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ニューロダイバーシティ

2026年6月15日 ニューロダイバーシティ

2.左右盲――右と言われて左に曲がる

著者: 池谷裕二

「右と左が瞬時にわからない」「人の顔を覚えるのが難しい」など、「周囲が当たり前にできていることを、なぜ自分だけができないのか」――そんな悩みを抱えている人は少なくないのではないでしょうか。近年、このような認知特性は「ニューロダイバーシティ(neurodiversity)」と捉えられ、その原因や特徴などについての研究が世界中で進んでいます。これまでも著作を通して、「普通とは何か」を問い続けてきた脳研究者の池谷裕二さんが、最新の動向を紹介しながら、驚くべき脳の多様性に迫ります。

 

「次の信号、右に曲がって!」。助手席の友人にそう言われた瞬間、手がフリーズする。頭の中で「右」という音が聞こえてはいる。でも、どちらへ動けばいいのか、一瞬わからない。数秒のあいだに車は交差点に突入し、慌てて逆方向にハンドルを切ってしまう。友人が叫ぶ。「そっちじゃない、右だってば!」。

 不注意なのではありません。知能が低いわけでもありません。複雑な道路標識を読み取り、地図を頼りに、目的地へたどり着くことはできます。ただ、「右」「左」という音声ラベルと、自分の身体を中心とした空間の方向とを、瞬時に結びつける脳の回路が、多数派とはすこし異なっている。

 近年、この認知特性は「左右盲」という俗称で広く知られるようになりました。これは病気でも欠陥でもなく、正式な科学用語でもありません。しかし、脳の配線がもたらす認知傾向として、まぎれもなく存在する一つの個性です。

きわめて高度な情報処理

「右と左を区別する」という一見単純な行為が、脳にとってどれほど高度な処理なのかを、改めて考えてみて下さい。

「上」と「下」、あるいは「前」と「後」で迷うことはまずありません。上下には重力という絶対的な基準があるからです。前後にも「目のある方が前」という身体的手がかりがあります。ところが左右はそうはゆきません。人間の身体は外見上ほぼ左右対称です。左右には重力のような物理的アンカーが存在しません。脳は、この対称的な空間に、「右」「左」という言語ラベルを、人為的に貼り付けるという、きわめて抽象度の高い情報処理をしなければなりません。

 クイーンズ大学のゴームリー博士らは「左右弁別が視空間処理、記憶、言語、そして多種の感覚情報の統合という複数の高次機能の連携を要する複雑な神経心理学的プロセスである」と述べています。左右の認知は、単純な反射ではなく、脳内のさまざまな領域がオーケストラのように協調してはじめて成立する処理です。

 その中核を担う脳領域として注目されているのが、左半球の頭頂葉に位置する「角回(かくかい)」です。角回は視覚・聴覚・体性感覚など多種の情報が交差する場所にあり、空間的な位置関係を言語化する「翻訳機」のような役割を果たしています。

 たとえば、角回が損傷すると、左右弁別の困難に加えて、失書・失算・手指失認を伴う「ゲルストマン症候群」を引き起こすことがあります。この症候群の存在自体が、まさに角回と左右弁別の密接な関係を物語っています。さらに、角回と前頭葉を結ぶ前頭頭頂ネットワークや、弓状束(きゅうじょうそく)上縦束(じょうじゅうそく)といった神経経路も、左右などの空間処理に深く関与しています。空間の知覚と言語をつなぐ、脳内の高速道路のようなものです。

 左右盲の人の脳では、空間的な「あちら側」という知覚を、「右」という言語ラベルに変換するとき、この翻訳機がほんのすこし長考する。高速道路でわずかに渋滞が起きる。そう考えるとわかりやすいでしょう。大事なのは、空間認識そのものが欠けているわけではないということです。彼らの頭の中にも、きちんと三次元の地図はあります。ただ「空間」と「言葉」を結ぶインターフェースの仕様がすこし違う。多数派の脳が空間を瞬時に言語へ変換する「自動翻訳ソフト」なら、左右盲の脳は「辞書を引いてから出力する」といった、ちょっと丁寧な仕様になっています。

利き手の違いや男女差

 統計的にどのくらいの人がこの特性を持つのでしょうか。ファン・デル・ハムらがオランダで約400人の成人を対象に行った調査では、14.6パーセントが「自分は左右の識別が十分にできない」と自己評価しました。一クラス40人の教室なら、6人近くが該当する数字です。別の調査で、画面上の人物の絵を使った客観テストを実施したところ、実際の誤答率は平均8.4パーセントでした。つまり「つねに間違える」のではなく、「正解にたどり着くために脳内で多大なエネルギーを費やすために、困難やプレッシャーを感じている」という状況であることがわかります。間違えないよう常に気を張る「精神的負荷」が、14.6パーセントという高い自己申告率に反映されていると考えられます。

 利き手との関連も議論されてきました。左利きの人や幼少期に利き手を矯正された人に、左右を迷いやすい傾向があるという報告があります。「お箸を持つ手は右」と教わっても、身体の自然な感覚では左手のほうが動かしやすい子どもの脳内には、身体感覚と言語ルールの強い矛盾が生じます。用途ごとに利き手が異なる「交差利き」ではなおさらで、身体に根ざす一貫した基準点が育ちにくい。幼少期の混乱が大人になっても、翻訳の遅れとして残るのではないかと考えられています。

 男女差については、男性9パーセント、女性17パーセントと、女性のほうが困難を感じる割合が高いとされてきました。ただし、従来のテストには心的回転(メンタルローテーション)の要素が混入しており、男性がこのタスクで有利なぶん、見かけ上の差が出ていた可能性がありました。そこで、心的回転を用いずに測定した場合、純粋な左右弁別の男女差は消失しました。現在では、左右弁別を支える神経メカニズムに男女差はあるものの、女性のほうが左右盲が多いという明確な証拠はないと結論づけられています。

 ここで強調したいのは、左右の識別能力は「正常か異常か」の二値ではなく、連続したスペクトラムとして存在するということです。極度の疲労やストレス下では、ふだん迷わない人でも判断を誤るリスクが跳ね上がります。左右盲の人たちは、グラデーションのすこし端にいるだけのことです。

視力検査や車の運転で

 では、彼らはどんな日常を生きているのでしょうか。まず、健康診断の視力検査。ランドルト環の切れ目の方向は見えている。空間的にはわかっている。しかし「あっち」を「右」「左」に変換しようとした瞬間、脳が渋滞を起こす。沈黙のあと検査官から「見えませんか?」と視力を疑われる。実際の視力は1.5なのに、全神経を左右の翻訳に注ぎ込むため、終わった頃にはぐったりです。多くの当事者は、言葉での回答を諦めて指差しで乗り切ったり、直前に右手をギュッと握って「こちらが右」と体に覚え込ませて、なんとか順応したりしています。

 車の運転も試練の連続です。カーナビの音声「次の曲がり角を右です」は聞こえているのに、すぐに手が反応しない。画面の「矢印」なら迷わず曲がることができるのに、音声だけだと脳がパンクする。助手席のナビ役をやっても悲劇が生じます。口では「右に曲がって」と言いながら、左を指差してしまう矛盾がしばしば起きます。

 対面する相手の動きを真似る場面、たとえば幼稚園のお遊戯やヨガ教室、着物の着付けも鬼門です。先生が右手を挙げると、多くの子どもは鏡写しに左手を挙げます。しかし左右盲の子の頭の中では「先生の右は自分にとって…どっちだ?」と猛烈な計算が始まり、ひとりだけフリーズしてしまう。和装の「右前」のルールは鏡面反射と言語ラベルが同時に脳を襲い、混乱の極みです。外国語になるとさらに壮大な迂回が生まれます。私は「Right」と聞いて、まず野球のグラウンドを思い浮かべ、「ライトは一塁側だから右だね」と遠回りすることもあります。

 こうした失敗の積み重ねは、「自分だけが当たり前のことをできない」という劣等感を育てかねません。だからこそ、「左右盲」という言葉と出会い、脳の特性にすぎないと知った瞬間の安堵は、当事者にとって「救済」に近い体験です。

 しかし、この配線の違いが、笑い話では済まないシーンがあります。医療現場です。右足の切断と左足の切断を取り違える―そんな左右のミスは、絶対にあってはならない事象として、厳重に警戒されていますが、完全にはなくなっていません。対面する患者の左右を判断するには、心的回転が必要で、そこに現場のアラーム音や急な呼びかけといった注意の妨害が重なると、左右弁別の精度は著しく低下します。

 実際、認知的な負荷、たとえば、別の課題について頭を使うことは、単なる環境騒音よりも、左右の判断への影響が大きいことが報告されています。これは個人の不注意ではなく、人間の神経系に備わった構造的な脆弱性です。

 後天的に、左右盲に近づく「職業病」もあります。ヨガのインストラクターは自分の左手を動かしながら「右手を挙げて」と言い続け、歯科助手はカルテに左右を反転させて記録する。身体感覚と言葉を日常的に矛盾させ続けると、プライベートでも、左右の認知が崩壊することがあるのです。

認知特性と環境の間にある“壁”

 左右盲の困難の本質は、個人の能力不足ではなく、社会インフラが「右と左を音声のみで瞬時に処理できる脳」に合わせて設計されているという構造的な摩擦です。障害の「社会モデル」が指摘するように、困難は個人の脳の中にあるのではなく、特性と環境との間に存在する壁です。

 では、どうすればいいのか。鍵は「苦手を根性で克服する」ことではなく、環境を調整することです。当事者のあいだでは、言語処理に頼らず外部の手がかりを使うライフハックが数多く共有されています。海外でもっとも有名なのは、両手の親指と人差し指で「L」の字を作り、正しいLになるほうが左手だと確認する方法。アンケート調査でも、42.9パーセントの人が何らかの手を使った戦略で左右を判断していました。あるいは、時計や指輪を左右の目印にする人、「心臓の側が左」「助手席側が左」と覚える人など、工夫は尽きません。

 周囲も、情報の伝え方をすこし変えるだけで大きな助けになります。「右に曲がって」の代わりに曲がる方向を指差す。「あのコンビニの角を曲がるよ」とランドマークを示す。言語ラベルを空間的・視覚的な手がかりに置き換えるだけで、翻訳のステップをまるごと省けるのです。医療現場では、個人の注意力に頼る精神論ではなく、手術部位の確認など重要な判断の場面で話しかけを一時禁止するのが合理的です。

「左右が瞬時にわからない」という事実は、治すべき欠陥ではありません。脳が空間と言葉をとても丁寧に、独自の辞書を引きながら照合しているという、ひとつの個性です。もし今度「右と左、どっちだっけ?」と迷ったら、焦らず手元に目を落として、脳が言葉と空間を照合している数秒間を、そっと待ってあげてください。その数秒は、人間の神経回路が持つ多様性というグラデーションの、ひとつの証なのです。

 

 

【引用文献】
・Gormley, G. & Brydges, R. (2016). Difficulty with right–left discrimination: A clinical problem? CMAJ, 188(2), 98–99.
・Jordan, K., Wüstenberg, T., Jaspers-Feyer, F., Fellbrich, A. & Peters, M. (2006). Sex differences in left/right confusion. Cortex, 42(1), 69–78.
・Rusconi, E., Gonzaga, M. G. & Zamboni, G. (2022). A connectivity model of the anatomic substrates underlying Gerstmann syndrome. Brain Structure and Function, 227(8), 2761–2772.
・van der Ham, I. J. M., Dijkerman, H. C. & van Stralen, H. E. (2021). Distinguishing left from right: A large-scale investigation of left–right confusion in healthy individuals. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 74(3), 497–509.

 

 

*次回は、7月20日月曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池谷裕二

1970年、静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。脳研究者。2024年、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で第23回小林秀雄賞を受賞。著書に『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)、『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』(扶桑社新書)、『すごい科学論文』(新潮新書)など。


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