ある日ポルトガルの小さな村に、巨大な物体が落ちてきた――。ポルトガル語圏のブッカー賞とも呼ばれる「オセアノス賞」を受賞した『ガルヴェイアスの犬』は、たくさんの村人たちと犬たちの物語が織り成す長篇小説。刊行を記念して来日した著者ジョゼ・ルイス・ペイショットさんと、作家の中島京子さんに、「土地」について、「記憶」について、そして「犬たち」について、たっぷり語っていただきました。

 
 

誰にでもある原風景

中島     ペイショットさんの『ガルヴェイアスの犬』、旅先で読ませていただいたんですが、ページを開くとピッとスイッチが入って、頭の中が一気にガルヴェイアスになるような感じでした。たくさんのエピソードを、のめり込むようにして読みました。純粋に物語を楽しむ喜びがあって、小さいころに語って聞かせてもらったお話みたいでした。ちょうどこの小説の中で、ギニアビサウの子どもたちがお父さんの話をねだって聞いていたように。

ペイショット 私も中島さんの『小さいおうち』をフランス語版で、深く共感しながら読んだので、いま中島さんがおっしゃった言葉のひとつひとつに「私もですよ」と言いたい気持ちです。私たちの2冊の本はまったく違うものですが、とても大事なテーマ、「記憶」というテーマを共有していますね。記憶というのは文学においてとても重要な要素で、それはつまり私たちひとりひとりが持っている歴史です。記憶という要素無くして文学を書くことはできません。そのことをこの2冊の本ははっきりと示していると思います。

中島     書名にもなっている「ガルヴェイアス」というのは、ペイショットさんが育った村の名前なんですよね。ペイショットさんのブログで、村の写真を見ていたらすごく楽しくて。実際の村の光景を知ってから作品を読み返すというのも面白いですね。私の育った東京は、風景がかなり変わってしまっているんですが、ガルヴェイアスの風景はあまり変わっていなさそうで羨ましいと思いました。

ペイショット 今度ポルトガルにいらっしゃるときには、この小説に出てきた場所のひとつひとつ、ぜひ一緒に訪ねましょう。この本の舞台はおっしゃるとおり、私の生まれ育った村、くっきりとした輪郭を持った実在の土地です。また一方で、それは記憶のシンボル、私たちみんなが持っている場所でもあります。このことが作品の重要な特徴のひとつです。
 皆さんにも、生まれ育った場所があり、初めて言葉の意味を知った場所があるはずです。ある人にとっては東京の一角かもしれませんし、あちこちを転々としたという人もいるでしょう。初めて何かをした場所やその時間というのは、その人のその後の人生のすべてにとって、とても大事なものです。その上に、私たちはいろいろなものを積み重ねていきます。その場所と時間を思い返しながら、記憶を思い返しながら生きていく。
 ある読者からかけられた言葉がすごくうれしかったんですが、彼女は私の10歳のときの声が聞こえたと言ってくれたんです。本の中では1984年のできごとが綴られていて、そのとき私は10歳でした。実際私はこの本を、10歳のときの記憶を辿って書いたんです。

中島     それはすごく面白いですね。『小さいおうち』は、調べ物をたくさんして書いた本です。1930年代から40年代が舞台で、モチーフになっている小さいおうち、あの赤い屋根のおうちは、私の祖母のうちなんです。家に入るとまず洋間があって、それから和室がある、当時よくあった和洋折衷のおうちです。その記憶は私にとってとても大事なもので、小説を書くときに、何かこう、種のようなものになった。いまペイショットさんがおっしゃったように、ある記憶を繰り返し思い出しながら、人は生き、作家は書く。それは本当にそうだなと思います。

ペイショット いまお話しした、私自身の記憶とこの本の関係というのは、この本を読む上で読者がどうしても知っておくべきことというわけではありません。中島さんのこの作品についても、ご自身の体験と関わりがあるのかどうか、本には書いてありません。でも書いてはいなくても、中島さん自身の血の通った何かを、私はこの本の中に感じます。作品の中にある風景とか人物を、著者は冷めた目で眺めているのではない。それもこの2冊の共通点かもしれません。

小さいおうち (文春文庫)
中島 京子/著

1984年という年

中島     さきほどお話に出た1984年というのは、小説を読んだり書いたりする人にとっては、記号のような年でもありますよね。つまり、あのジョージ・オーウェルのあの小説の年です。それが別にこの小説と何か直接関係しているという印象は、とくに持たなかったんですが。あるいは、ご自身の体験された1984年のことが何か入っているんでしょうか。

ペイショット 1984年という年については、実はオーウェルの作品とは関係ないのですが、ポルトガルの近代史の流れの中で、舞台にするのに相応しい年と思えました。私が生まれた1974年はポルトガル史の流れの中では非常に重要で、50年ほど続いた独裁政治の終わった年でした。独裁政権の最後の13年間で、ポルトガルはアフリカにある3つの国と戦争をしました。国際的に孤立し、非常に貧しかった。兵役もありましたし、政治犯として逮捕される人もいました。そういったことすべてが、私の前の世代の人たちにとっては強く記憶に残っています。その独裁政権の終結によって、ポルトガルの国内情勢というのはものすごく大きく変わりました。
 私の本は、村の中のできごとだけを描くものですので、国の中がもうだいたい落ち着いていた時期が良いだろうと思い、1984年を選びました。2年後の86年にはポルトガルはヨーロッパ経済共同体に加盟し、それによって国の歴史がまた大きく動きます。ガルヴェイアスのあるアレンテージョ地方にとっても重要な転換期でした。
 ここに書かれている人々の話は、こまごまとした個人的な物語ですが、結局それは国全体の話でもあります。そして、それはポルトガルだけではなくて、世界中の国のこまごまとした暮らしを表していると思います。
 私のほうからも質問させてください。あらゆるストーリー、あらゆる物語はすでに語り尽くされてしまった、というような言い方をたびたび耳にします。そうかも知れませんが、でも私は、あらゆるやり方で語られたとは思わないんですね。なので、私は中島さんがこの本をどのように組み立てたのかを伺いたいんです。この作品もちょっと変わった組み立て方をしていると思うんですが。

中島     そうですね……あらゆる物語が語り尽くされてしまったのかどうかはともかく、たとえば日本の歴史の中で、ある戦争の時代を語るときに、政治家や軍人など、国に責任のあった人の立場から書かれるようなことが多かったんですね。教科書でその時代のことを習うときにも、何年に日本が中国を侵略して、何年にはアメリカと戦争を始めて、何年に敗れて、その時期には言論統制が強くなっていったとか、そういう視点からの歴史を教わるんです。事実としてはそのとおりなんですが、でもそれは私がおばあちゃんから聞いていた話とはまたちょっと違うんです。たとえば戦争のはじめのころには、おばあちゃんはけっこうオシャレをしていて、銀座とか日本橋に買い物に行ったりしていた。あそこの何がおいしいとか、今年の着物はどういう柄が流行っているとか、そんなことを言って生きていたんです。教科書や、歴史の先生の書いた本や、あるいは小説であっても大きな視点で語られるものと、あのおばあちゃんの感覚で語られたものの間に齟齬があって、これは何なんだろうと感じたことが物語の出発点になりました。
 どちらが正しいというのではないと思うんです。どちらも本当にあったこと。だけど、東京に暮らしていた庶民の奥さんとか子どもとかは、どんなふうにその時代を生きていたのかなというのを私自身知りたくなって、それを書こうと思ったんです。そこに現代の男の子の視点が加わってくるのは、やはり私自身のその齟齬への戸惑いのようなものを表してくれる人物が必要だったというところもあったと思います。

ペイショット とてもよくわかります。私の本の舞台は1984年ですが、でも非常に伝統的なポルトガルを扱っています。その伝統的なポルトガルというのは、1974年にポルトガルが民主化されて世界に扉を開いたときに拒否した類のものなんです。女の人たちが黒い服を着て、黒いベールを被っている、ポルトガルに染みついていたそういうイメージを、90年代に入ってEUの仲間に加わったポルトガルは、独裁政権時代の古いものとして拒否した。ただ私は、黒い服を着た未亡人のおばあさんが、見た目どおりの単なる暗い人ではないということを知っているんです。話してみるとすごく面白いおばあさんだったりする。
 私はそういう昔のポルトガルを違う視点から見たいと思いました。遅れているとか古臭いとかいうイメージを取り去って、本当の文化としての伝統的なポルトガルというものを見つめたいと思った。それはある意味、文芸的なタブー、人々が目にしたときにちょっと気まずくなって口を閉ざすようなものでした。文学は、集団的な記憶を指向するものです。人々の考えはどんどん変わり、流れていってしまいますが、それに形を与えて見えるようにするのが文学です。

中島     私自身、その時代を通り過ぎて生きてきた実感として、やはり80年代の終わりぐらいから世界がすごく変わったと感じます。そのあとにグローバリズムの動きが進んでいって、その国らしさみたいなものが、日本も含め、世界中でなくなっていく。この作品の舞台はその兆しが見えてきたころですね。いまペイショットさんのお話を聞いていて、たしかにそういう時代だったなと深く納得しました。

ペイショット 『ガルヴェイアスの犬』の中の1984年のアレンテージョにも、外国のものが押し寄せてきています。もうこの地域も純粋なポルトガルという感じではなくなってきていました。

中島     アメリカのテレビドラマ『ダラス』を見る話も出てきましたよね。

ペイショット そう、『ダラス』は私も見ていました。それから、ブラジルのテレビドラマもあのころ始まって、毎日放送されていました。すごく人気があって、ポルトガルの習慣に大きな影響を及ぼしたと思います。

翻訳とは「橋をかけること」

中島     私はこの本を読んで、皆さんもそうだと思うんですけど、自分の世界とはまったく違う、ぜんぜん知らないところの話なのに、なんだかなつかしいような、自分の知ってるおばあさんやおじいさんが出てきているような気がしたんですが、それは読者自身の背景にあるもの、その人自身の持っている文化のようなものがなつかしく思い出されるからなんだろうと思います。いまお話を伺っていて、そのことに改めて気づかされました。

ペイショット 比較文学というのは、文学を学ぶ上でとても大事な方法ですね。私は中島さんの本をまだこの一冊しか読んでいませんし、たぶん中島さんも私の本は一冊しか読んでいないはずで、つまり私たちは、お互いの一冊分しか知らないんですが、私たちの作品には共通するものがある。翻訳のおかげで、二冊の間に橋がかかっていると感じます。
 私は中島京子さんのこの本をフランス語で読みました。日本語で書かれているのに。そして、私の本はポルトガル語で書かれているのに、中島さんは日本語で読んでくださった。いまも私がポルトガル語を話しているのを、中島さんは日本語で理解していらっしゃる。私はこのことに大きな意味を感じます。

中島     翻訳や通訳の過程で、何かなくなるものとか、逆に何か付け加えられるものもあるのかもしれないですね。

ペイショット 私は日本語を書けませんので、これ(日本語版)を書いたのはもちろん私ではありません。でもこの本は、私が頑張って書いた結果としてここに存在していて、そして私たちはお互い出会い、よく知り合うことができた。翻訳に対して偏見を持つ人もいるんですよね。「ああ、いま自分はオリジナルのものを読んでいるんじゃないんだな」という気持ちから抜け出せない。でも私は、そもそも作者が書こうと思っていることと読者が読むものの間には、翻訳書でなくても、常にある程度の距離があると思うんです。だから、翻訳や翻訳者に疑問を差し挟んだってしょうがない。翻訳には感謝しなければいけないと思います。

中島     本当にそうですよね、翻訳には感謝しています。こうして面白く読むことができるのは翻訳のおかげです。日本は翻訳に関しては長い伝統があって、大事にしている国だと思います。というのも、日本は外国のものを翻訳して翻訳して、自分の文化にしてきた国なんですね。そして、ポルトガルは日本にとって「最初の西洋」だったんですよね。そのポルトガルのペイショットさんの本を、こうして良い翻訳で読めるのはすごくうれしいです。

通訳:木下眞穂、清水ユミ
協力:ポルトガル大使館、紀伊國屋書店新宿本店

後篇につづく

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)
José Luís Peixoto /原著
ジョゼ・ルイス ペイショット/著
木下 眞穂/翻訳