2019年11月1日
南伸坊&養老孟司の「虫展」ツアー!(前編)
21_21 DESIGN SIGHT(東京・六本木)の「虫展―デザインのお手本―」は数ある昆虫展の中でも、一風変わった展示だ。独特なデザインの観点はもちろん、なにしろ企画監修したのはあの、虫好きで知られる養老孟司さん。展示に標本そのものが非常に少なく、昆虫をいかに人間が見ているか、そこに力点が置かれた内容となっている。その養老さんが「いろいろな人に見てもらって感想を聞いてみたい」とのことで、「それではどなたに?」と伺うと「南伸坊さんには見てもらいたいなあ」というお返事。それならと、行ってきました!
養老:お呼び立てしてすみませんね。
南:いえ、喜んでやってきました~。
養老:ちょうど南さんの『私のイラストレーション史―1960-1980―』(亜紀書房)っていうのを読んでね。あれは面白かった。
南:ありがとうございます。
養老:書評を毎日新聞で書いたんだけど、子供時代から南さんが「どうものを見てきたか」がよくわかってね。なにより南さんの独特で愉快な構えは、小さいころからだとわかった。楽しくて笑いながら読みましたよ。
で、最近はといえばこちらはこんなこと(「虫展」のこと)をやってましてね。
南:はい。
養老:さっそくですけど、グダグダ行きますか。何か見て学んでやろう、というのではなく気楽に見てくれればいいなと思っていてね。それが南さんの「構え」とぴったりだと思ったわけ(笑)。だから説明しろって今言われているのだけど、そう言われても、だいたいが展示っていうものは説明が必要ないようにあるはずのものでしょう。
南:字が書いてあると僕は読まないんです。クセで(笑)。
小檜山:こんにちは。よくいらしてくださいました。
展示の大きなコンセプトとしては、人間と昆虫では20万年と3億7900万年で、生物としては歴史が違いますよねということと、人間は1種類、昆虫は何万種もあるよということで昆虫は多種多様で、その中でも甲虫が多い。この2つがポイントかと思います(昆虫写真家の小檜山賢二さんは、「虫展」に作家として参加しつつ、裏方としてディレクションの手伝いをされた。この日は養老さんの説明アシスタントとしてご登場。今回は他に、展示の参加作家である小林真大さん、ディレクションを務めた館長の佐藤卓さんも同行してくださった)。
養老:ゾウムシはその中でも多いわけ。6万種とかなんとか言っているけれど、全体がわからないんだからしょうがない。
南:「ヒトは1種だけなのに対し、昆虫はまだ見つかっていないものも含めると、300万~1000万種いるとも言われています」と説明書きにありますね。300万から1000万、っていうのは要するにわからないってことか(笑)。いい加減だってことですよね。
養老:そうそう、わからないものを相手にしているという態度が大事です。
熱帯雨林で、上から下まで1本の木にどれくらい昆虫がいるかを調べた人がいます。その木にいたのは1500種、そのうち600種はその木の固有の虫でした。熱帯には5万種の木があり、どの木にもいる種はこれくらいで、と掛け算すると3000万種になった。だからその人は3000万種だという。ロンドン・リンネ協会が出しているのは500万種だったかな。
南:なるべく多くしたい人が多いらしいですね。景気がいいからですか(笑)。
養老:とにかく多いってことで。
南:これは?
養老:この大きいのは佐藤卓さんが最初からずっとやりたいと言って実現したものなんです。もともと5ミリしかない現物だけれど、小檜山さんの精密写真でここまで細部が確認できたというわけです。
南:大きいですね。このサイズで一体まるごとを作ったら、みんな見に来るんじゃないですか?
養老:全身を作ったら天井を突き破っても足りないから、脚だけで我慢したみたい。
小檜山:なんと、この脚は全て取り外しが利くんですよ。
南:このくらいのサイズにして、養老先生はいつも電子顕微鏡でゾウムシを見てるんですよね。
養老:そうね。これは700倍に拡大したものです。なにしろ相手(養老さんはゾウムシを研究対象とされている)が小さいので、例えば顎の部分の動きなんて立体視しないと見えないところがあるから、3Dでゾウムシをどんどん作ってもらおうと思っているんです。粘土で自分で作ろうかと考えたこともあったのですが、なかなか暇がなくて難しい。ゾウムシの口は種類によって結構違うんですが、その形を見たいんです。
南:3Dプリンターってのがあるから……。顔が象みたいな形だからゾウムシなんすよね。
養老:このサイズでも口の部分は見にくいくらいですけどね。拡大しつつ細部までこだわって作るというのはデザインをする人の憧れなのかな。意味ないでしょう?
南:意味っておっしゃいますと?
養老:意味がなくていいんだよ。どうすんのよこれ(笑)。でもさ、意味を求めすぎるからみんな疲れるんじゃないのかな。こういう役に立つ、こんな意味があるってそればかり。
南:あはは、それは賛成です。意味カンケーない。
養老:電子顕微鏡を毎日のように眺めていて思うのだけれど、人間は拡大して見ることで世界をわかった気になるでしょう。それがとんでもない、わかっちゃいないんですよ。700倍になったらその分だけ見る詳細が700倍に増えるということだから、世界が700倍に拡大して際限が無くなります。わからなくなるばっかりで、進歩なんかしないですよ、うっかりすると。自分を700倍にしたらどうなりますか。おもしろいもので、人間はそこを忘れてしまう。部分を大きくすると全体が見えなくなるのを忘れている。逆に見ていないものを省略することでよくわかったと言っているんです。
南:そうですね。
ん? なんかあそこは人が多いですね、なんだろう。
養老:ここは「世界の珍虫奇虫」です。この展示作品「虫の標本群」では珍しい標本をそのまま見せるコーナーなんです。「拡大」と「そのまま」を比べながら見るのがいいでしょう。
南:これ、キレイですねぇ、すごいなぁ、ものすごくヘンなのがいますねぇ。標本がすごくテイネイだなぁ。
養老:標本制作は多摩美大の福井敬貴さんがやってくれました。左右対称できちんとしている、対称性にこだわりがあるんでしょう。
南:これすごいですね。もはや作り物みたいに見えますね。
養老:こんな無駄なもん「意味がない」からふつうは作らないですよ(笑)。虫って「意味なし」の最たるものですよ。なんでそうなるのかわからないもの。
南:伊野くんもこれ見たほうがいい(イラストレーターの伊野孝行さんも同行された。南さんとはこんな連載をされていた)。意味ないよー!
伊野:世界の虫たちは派手でいい加減ですね〜日本の虫は真面目に見えます(笑)。
南:世界中から集めてきたものなんですね(名称や産地は横のパネルと参照できる)。
小檜山:九州大学の丸山宗利さんなど多くの方が協力してくださっている標本です。
南:あの蝶はなんで羽が伸びちゃっているんだろう?
養老:スソビキアゲハね。
南:ヘンですねぇ。
養老:なんでこんなのがねえ。あ、違いますね。これはヒメベニオナガミズアオです。似ているけれど違う種です。
南:あ、これは「バイオリンムシ」でしたよね。色もバイオリンそっくり、もう名前は「バイオリン」でいいんじゃないですか(笑)。これはトンボ?
養老:トンボじゃないよ! へビトンボ。
南:え? トンボじゃないんですか?
養老:不思議な虫がいるよね。変なのばっかり集めているんだよ。これ、なあんだ?
南:?
養老:カメムシ。フニャフニャしていやがるんだから。
南:先生、嬉しそうです。
小檜山:このペースだと終わらないので次に行きましょうか。(隣の展示スペースへ)
これはカブトムシの外骨格を輪切りにしたものです。
南:えーと、大変なことになってますね。
小檜山:理化学研究所で実物をスライスし、モデル化して出力したものです。
南:3Dプリンターで?
小檜山:そうです。
養老:スライスと言えば、私の知り合いに、ドイツ人でグンター・フォン・ハーゲンスという解剖学者がいるんです。現役時代に解剖学会で出会って以来の縁なのですが、去年の秋にドイツの彼の工房に行ってきたら、最近「切る」ことになんでも凝っているのだとか。古い戦車を買ってきて真ん中で切ってました。真っ二つの両片の間に体を入れて歩けるのだけど、体の両側にある左右がぴったりと合わさる不思議さ。車でも同じことをやっていました(笑)。
南:あははは(笑)。
養老:サボテンが部屋に100以上並んでいるから何かと聞いたら「サボテンは切れるから(切った後の断面積が大きいので切り甲斐がある)!」って(笑)。
南:わっはっはっは。
(一同笑)
小檜山:今度は部屋を移って、昆虫ミュージックビデオです。
南:これは小檜山さんの写真が元になっているのですか?
小檜山:ほとんどは丸山さんのものです。私のは3Dモデルが主体です。
養老:これはいいよね。例えば触覚が似た形の異なる種類の虫をいくつも音楽と合わせて映し出すことで、注意して区別しつつ「見る」ことができて、細部を比べることが楽しくできる。一つの昆虫映像を拡大する時に視線の注目を部分にうまく集めて興味を喚起できる。それぞれの形態が視野に、視覚に美しく入ってくる。ずっと見ていたい映像です。
南:気持ちいいすね。あきませんね。
写真 青木登(新潮社写真部)
バナーに使用した「キアミメオオカメノコハムシ」写真 小檜山賢二
~展示情報~
会期は11月4日にて、大好評のうちに終了いたしました。展示は他にも数多くありますが残念ながら紹介しきれていないこと、ご承知おきください。
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南伸坊
みなみ・しんぼう 1947(昭和22)年、東京生れ。漫画雑誌「ガロ」の編集長を7年間務める。1980年からフリーのイラストレーター、エッセイストとして活動を開始。路上観察学会の結成に参画するなど旺盛な好奇心を持つ。著書に『大人の科学』『仙人の壺』『本人の人々』など。
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養老孟司
1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。著書に『唯脳論』『バカの壁』『手入れという思想』『遺言。』『ヒトの壁』など多数。池田清彦との共著に『ほんとうの環境問題』『正義で地球は救えない』など。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 養老孟司
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1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。著書に『唯脳論』『バカの壁』『手入れという思想』『遺言。』『ヒトの壁』など多数。池田清彦との共著に『ほんとうの環境問題』『正義で地球は救えない』など。
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