう。ウォーリーをさがせ、みたいな疑問が皆さんの頭の中で芽生えるとしたら、「考える人」という雑誌を読めば、こんなところにこういう人がいて、こんなことをこんなふうに考えています、ということがちゃんと誌面化されているというふうにしておきたい。これまでも同じような気持ちで“考える人”たちをわれわれは紹介してきたつもりですが、今後はそれをより意識的に、鮮明にしていきたい。「人」との出会いにフォーカスして誌面を構成していきたいと思っています。したがって、インタビューや対談が重要になってくると思います。

 従来は、著者の思考のアウトプットを紹介するのが主流だったとすれば、これからは各人各様に thinking している姿を、できるだけ鮮度の高い状態で、雑誌の中に定着させていければと考えています。

 だから、「Webでも考える人」で、少しその一端に接していただいて、クラウドファンディングの気持ちで、じゃあもうちょっと読んでみようかなとか、定期購読してみようかな、という気持ちになる人が増えてほしいし、わざわざ書店に出向いてでも、どんなものかと手に取って、「なるほど、こういう雑誌もあるんだ」と体感してもらう。さらにその先をいえば、山極さんなら山極さんの他の著書にも目を向けてもらえればと思うのです。

"人が集まる場"として設計された、株式会社はてな東京オフィス内の「SHIBAFU」(撮影:菅野健児)

近藤 なるほど。実際河野さんがお考えになる「考える人」というのは、どういう人なんですか。「考える人」って何ですか。

河野 何でしょうね、おもしろいね。

 はっきり言えば、今まで「考える」という部分を、日本人一般は誰かに委ねていたと思うんですね。国の運命は政治をやる人たちに考えてもらおう。統治の仕組みは官僚の人たちに考えてもらおう。何か問題が起きたら、官庁に駆け込んで、どうしてこんなことを放置してきたんだ、行政の怠慢じゃないかと、声高に言うような……。

 つまり、「考える」ことはどこかで誰かがやってくれている、という部分が日常的にもけっこう多かったような気がするんです。

近藤 誰かがやってくれることだと。

河野 難しいことだったら大学の先生に考えてもらおうとか。餅は餅屋に、みたいな。そういう意味では他人任せ。でも、専門的なことや技術的なことはやむを得ないにしても、「考える」という行為は、本来人任せにしていいものでもないし、人の本性に埋め込まれているものでしょう。加えて、何もかも人任せにしていたら、不味い料理ならまだしも、危ない食品を食べさせられるのではないか、という不安を人は感じ始めている気がします。

 実際、いろいろ新たな問題が世界規模で起きていますし、自分たちがしっかり考えていかないと、頼りにしていた人たちがどうも当てにならないとか、従来の発想では手に負えなくなっているといった危機感が、いまや一般レベルにまでおりてきていると思うんです。そういう現状認識がひとつ。

 それと同時に、自分は「考えない人」ですから、と笑っておっしゃる方がよくいらっしゃいます。じゃあ本当に何も考えていませんか、というと、そうとは限りませんよね。ちょうど朝日新聞の一面で哲学者の鷲田清一さんが、「折々のことば」というコラムを毎日連載されています。さまざまな人たちのひと言を、鷲田さんが拾い上げて、短い解説をつけておられます。私がおもしろく読んでいるのは、偉人や有名人の言葉ではなくて……

近藤 普通の人が出てきますからね。

河野 そう、普通の人の言葉ですね。「アホになれんやつがほんまのアホや」とか「人と違うことをして目立つのは誰でもできる。人と同じことをして秀でなさい」とか。やはりそれがおもしろいんですよ。読者の人気投票をしても上位に入ってくる。そういう市井の人たちが培っている知恵とか、生活の言葉の中に考えるヒントがたくさん眠っているのではないか、とも思うんです。

 だから、"考える人"はいろいろなところに遍在しています。そういう広い目配りも必要です。「考える」ことを職業にしている人以外にも、それぞれの持ち場で、それぞれの「考える」を実践している人たちの言葉を、われわれは自覚的に拾っていかなければならない。言い古されたことかもしれないですが、改めてそれもメディア人としての大事な役割だと言いたいんですね。

近藤 なるほど、おもしろいですね。ちょっとインターネット的ですね。

河野 そうだと思います。

近藤 要するに一部、「考える人」の定義が変わっちゃったわけですよね。筆者よりも読者みたいな。

河野 話が飛躍しますが、たとえば日本の民俗学って、ずっとそういうことをやってきたんだと思います。宮本常一さんが訪ね歩いた人たち。いろいろな地方にいる職人とか漁師とか、それから柳田國男が拾い集めた民話とか。言ってみれば、インターネットも何もない時代に、自分たちの足を使って各地を訪ね歩き、歴史に埋もれた知恵とか言葉を拾い集めながら、これが思考の宝物だよ、ということを示していたのではないか、と思います。私は当時のジャーナリズムだとも思っています。だからいまも必要とされるし、本質的な仕事なのだと思うんです。

 ベストセラーを生む特定の作家をマークして、次のいい作品を書いてもらうのも、出版社としては大切な仕事ですが、それがすべてではない。世の中の人たちがぼんやり求めている何かに響く言葉を持っている人を探し出して、彼らに語ってもらうのは、われわれの仕事。先ほどから言っている「雑誌はコミュニティ・ビジネス」ということだと思うんですよ。

近藤 新しいですね。いわゆる先生と言われたような方の権威づけをしていたのが、まさに書籍だったと思うんですよ。メディアがその方々だけを取り上げて、あっち側の人というか、向こう側の人にしていたと思うので、そういうことをやられている河野さんから、逆にみんなが「考える人」なんだというのは、何か割と大きな変遷を感じます。インターネットなんかは逆にもともとそちらから入った仕組みですよね。別に大先生じゃなくてもブログで文章を書ける人はいっぱいいますよね、というスタンス。誰でも何か考えていることだってあるだろうし、感じたことがあるだろうし、日記でいいからインターネット上で公開してみませんかというのが、ブログが流行ったきっかけであったりしたと思うんですが、長い間雑誌をつくってきた河野さんがそうおっしゃるというのは、結構おもしろいですね。

河野 編集の中にはいろいろな声を取り入れていかなきゃいけない。それは単に読者は神様です、その声は無視できませんといった話ではない。読者自身、自分が本当に何を知りたがっているかを自覚しているわけではないでしょう。われわれも同じです。一緒になって刺激され、考え始めるきっかけを得るために、われわれはどんどん“考える人”を探しに出かけなきゃいけない。そういうふうに思っています。

近藤 何だかすごく個別的な世界です。個別性そのものが「考えること」なのかもしれないですよね。要は人任せにしないということは、何か目の前の事象に対して自分なりに取り組んでいくということですから。

河野 そうだと思いますね。(つづく)