2019年11月6日
ブレイディみかこ×金原瑞人 「他人の靴」で常識を飛び越えろ!
第1回 度肝を抜かれた中学校のクリスマス・コンサート
著者: ブレイディみかこ , 金原瑞人
ブレイディみかこさん『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が「2019年ノンフィクション本大賞」を受賞したのを記念して、「考える人」では、翻訳家・金原瑞人さんとの対談を3日連続掲載! イギリスの若者を取り巻く状況、日本の若者の未来、他者への理解などについて大いに語っていただきました。
金原
ブレイディさんにお会いするので、きのうセックス・ピストルズを久しぶりに聴いてきました。
ブレイディ
あ、そうですか。対談に向けて気持ちを盛り上げて……(笑)。私、ムカついた時に聴くんですよ。一年に二回か三回はうわーっと飲みながら聴きます。
私の本の中で一番音楽が出てくるのは、実は『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(以下『ぼくイエ』)かもしれません。
金原
『ぼくイエ』の最初に出てくる、中学校でのクリスマス・コンサートで、治安の悪い地域の団地に住む美少年が自作のラップを歌うシーンがいきなりクライマックスのようで、心をつかまれました。
この本は、ブレイディさんの息子さんがカトリックの非常に優秀な小学校から、校風がまったく正反対である、元底辺の中学校に入学するところから始まります。それからクリスマス・コンサートになって、男の子のラップが出てくる。あのシーンを本の冒頭に持ってくるという構成が非常にうまい。
ブレイディ
つかみはオーケーでしょうか(笑)。でもあれはすべて実話で、時系列そのままの順番です。
まず、中学生が
♪父ちゃん、団地の前で倒れてる
母ちゃん、泥酔でがなってる
なんていうラップを披露していいのかと思いますよね。でも明らかに観客の半分ぐらいがノリノリ。その子も上手いし、スター性があるんです。
金原
眉を剃っていて、爬虫類みたいな容貌のコワモテの少年だったんですよね。
ブレイディ
最初にジョニー・ロットン(セックス・ピストルズのリード・ボーカル)を見たときぐらいの、この世のものじゃないと思わせるようなオーラを持った子なんですよ。ひょろっと細くて。彼もナメ切った感じで歌っている。それを先生たちが「うちの子すごいでしょう!?」と言わんばかりに大盛り上がり。普通の学校ではありえない光景だと思いますが、先生たちが拍手喝采している様子を見て、私は泣きそうになりました。
そのときのクリスマス・ソング集のCDがあるのですが、彼のラップが大トリに収録されていたのも、先生たちの思い入れが伝わってまた涙が出る。いい学校に入れたなと、改めて思いました。
クリスマス・コンサートでは、クリスマス柄のダサいセーター、いわゆる「アグリー・セーター」をみんな着なきゃいけないんです。ラップを歌っていた子もテディベアがサンタの格好をしているセーターを着ていて、まったく似合わない(笑)。ふだんは真面目な先生たちもそれを着てCDを売っている。そういうユーモアがまさにイギリスだなと思いましたね。
金原
そういう感覚はしっかり根づいているんでしょうね。
ブレイディ
本には書きませんでしたが、その子がラップを歌った後、最後に先生たちもバンド演奏をしました。最後は向こうですごく有名な「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」というクリスマス・ソングで締めるんですが、クリスマス・イヴにアイリッシュのカップルがひどい罵り言葉で喧嘩をするけど、それでもまたやっていこうという歌。先生たちが演奏し始めたら、保護者がみんな立ち上がって一緒に歌い叫ぶ。カトリックの学校では、クリスマスは教会に行って聖歌を歌います。それが普通ですが、まるで正反対(笑)。
金原
しかも、ラップの最後のしめくくりがザ・スミス。「万国の万引きたちよ、団結せよ」!
ブレイディ
「SHOPLIFTERS OF THE WORLD UNITE」って、えー!?(笑)
金原
そのあたりは先生方や保護者のほうがグッとくるんでしょうね。よくこんなのを持ってきたなと。
というわけで、『ぼくイエ』を立ち読みするにしても、そこまでは読んでほしい。そこまで読んだら、あとは買わざるを得ない。クリスマス・コンサートの1シーンだけで、短編としてもよくできていて、本当にノンフィクションかなと思うくらいです。
ブレイディさんは、翻訳者としても素晴らしい。金子文子、エミリー・デイヴィソン、マーガレット・スキニダーといった、約100年前に実在した3人の女性それぞれの壮絶な人生について書かれた伝記『女たちのテロル』を、『ぼくイエ』とほぼ同時期に刊行されましたね。これも相当に面白く刺激的な一冊ですが、金子文子以外は英語の文献がベースです。つまりそれをブレイディさんが翻訳、あるいは翻案している。
『ぼくイエ』も日常で交わされるあらゆる言葉が全部英語でしょう。それが的確な日本語になっているのは、翻訳者としてびっくりしながら読みました。英語の世界で展開している話とは思えないぐらい日本語にぴったりはまっている。物語の組み立て方もうまいし。
なにより、この書かれている内容が、普通の日本人はもちろん、階層によってはたぶんイギリス人も知らないようなことが次々に出てくるでしょう。今のイギリスでは「人種の多様性があるのが優秀でリッチな学校で、元底辺中学校は見渡す限り白人ばかり」という構図ができていることに驚きました。
2007年のアメリカ映画に「フリーダム・ライターズ」というのがあります。これはロサンゼルスの最底辺の高校が舞台なんですが、それこそ白人の生徒は絶滅危惧種くらい数が少ない。イギリスは全然違うんですね。
ブレイディ
今はロンドンがそんな感じだと思います。ロンドンはもう白人よりも移民のほうが多い。まだ(ブレイディさんの住んでいる)ブライトンは田舎だから、70~80%は白人で、外国人はマイノリティ。イギリスでは公立でも親が子どもを通わせる学校を選べるので、すごく真面目に学校選びをする。試験の結果や出席率などの詳細な情報がいろいろ加味された学校のランキングが、BBCや地方自治体のサイトに赤裸々に出ています。それを見ると、どこの学校が一番いいか一目瞭然です。優秀な学校は人種差別も少ないだろうから、そういうところを選んで子どもをなんとか入れるようにする。そういう学校ってだいたいカトリックか英国国教会の学校です。宗教校は厳しくて、親がきちんと教会に行って、神父なり牧師なりからちゃんと推薦状をもらわないと入れない。そういった学校に通わせている家庭はミドルクラスの家庭が多いから、そういうところの子どもがたくさん行っている学校に外国人も我が子を行かせたがる。そもそもポーランドとかもカトリックだし、アフリカ系やフィリピンなんかもカトリックの人が多いですからね。
金原
宣教師はほとんどカトリックが昔から多いし。かつ、そういうミドルクラスの保護者の人々は、ちゃんと神父にワインではなく、ウイスキーのボトルの付け届けをする。
ブレイディ
そうそう(笑)。それ、うちの近くの教会の神父なんですけどね。「何がお好きですか」と聞いたら、お酒好きだから「ボトルに入っているものなら何でもいただきます」と言うので、みんなお酒を……(笑)。
金原
そのあたりのリアリティが、読んでいて非常に鮮やかに伝わってきますね。それからもうひとつ、体制批判がしっかり根づいている。貧困や格差、労働問題といった階級政治の軸がすっかり忘れられてしまった点に歪みの根源があるという指摘がありますね。それはブレイディさんの『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』にも明確に現れていますが、そういう社会認識をはっきり持ったのは何年ぐらい前ですか。
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子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から
ブレイディみかこ
2017/4/19発売
ブレイディ
私はもともと政治に興味があったわけではなくて、イギリスで働いた経験の影響が大きいです。つらいことはあったけど、相互扶助の仕組みがしっかりしているのはさすがイギリスだなと思っていた。
ところが、そういった状況は、保守党がいわゆる緊縮財政を始めてから一変しました。財政支出をカットして地方自治体にも拠出金が入らないから、地方自治体も保育や教育への補助金をばさばさカットした結果、本当に情けない状態になった。
いろいろな人のムードや気持ちも変わってギスギスしてきたり、実際に物が買えなくなって、みすぼらしくなっていく。保育園児たちも、セロテープを貼りまくったせいで、透明なブックカバーをつけているのか何かよくわからなくなったような絵本を読まなきゃいけない。政治ってこんなに人の生活を目に見えて変えるんだなと初めてこのときに思い知りました。
これはつまりお金の問題だなと。それまでイギリスは「多様性を大事にしましょう」「差別をなくしましょう」というアイデンティティ・ポリティクスに傾いていた。その結果、貧困や格差の問題を重要視しなくなって、緊縮財政と言い出してお金を出さなくなった。社会の一番下のほうがどうなっているのかわからないから、そういうことができるわけですよね。こんなに世の中が乱れてきているのは、今そこにある貧困や格差を意識していないというか、そもそも上の方の人には見えていないというか……。
金原
見えていないのか、見て見ぬ振りをしているのかは僕もわからないですが。今のイギリスの中高生には、お互いの階級の差は見えているんですか。
ブレイディ
庶民的な公立の学校に行っている子たちには見えていると思います。とても貧困な子が身近にいるから。この本に出てくる、息子の同級生のティムの家は、シングルマザーで低所得家庭です。でも同じ学校にいる、ダニエルというハンガリーから来て、クラシックな差別用語を吐く子の家はわりと裕福。
だから移民のほうが貧しいとは一概に言えません。階級、階層の違いが、昔で言う労働者階級とミドルクラスとアッパークラスの違いよりもっと複雑になっています。
金原
後半で、生徒会長を務める中国系の男の子が出てきます。あの子は、自分と同じ東洋系の顔立ちをしたブレイディさんの息子さんを陰ながらずっと気にかけているし、正義感にあふれていて、政治的にもしっかりしていますね。
ブレイディ
労働党に入るとか今から言っていますものね。彼はチャイニーズ・テイクアウェイ(持ち帰り用の中華料理店)の子どもだから、配達などを手伝っています。彼のような白人ではないワーキングクラス(労働者階級)ヒーローもたくさん出てきている時代になっている。そもそも労働者階級イコール白人、というイメージがもはやおかしいのであって。
撮影 筒口直弘(新潮社写真部)
関連サイト
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』立ち読み
子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から
ブレイディみかこ
2017/4/19発売
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ブレイディみかこ
ライター・コラムニスト。1965年生まれ。福岡県出身。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』『ブロークン・ブリテンに聞け』『女たちのポリティクス』『他者の靴を履く』などがある。
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金原瑞人
かねはら・みずひと 1954(昭和29)年岡山県生れ。翻訳家、英文学者。法政大学社会学部教授。エッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーに、マティーニを教わった』のほか、ヘミングウェイ『武器よさらば』、モーム『月と六ペンス』、カート・ヴォネガット『国のない男』、アレックス・シアラー『青空のむこう』など訳書多数。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- ブレイディみかこ
-
ライター・コラムニスト。1965年生まれ。福岡県出身。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』『ブロークン・ブリテンに聞け』『女たちのポリティクス』『他者の靴を履く』などがある。
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