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料理は基準

2024年9月6日 料理は基準

第1回 料理は基準

著者: 土井善晴

『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

 こんがりと焼いた茄子に、湯むきしたトマト。これが冷蔵庫に冷えていると思うだけで早く家に帰りたくなる。「焼きなす」「冷やしトマト」は夏のご褒美だ。私たちの日常の料理は、食材と基本調理の組あわせ。

 豊かな自然を背景に季節にある素材を生かし、何もしないことを最善とする、食材有りきの和食。健康効果を評価された暮らしの料理は、ユネスコ無形文化遺産に指定された。極めて加工度の低い「一次加工」と言える。

 ローマの友人が、我が家でカルボナーラを作ってくれた。ベーコンと卵、香ばしく空炒りした黒胡椒とローマから持参した二種のチーズの風味は格別だった。

 フランスの南西地方にカスレという伝統料理がある。起源を主張する複数の町それぞれに、材料、作り方、道具を規定するレシピがある。名はレシピによって守られる。

 オーブラックにある三つ星レストラン「ミッシェル・ブラス」。数十種類の野草、香草、野菜、茸を盛り込んだ美しい「ガルグイユー」(料理名)は有名だ。レシピの完成までに十数年の道のりがあったという。

 名とは人間の歴史の証明だ。旧約聖書で自然を支配する者とされた人間は、意思と創造力で大文明を築いた。フランスでは、他と違うオリジナル料理に対し、作者へのリスペクトを忘れない。無形文化遺産に指定されたフランスの美食文化は創意工夫の「二次加工」だろう。

 ヒトは料理によって人間になった(R.ランガム)。自然と人間をつないだ原初の料理は「自然の摂理」のうちにある。信じられるものを失った現代社会、自然と結ぶ原初の料理は、地球に生きる人間にとって、かけがえのない基準となる。

 

 

*本連載は、日本経済新聞の夕刊紙上で2024年1月から7月まで土井善晴さんが連載された「あすへの話題」を引き継ぐ形で、ご自身で綴られた文章をお届けしていきます。2回目以降は、7月末に書かれた文章から順次お届けいたしますので、ご期待ください。

 

*次回(第2・3回)は、9月13日金曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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