インタビュー 森田真生

〝数学の時代〟だからこそ、身体で知性を受けとめていきたい

数学の本体は、数式や記号にではなく、
身体の経験にこそある――
若き独立研究者の見出す、新たな世界の意味。

――『数学する身体』はデビュー作だと伺っています。「数学」と「身体」は意外な取り合わせですが、この発想はどこから出てきたのでしょうか。


 物心ついた頃から高校時代までひたすらバスケットボールに夢中で、数学とは無縁の生活でした。
 スポーツをやっていると、動作や瞬間的な判断の中に知があることを実感します。そういう「行為の中に宿る知」にずっと興味がありました。数学はそれに比べるとあくまで机上の学問で、動きに欠ける印象がありました。そのため数学や物理には夢中になれず、大学も文系で入学しました。
 行為と知の関係を掘り下げるには、まず社会の中で動きまわるための「身体」が必要だと思っていたので、大学入学後、シリコンバレーに出かけ、会社をつくる準備をはじめました。その過程で、いまスマートニュース株式会社の会長をしている鈴木健さんと出会い、会議ソフトを開発する小さなベンチャーの立ち上げに参画することになりました。創業メンバーに理系の人が多かったため、ランチや休憩時間に研究の話で盛り上がるんです。数学を使って生命の起源を解明したいとか、身体性を数理的に記述したいとか、そういう話が飛び交っていました。
 数学は頭でっかちな学問だと思い込んでいたのですが、話を聞いているとそうでもない。むしろ知性と身体の関係を究明するには、数学を避けて通れないのではないかと思うようになり、興味が増していきました。
 そんなある日、神保町の古書店で、何気なく数学書の棚を眺めていたところ、そこに岡潔の『日本のこころ』というエッセイ集を見つけたのです。


――数学の道に進む決定的な転機になったと本文にも書かれていますね。


 はい。当時僕は岡潔については名前を聞いたことがある程度だったんですが、このエッセイを読んですっかり引きこまれてしまいました。彼は人間の心について語るのですが、数式や難解な概念を使ってそれを記述するわけではないんです。数学に没入する過程そのものが、人間とは何か、人間の心とはどういうものかを彼に悟らせていく。そんな彼の言葉に触れて、数学もバスケと同じように全身を挙げた行為なんだと感じました。

――森田さんの中で「数学」と「身体」が繋がった瞬間ですね。

 そこから夢中になって学び始めます。数学科に学士入学で転入し、まわりに追いつこうと必死でした。数学には言語に似た側面がありますが、まるで数学ネイティブの中に紛れ込んでしまった異国人のような気持ちです。言葉も習慣もまるで違う世界に飛び込んでしまったわけですから。

――習慣も?

 初めて参加した数学科の飲み会で、下駄箱が素数番から埋まっていったのはいまでもよく覚えています。数学を勉強していると素数がありがたくなってくる。でも当時の僕にはそんな発想はないからびっくりです。平気で十二番とか約数の多い箱に入れてしまう(笑)。
 数学の中心に「情緒」があるというのが岡潔の思想ですが、その頃の僕には数学に情緒を感じる余裕はない。食らいつくだけで精一杯です。それでも、寝る間も惜しんで数学をしていると、できなかった計算ができるようになったり、見えなかった意味が見えるようになったりする。まるで赤ん坊が新たに世界の意味を獲得していくように、新鮮な学びと驚きが続く日々でした。

――本の構想はどのように芽生えたのでしょうか。

 不思議なことに、数学を夢中でやっているときの感覚は、バスケに没頭しているときに似ているんです。本当に集中しているときは、試合の「流れ」と自分が一体化していきますが、数学も思考の流れと一つになる感覚がある。そういうときに、数学の本体が数式や記号にではなく、身体の経験にあることを実感します。
 数学に没頭していて、「これはこういうことだったのか!」とわかる瞬間の喜びは何ごとにも代えがたい。特に僕みたいに「異国」からやってきた者にとっては驚きと感動の連続です。まるで違う民族の生活の中に潜り込んだ文化人類学者のような気持ちですよ(笑)。そうなると〝発見〟した面白さを人に伝えたくなる。数学に興味を持てないでいる人にも届く言葉で、この興奮を何とか分かち合えないだろうか。「身体」はそのための共通言語になるはずだと思いました。
―文芸誌『新潮』で二〇一三年に連載がはじまり、少しずつ構想を形にしていかれますね。
 岡潔と小林秀雄の対談「人間の建設」が『新潮』に掲載されたのは半世紀前のことです。執筆の依頼があったときにそのことが頭に浮かび、不思議な縁を感じて嬉しくなりました。
 対談の中で「岡さんの文章は確信だけが書いてある」と言う小林に対し、「確信しない間は複雑で書けない」と岡が応える場面があるのですが、岡の文章の魅力はまさにそこにあると思います。確信と実感に裏打ちされた言葉の爽やかさです。
 二月に岡潔のエッセイと講義を編纂した『数学する人生』を出版しましたが、彼の力強い言葉が描く人間像、世界像は、きっとたくさんの人を勇気づけるはずだと思っています。

――『数学する身体』では岡潔の他にイギリスの数学者アラン・チューリングにも焦点を当てていますね。

 岡潔とチューリングはともに、数学を通して「心」の本質に迫った数学者です。ただ、アプローチがまったく違いました。チューリングはコンピュータの数学的な基礎を作った人で、機械を使って人間の心を作ろうとした。「人工知能」の起源です。岡のアプローチはこれとは対照的で、知りたい対象を自分から切り離すのではなく、知りたい対象と一体化していく。松のことは松に習えの姿勢です。
 この二人のどちらが優れているかではなく、両者の視点を並置することで、数学を通した心の探究の持つ可能性の広がりを描こうとしました。

――『考える人』は数学の旅に同行させていただきました(二〇一五年春号特集『数学の言葉』)。ヨーロッパへの旅で得たものは大きかったでしょうか。

 すごく大きかったですね。数学的思考が脳内に閉じたものではなく、歴史や環境の中にまで「漏れ出している」というのが『数学する身体』の主題の一つですが、数学の現在の姿の骨格が生み出されたヨーロッパの「風景」を、僕はこれまで見たことがなかったんです。微積分を生んだのがライプニッツやニュートンだということは知っていても、彼らがどんな土の匂いを嗅ぎながら、どんな空を見上げ、どんな町並みの中を歩いていたのかまでは想像することしかできなかった。
『考える人』の旅では、数学の歴史を追ってイタリアからイギリスまでヨーロッパを縦断しました。そこで得られたものは数学史の知識というより、言語化できない土地や風景の感触です。思想は文字だけでなく、光や風や雨の粒子にも乗って運ばれる。その光や風や雨に、直接触れることができたことは得難い経験でした。第二章は数学の歴史にかなり紙数を割きましたが、この旅の経験がなければ実感を持って書くことはできなかったと思います。

――次の作品はどんな方向性、あるいは内容になりそうですか。

「感じたところから推論するのはいいが、推論したところが感じられる様に工夫して見給え」―これは小林秀雄が『パンセ』について書いたエッセイの中で、パスカルになり代わって発した印象的な言葉です。
 近代の世界は、正しく、緻密に、迅速に推論することを知の理想としてきました。その理想を体現しているのがコンピュータです。いまやコンピュータは生活の隅々にまで浸透しています。これほど推論の力が肥大化した時代はないでしょう。こんな時代だからこそ、推論の帰結をしっかりと「情」の世界の糧にしていけるような、身体に深く根ざした知性を磨いていく必要があると思っています。
 では「身体に深く根ざした知性」とは何か。『数学する身体』で追究してきたこのテーマを、次作ではさらに掘り下げて、何か新しい知性像、人間像の片鱗が見えてくるような作品が書きたいです。今回にも増して困難な道が待っているはずですが、「工夫して見給え」。先達の激励の声に、しっかり応えていきたいと思っています。

(受賞者プロフィール)
1985年、東京生まれ。
独立研究者。東京大学理学部数学科を卒業後、独立。
現在は京都に拠点を構え、在野で研究活動を続ける傍ら、全国各地で「数学の演奏会」や「大人のための数学講座」など、ライブ活動を行っている。
本書『数学する身体』はデビュー作。編著に『数学する人生』(岡潔著、新潮社)がある。(受賞当時)

 

 

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選評

この賞の「初心」

加藤典洋

 この賞の候補作にあがってくるような著作は、例年、どれもこれも面白いし、すぐれている。しかし、今回の受賞作は、その面白さ、すぐれている点が、異色だった。何しろ、著者は三一歳で、これが実質的な第一作である。肩書きは「独立研究者」で、しかも「自称」である。権威に弱いいまどきの新聞などでは、もし逆風のなかに置かれていれば、すぐに自称詩人同様、自称独立研究者と書かれるだろう。
 しかし、そのような白面の青年によって書かれた文が、数学を扱いながら、すでに十分に馬齢を重ねた私の心を動かす。その文章が、現代のジャーナリズムの気風から遠く、若い人の狭い意味でのフットワークのよさ、小回りのよさ、如才なさ、こすからさとも、無縁である。思考の内容は、明らかに思弁的実在論というような現代哲学思想の先端にふれているのだが、そういうものにも無関心のままに進む。私は今回の選考で、この人の文章にはじめてふれたが、近年の誰とも違う独自の風合いがあり、ゆったりした思考の速度をもち、強いて言うなら、どこか出発時の小林秀雄の独立度に近い、まだ一乗寺の決闘をする前の宮本武蔵がここにいる、という感じを受けた。
 著者は、希代のドイツの暗号機エニグマを解読するシステムを作り、コンピュータに道を開いたアラン・チューリングと、百姓をやりながら「不定域イデアル」という現代数学の世界的発見を行う岡潔のうちに、数学者としての「心」への関心が共通しているという。そしてそこに「形式化と抽象化」の果てに袋小路に陥った現代の数学的思考を「ただ受容するのではなく」、「そこに自前の思想的文脈を与えてやる」可能性が顔を覗かせていると考えている。「間違う可能性」そして「わかる」ことの身体性ということばが心に残る。
 ベルクソンも、フッサールも、数学からはじめて哲学に転じている。小林秀雄は、ベルクソンを論じ、ハイゼンベルクにふれる「感想」というエッセイを数年にわたって書いて、壁にぶつかり、そのあと、『本居宣長』を書き起こしている。逆のほうから歩いてきたこの若い人は、小林の「感想」を、どう読むのか。そんな期待と楽しみもある。今回の授賞で、何となくこの賞が、賞の「初心」と出会った、という感じがしている。

新時代の第一歩

養老孟司

 授賞が決まって、たいへんに嬉しい。若者に元気がない。そんなことがいわれる時代に、これが新時代の第一歩になればいい。心からそう思う。
「数学する身体」とは、きわめて大きなタイトルである。なぜか。究極的には「個と普遍」を扱うからである。
 数学は強い普遍性を持つ。私はそれを「強制了解」と呼んできた。いったん作ってしまえば、数学の命題は成り立たざるを得ない。だからふつうは数学なんて「考えない」。強制は誰だって嫌だからである。とくに文系の人はそれを嫌う。さらに文学は個からはじまって、普遍を目指す。逆に数学に個はない。常に普遍である。だから数学者の津田一郎は「心はすべて数学である」と書いた。森田さんにもその種の感覚がある。それに近いことが本書にも書いてある。
 人の個とは身体である。だから「数学する身体」とは、普遍と個という古来からの問題に直面している。数学は普遍からはじまる。つまり公理からはじまる。むろんそれはじつは噓で、公理は最後に出てくるのだが、ともあれ公理にはじまることになっている。つまり個より普遍へという文学と、普遍より個=身体へという数学とは、いわば逆のベクトルを持つ。それをやがては統合しようとする試みこそが、本書の特質であろう。
 個と普遍という大問題を、若い人が正面から取り上げる。いまどきこんなことをするのは、好漢森田真生しかいない。年寄りはそう思う。これがどこまで発展するか、しないのか、それはもうわからない。でもだれかが考えていなければならない問題であることは、はっきりしている。私はそれを著者に託したいと思った。私自身はもう歳だから、手も足も出ないのである。

突然炎のごとく

関川夏央

 大学へ入って間もない頃というから二〇〇四年頃と思うが、森田真生氏は古書店の数学書の棚で岡潔の文庫版『日本のこころ』に巡り合った。それはたちまち森田氏の心をとらえ、文系から理系への転換、あるいは「数転」するきっかけとなった。
 岡潔は、数学の中心にあるのは「情緒」だ、といった。
「肝心なことは、五感で触れることのできない数学的対象に、関心を集め続けてやめないこと」で、「自他の別も、時空の枠すらをも超えて数学に没頭しているうちに、『内外二重の窓がともに開け放たれることになって、〝清冷の外気〟が室内にはいる』、それが数学の喜び」なのだ。岡潔の「情緒」を、森田真生はこのように描写した。
 岡潔は一九二九(昭和四)年、二十八歳でフランスへ留学した。パリでは一歳年長の実験物理学者、雪の結晶研究の中谷宇吉郎と知りあい、少し遅れて留学してきた宇吉郎の弟、考古学の治宇二郎と親しんだ。
「日本が(西洋の)有形の文化を取り入れることができたのは、無形の文化を持っていたからである。いともたやすくそれができたのは、この無形の文化が非常に高いからである。この無形の文化を私は日本的情緒といっているのである」
 こちらは岡潔『数学する人生』(森田真生編)のうち、三十四歳で早世した治宇二郎を回想した一文から引用した。岡潔は自分を、道元、芭蕉、漱石、寺田寅彦、芥川龍之介の「無形の文化」、または「日本的情緒」の系譜の末に置いているが、日本人だからこそのアプローチを試みる考え方は治宇二郎から受けた刺激によって芽吹いた。
 遅れて到着した岡潔の妻ミチと三人でフランス各地を転々としながら、研究の主題をもとめて過ごした懐かしい日々の記憶の記述は、フランソワ・トリュフォーの映画『突然炎のごとく』を連想させる。
 いまだ岡潔の考えをよく理解できない私だが、まさに「突然炎のごとく」森田氏の心を摑み、やがて「独立研究者」のまま彼に『数学する身体』を書かせた岡潔の「情緒」には、強く興味を引かれる。

数学を語る言葉の身体性

堀江敏幸

 紙と鉛筆を手にして数字を書き、計算をはじめる。数式を並べていくのは書くという作業をともなう身体的な行為だが、それが脳内でなされた場合には、思考と呼ぶ方がふさわしくなる。では脳内で処理し得ない部分が行為となり、それ以外が思考になるのかと言えばそうではなく、じつはどちらも行為なのであって、思考と行為の境目は、身体を通したとき曖昧になる。
 そこまでは、数式ではなく手書きで文字だけを記す者においても、あたりまえの感覚である。しかし、古代ギリシアの数学者たちがアラビア数字の発明以前の存在であって、「図」と「自然言語」以外の道具を持っていなかったという歴史的な事実が、安易な思い込みを突き崩す。著者は、常識を丁寧に解体し、必要最小限の、それこそユークリッドの『原論』を文章化したような行文で「数学という行為」の原風景を鮮やかに示すと同時に、「数学という行為」を語る言葉そのものに宿らざるを得ない書き手の身体性をも、頁のうえに湧出させた。
 本書で「おこなわれている」のは、数学を身体から切り離し、徹底的な抽象化の末に生まれたコンピュータの、状況に左右されない完璧な「計算」の正しさとありがたみと可能性を、諦念とともに認めたうえで、なおそこに一種の良心に似た身体の回路を組み込もうとする試みである。アナログ的思考=行為のみが、抽象の飛翔を助け、かつその暴走に歯止めをかけうるのだ。
 文中で紹介されている人工知能の、自動学習回路を用いた「人工進化」の実験は、その意味できわめて興味深い。本来ならば排除される「電磁的な漏出や磁束」などのノイズがむしろ有用と判断され、回路からはずれたこの機能の引き継ぎが「進化的に」なされたというのである。著者はそれを人間の頭脳と身体の関係になぞらえ、「数学的自然」のうちに身体と数学を統合し、「零から」ではなく「零まで」の重要性を説いた岡潔を引き合いに出す。したがって、第四章は著者の思考=行為の核であり、ノイズともなる。数学的な自然のなかで無農薬栽培のように種の生命力を生かし、身体をフル稼働させることが当然だった時代の生活のなかで数と自己を見極めた異能の先達の言葉をなぞらず、それに匹敵する自身の「行為」の軌跡をいかに引いてみせるか、それが若き思想家の将来に求められた究極の課題となるだろう。

数学が身体を求めていることを知らずに――

橋本治

 私には数学が分からない。だから森田真生さんの『数学する身体』も、根本のところでよく分からないが、でも、半分は分かる。それはこの本の「数学なるもの」を説明する部分で、意外なことに岡潔が登場する第三章以後がよく分からない。よく分からないのは、私が数学者を「抽象的な観念の世界に住む人」と思っていて、そういう人がなぜ「心」を必要とするのかがよく分からないからだ。そう思って、この本を読んだ後で今から五十年も前に行われた小林秀雄と岡潔の対談―『人間の建設』を読んでみた。
 この時点で、岡潔は既に「数学は抽象的になった」と嘆いていて、これに対して「数学というものはもともと抽象的な世界だ」と思っている小林秀雄は、「抽象的な数学が、更に抽象的になるというのは、どういうことか分からない」と疑問を呈している。
 これに対する岡潔の答は、「数学は抽象的な観念だが、更に抽象的になると内容のない観念になる。しかし、内容のある抽象的な観念は、抽象的と感じない」で、そう言われると、私は分かる。数学者ではない私にはその「内容」が見えないが、「ある一線を越えてしまえば、抽象的な観念が内容を失って、観念だけで自立してしまう」ということはよく分かる。
 既に数学は五十年前に「内容」を失っていて、それでもまだ「数学」として存在しているということなのだろう。だとしたら、若き数学者は数学に「内容」を取り戻さなければならないはずで、『数学する身体』とは、それを語る本だと思った。
 私にとって「考える」ということは、身体的な発明に似たような行為で、あまり脳の独占的な行為ではない。でも今や、「考える」ということは「内容のない観念へと向かう大脳の営み」のようなものになっていて、多くの人がそれに気づかない。抽象的で更に内容のない観念は、数学以外にも広がって、そこで人は「救い」を求めているのだなということを、私はこの本で知りました。

 


 

 
『数学する身体』森田真生