7. インドレストラン料理という概念
著者: 稲田俊輔
人気の南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長にして、レシピ本から食文化にまつわるエッセイまで文筆家としても活躍中の稲田俊輔さんが、その原点である料理=「カレー」について考える連載です。おうちカレーから南インド料理の衝撃まで、私的な経験をベースにその進化や変遷を語っていきます。「もはやカレーは文化である」を合言葉に、国民的料理の真髄に迫る「活字カレー」の決定版!
この料理は一体何なんだ?
日本で最も一般的なタイプのインド料理店と言えば、多種類のカレーメニューを備え、中でもバターチキンカレーは特に人気があり、それをナンと組み合わせ、タンドリーチキンなどのタンドール焼きメニューも充実していて……というような、ある種ティピカルな店を誰もが思い浮かべると思います。今回は、これは一体何なんだ? という話です。
何なんだ?って、そりゃインド料理店だろ、と言われてしまえばその通りです。しかし、インド料理に少しでも深い興味を抱いた方は、誰もがすぐに気付くはずです。「ああいう店のインド料理は、インドの人々が普段食べているものとはだいぶ違うみたいだぞ」、と。
ティピカルなタイプのインド料理店では、現在ネパール人によって運営されているケースが大多数なので、俗に「インネパ」と呼ばれています。国名を勝手に短縮するなんて本来は失礼極まりないことなのですが、今は説明をわかりやすくするため、一時的にこの呼称を使用します。
この「インネパ」の対義語的に「ガチ系」という言葉が使われることがあります。こちらはより伝統的かつ本格的な、現地そのままの味わいを提供する店、というニュアンスです。つまり、インドの(特定地域の)人々が普段食べているもの、より正確に言えばそれが外食料理として程よく豪華に洗練された料理を提供している店、ということです。エリックサウスも一応、このカテゴリーに分類されることが多いようです。と言いますか、少なくとも本人たちは、完全にそのつもりでやっています。
逆にインネパの店で提供されるインド料理は、ガチ系で提供されるインド料理とは、ある程度別系統の料理ということができると思います。そしてそれは「北インド料理」と呼ばれることもあります。しかしこの呼称を用いた場合、「北インド地域のガチ系はどうなるんだ?」ということになってしまうのはすぐにお分かりでしょう。なので僕は、これを「インドレストラン料理」ないし「北インドレストラン料理」と呼ぶことにしています。それに対してガチ系が出す料理は「インド伝統料理」ないしは単に「インド料理」です。
いつどこで生み出されたのか?
そうなると次に気になるのは、このインドレストラン料理が、いつどこで誰によってどのように生み出されたのかということです。言い換えれば、インドレストラン料理はいつどうやってインド伝統料理から枝分かれしたのか、ということでもあります。
この謎に関しては、結局はっきりしたことがわかりませんでした。いかにも俗説めいたものを排除したとしても、あまりにも諸説入り乱れているからです。ただし時期として1950年代以降という点は概ね共通の認識であるようです。つまり1947年のインド独立より後ということですね。インドで本格的に外食産業が発展し始めたのはこの時代以降であり、欧米人御用達のホテルレストランがその最初の舞台となったということです。ちなみにそれもあってインドでは、ホテル併設ではない独立したレストランであっても、店名に「ホテル」と冠されることが今でもよくあります。
ある説によると、欧米人を納得させ得る食事とは、焼いた肉(ロースト)・煮込み料理(シチュー)・パンであり、それがそのままタンドール焼き・カレー・ナンにスライドしたのがインドレストランの料理コンテンツだそうです。確かに納得感がありますね。
インドの外食料理成立と発展にイギリスがどの程度寄与したのか、という点では諸説様々ということになるようです。この辺りはナショナリズムの問題も絡んでくるので、どうしても複雑な議論になってしまうのでしょう。しかしそれが主にイギリス人を中心とする欧米人を主要な顧客として発展していったという点は、概ね共通認識となっているようです。
話を更に複雑にしているのは「インド宮廷料理」という概念です。宮廷料理とレストラン料理の関係を、あくまで独立後のナショナリズム側に立って説明するならこういう感じです。
「インドにはムガル料理、パンジャブ料理といった豪華絢爛かつ精緻な宮廷料理の歴史がある。近代以降、それはレストラン料理として発展し、世界中の美食家の舌を唸らせているのだ」
しかしこれをあくまでドライな飲食ビジネスの観点で説明するとこうなります。
「イギリスのレストランビジネスをモデルにして生まれたインド料理レストランにおいては、伝統料理を近代的なオペレーションに落とし込むべく、様々に大胆な工夫がなされた。インド宮廷料理と呼ばれるものもその一部であり、インド料理のブランディング上、極めて重要な役割を果たした」
この2つの見解は、一見真逆にも見えます。しかしよくよく読んでみると、互いに特に矛盾はしていません。単に見る角度の違い、と言うべきでしょう。専門の研究者ならともかく、我々インド料理愛好家としては、そういうことでいいのではないかと思います。
話がひたすらややこしくなってしまったので、ここでいったんまとめます。
1950年代以降に発展したインドレストラン料理は、近代的なレストランオペレーションに基づき運営されること、及び、可能な限り欧米人の好みに寄せることが求められた。
さらに言うと、それは後に日本にも渡り、今度は日本人の好みに徹底的に寄り添う形で進化を遂げていったわけです。その最新形が「インネパ」です。ということでこの言葉を使うのはこれを最後としたいところですが、もしかしたら使わざるを得ない場面も出てくるかもしれません。それくらい、その存在は日本のインド料理シーンにおいて、重要な役割を担っているのです。
*次回は、8月21日月曜日更新の予定です。
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稲田俊輔
料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
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- 稲田俊輔
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料理人・文筆家。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役 であり、近年はレシピ本やエッセイなど、旺盛な執筆活動で知られている。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)『おいしいものでできている』(リトルモア)、『お客さん物語』(新潮新書)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『異国の味』、『東西の味』(ともに集英社)、『稲田俊輔のおそうざい十二カ月 旬を味わう一汁三菜』(暮しの手帖社)など。
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