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料理は基準

2025年2月7日 料理は基準

第25回 お正月(12月21日筆)

著者: 土井善晴

一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。

 お正月は、今も私たち日本人の大きな節目だ。

 日本列島に住む私たちは、元日みな平等にお年玉をいただいて一つ歳を重ねてきた。つまり元日はみんなの誕生日。正月の三が日は幼虫から、蝶(成虫)になる間の(さなぎ)の状態だと考える。屠蘇(とそ)をいただいて、生まれ変わって、新しい自分になるチャンスなのだ。

 新年を気持ちよく迎えるために、暮れに住まいをきれいに掃除して一年の始末をつける。新しい玉(魂)の餅さえあれば年が越せる。玄関まわりをきれいにし、しめ縄や松飾りをして、鏡餅をお供えして、歳神様をお迎えする。

 我が家では、元日の朝は寝坊する。顔を合わせたときは、普段通り「いいお天気だね」で済ます。

 そこから屠蘇の祝いへ。年少の家族から順々に、両手にのせた杯に注ぐ。改めて家族ひとりひとりと顔を合わせ、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」と、それぞれお屠蘇をいただいて新年のご挨拶。祝いのおかずであるおせちがあれば、雑煮の具は少なく。おせちがなければ、具沢山の雑煮に仕立てる。雑煮はお正月の一汁一菜、だから雑煮だけでもよいのだ。

 徳島の祖谷(いや)で雑煮を食べたことがある。稲作のできない山間では、土地にあるものだけで雑煮を作る。祖谷では、餅がわりに大きく拍子木に切った石豆腐を、芋、大根、人参、椎茸、牛蒡のお煮しめの煮汁で煮る。椀に芋や人参を入れ一番上に豆腐を十文字に重ねて盛る。思い出すと今も、祖谷の雑煮の美しさとおいしさに心が熱くなる。だしはなんですかと聞いたら、牛蒡だとおっしゃった。

 雑煮があればよい。あとは家族が好きなものを、できれば用意してやりたい。

 三が日は蛹になって、心身を休める。

 

*次回は、2月14日金曜日配信の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

土井善晴

1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。


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