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ブレイディみかこ×金原瑞人 「他人の靴」で常識を飛び越えろ!

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ブレイディみかこ

2019/6/21発売

金原
 近頃、日本の若い人の政治離れがどんどん進んでいる印象があります。先ほどの中国系の生徒会長のような子が日本にはいなくなりましたね。政治家になりたいとか、政治畑に出て行きたいという若い学生はほとんどいない。若者にとって政治家は格好悪いみたいで、人気がない。

ブレイディ
 それもシティズンシップ・エデュケーションに関係しているでしょう。うちの息子はシティズンシップ・エデュケーションが一番好きで得意な科目みたいです。昔は「将来はフットボールのコメンテーターになる」と言っていたのに、最近は「政治家か弁護士になりたい」って。いやいや、それはめちゃくちゃ勉強しなきゃいけないから大変じゃないかなと言っているのですが。「政治の道に行って何をするの?」って訊いたら、「いやあ、貧困とかなくしたいし」と言うんですよ。

金原
 いいなあ。息子さんがどういうふうになるのか楽しみです。

ブレイディ
 私は自分の日常をこうやって書いて日本に紹介していますが、ひょっとすると日本には該当するような本がないから、いろいろな人から関心を持って読まれるのではないだろうかと思っています。金原さんからご覧になると、『ぼくイエ』のような本は、欧米だったらわりとあるのでしょうか。

金原
 どうなんでしょうね。ヤングアダルト(YA)と呼ばれる作品が出版されるようになったのはアメリカでは1970年代後半からです。社会的に見事に崩れた60年代のアメリカの社会の中で一番割を食ったのは子どもでした。そういう子どもを今書かずにどうすると、いわゆるプロブレムノベル(問題小説)が流行りました。両親は離婚、子どもは非行といった状況、あるいは10代の妊娠やドラッグの問題などの悲惨な現実をリアルに描いた作品が70~80年代にかけてたくさん出た。今でも当時ほどではないけれど、その手の作品は書かれています。
 ブレイディさんのこの作品はある意味そういう作品に近い。ありあまるほどある今の社会の状況を、ブレイディさんの息子さんの目を通して、我々にとてもわかりやすく提示してくれているわけですから。
 しかし、こういう中学校に通っている子どもを持つ親は多いけど、こういう本を書ける人はほとんどいないと思います。言ってみれば、ある地域の日常を同じように経験しても、こういう形にできる人はめったに現れない。その違いは何かというと、その人の持っている問題意識と、もう一つはそれをどう形にしていくかという、そのセンスかなあ。ブレイディさんは読者にウケるようにと思いながら書いているわけではないのに、できあがった作品がどれも異様に個性的で面白い。それはブレイディさんが身につけている表現力とセンスのよさと、普通の人なら見逃してしまうところを一つの問題として認識して、それをきっちりと表現する能力、あとユーモアの感覚が優れているからでしょう。

ブレイディ
 いやあ、恥ずかしいのでやめてください(笑)。

金原
 また、これほどの内容のものを次々に書ける人もいないと思う。『子どもたちの階級闘争』『ぼくイエ』『女たちのテロル』、どれもまったく違う話じゃないですか。

ブレイディ
 あまり小さい箱というか、枠に入れて整理されたくないんです。既成概念を壊していきたいというか。自分自身の書くものもジャンルレスがいいというか、あるジャンル特有の手法や文体や構成に囚われて書いていると息苦しくなるので。私は、何が書かれているかというより、どう書かれているかのほうが気になります。
 『ぼくイエ』は本当はティーンに読んでほしいんです。たくさんの若い人に読んでもらって、考えてくれたらいいなと思うんですけれどもね。

金原
 絶対そうだと思う。『ぼくイエ』は、YAとしてもまさにど真ん中の直球。ヤングアダルトにぴったりの本。
 つい先日、まったくアプローチは違うのですが、同じように胸をつかれた本を読みました。アメリカ在住の小説家・小手鞠るいさんが書いた『ある晴れた夏の朝』という小説は、アメリカの中学校でのディベートがテーマです。アメリカが日本に原爆を落としたのはよかったのか悪かったのか、二派に分かれてディベートする。
 主人公は日本人の女の子だからノーという立場を取りますが、ユダヤ系の子はイエスの立場。その子がこう言います。「私は原爆投下を断固、肯定します。なぜなら、当時の日本は、ドイツの同盟国であったからです。ナチス・ドイツの同盟国ですよ! 許せません、そんな国!(中略)戦争行為として、日本をたたくのは、当然ではありませんか。アジアのヒトラーを原爆でこらしめて、どこがいけないのですか?」そう言われて反論できるかという話。じつに本質的なところを突いています。そう言われたら確かにそうだよなあと思ってしまう。

ブレイディ
 読んでみます。そういう面白そうな情報って、外から入ってくるんですよね。

金原
 外のものを積極的に取り入れていかないと変わらないし、硬直化する一方です。

ブレイディ
 まさにそうです。80年代は、本や映像や音楽の情報が、海外から日本にリアルタイムで入っていたと思うんです。でも今は以前のように、翻訳本もリアルタイムで出版されていない気がします。いい映画もたくさんあるのに、なかなか上映されていない。日本の若者が内向きになっていると言いますが、もしかしたらそもそも情報も入ってきていないのかもしれません。内向きになると売れなくなるから、また入ってこなくなる。

金原
 翻訳をやっている身としても同感です。我々が若かった頃は、海外のものが異様に入ってきた時代でした。はっきり言って、当時の日本の音楽はダサくてしようがなかった。

ブレイディ
 そう(笑)。

金原
 洋楽は格好よかった。ところが今は全部逆転した。今の学生が聴いているのはほぼ邦楽オンリーだし、見る映画は邦画だし、読む作品も日本作家のものがほとんどです。なぜこうなったのか。ある意味、日本の音楽のレベルが昔と比べると上がってきたのは確か。日本の小説や映画もはるかに面白くなっているのはわかります。でも我々の頃と比べるとあまりに外の文化が入らなくなってきているのは、とても寂しいし、もったいない気がします。
 ところが、ふとアメリカを見ると、ほとんどのアメリカ人が見ているのは英語の映画ばかりだし、聴いている音楽も英語の音楽ばかりです。

ブレイディ
 日本は、アメリカと似ていますからね。

金原
 そんなに自国のもので満足していていいのかって、いつも僕は思うんですが、その点イギリスはどうですか。

ブレイディ
 イギリスは新し物好きです。EU離脱でも、保守党の一部の「エンパイア2.0」などと言っている人たちは、EUから出て鎖国したいわけではなくて、元植民地の国々や、中国やアメリカとかと独自に貿易協定を結んで密接につきあったほうがいいと思っている。つまり欧州の外へ出て行きたいというか、ブリティッシュ・エンパイアよ、いま一度、みたいな人たちなんですよ。そんなノスタルジーがあるほど、昔から植民地を広げて、いろいろなものを盗んだり取り入れてきた国だから、カルチャー的にもその気質は今でもあるでしょうね。外国のものは何でも入ってくるし、排外主義的になっているとは言うけど、食べ物とかカルチャーとか、相変わらず外国のもの大好きですよ。うちなんか田舎ですけど、それでも近所のスーパーにポーランド食の棚があり、コリアン食の棚がある。日本食の棚はないんですが(笑)。

金原
 ここまでいろいろな価値観が飛び交うようになってくると、なかなか他人の靴を履けと言えなくなるかもしれませんが、せめてそこは想像しようよと言っていかないといけません。今のイギリスは、人種の多様性で言えば、まだとても混沌とした状態でしょう。

ブレイディ
 その混沌もあるし、ブレグジット(イギリスのEU離脱)の混沌も延々と続いています。

金原
 とはいえ、今のイギリスはおもしろい。よくも悪くもイギリスの政界は、この二、三十年、どんどん変わってきているのに、日本は何これはと思うぐらい変わらない。信じられない。なぜですかね。

ブレイディ
 私、実はイギリスはそんなに心配していないです。日本のほうが心配。

金原
 心配ですよね、今の日本は。本当に若者たちは大丈夫かと思うぐらい、危機意識を持っていない。
 イギリスの生き生きとしたところを見せられると、ああ、本当にいいなと思います。

ブレイディ
 生き生きしてるけど、ぐちゃぐちゃでもあります。でも、ぐちゃぐちゃしているから生き生きするのかもしれません。

金原
 エネルギーがあるからじゃないですか。

ブレイディ
 一般的には動乱のイギリスでしょう。今はブレグジットで混乱している。でも、そういうときだからこそ逆に生き生きするエネルギーもあるのかもしれません。日本みたいに何もない、何も変わらないだと…若い人がもう少し政治に興味を持ってくれたらいいですね。そういうのって何年かでころっと変わるものではなく、十年、二十年はかかる。そう考えると、今行われている教育が大事だと思います。若い人が政治に関心を持たないのは、政治が面白くないからでもあるし、面白く教えてないからでもある。

金原
 政治を面白く教える、政治は面白いんだと教える、立派な政治になろうと呼びかける教育が必要ですね。そして、政治がどんなに密接に我々の生活に結びついているか、わかりやすく子どもに伝える。そうか、日本でもシティズンシップ・エデュケーションをすればいいのか。

ブレイディ
 できたらいいですね。日本は根本的に変わらなければいけないポイントに来ているので、付け焼刃ではなく長期的に腰を据えて、新しい世代を育てたほうがいいです。

金原
 都知事選とか出馬してみませんか? 応援しますよ(笑)。

ブレイディ
 いや、何言ってるんですか。政治なんてそんな滅相もない(笑)。どうやって新しい世代を育てるかわかりませんが、こうやってゲリラ的に本を書いていきますよ。

(おわり)

撮影 筒口直弘(新潮社写真部)

関連サイト

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』立ち読みはこちらから

https://www.shinchosha.co.jp/ywbg/

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

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2019/6/21発売

女たちのテロル

ブレイディみかこ

2019/5/31発売

ブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。1965年生まれ。福岡県出身。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』『ブロークン・ブリテンに聞け』『女たちのポリティクス』『他者の靴を履く』などがある。

金原瑞人

金原瑞人

かねはら・みずひと 1954(昭和29)年岡山県生れ。翻訳家、英文学者。法政大学社会学部教授。エッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーに、マティーニを教わった』のほか、ヘミングウェイ『武器よさらば』、モーム『月と六ペンス』、カート・ヴォネガット『国のない男』、アレックス・シアラー『青空のむこう』など訳書多数。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。1965年生まれ。福岡県出身。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』『ブロークン・ブリテンに聞け』『女たちのポリティクス』『他者の靴を履く』などがある。

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金原瑞人
金原瑞人

かねはら・みずひと 1954(昭和29)年岡山県生れ。翻訳家、英文学者。法政大学社会学部教授。エッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーに、マティーニを教わった』のほか、ヘミングウェイ『武器よさらば』、モーム『月と六ペンス』、カート・ヴォネガット『国のない男』、アレックス・シアラー『青空のむこう』など訳書多数。

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