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経済学を読み直す 現代を考えるための名著

2026年10月12日 経済学を読み直す 現代を考えるための名著

第5回 理論を適用する前に知っておくべきこと――移民と国家統合(2)

著者: 猪木武徳

名著と言われる本を読むことは、決して単なる衒学趣味ではありません。最新の問題、未知の問題に向き合う時こそ、ますますその有用性を発揮するのが、名著の名著たるゆえんです。

経済学の分野では日々あたらしい論文が書かれていますが、その多くは名著が提示した思考の枠組みに基づいており、それが書かれた時代的背景や本来の目的などを正確に理解することが大切となります。

そこで本連載では、経済学の泰斗である猪木武徳さんが、最新の経済課題に向き合う際に参考になる名著を選び、その現代的意義を読み解きます。

真理(verum)は作られたもの(factum)

 いかなる専門分野であれ、研究が一つの論理と推論だけで完結し、向き合った問題の最終解答が与えられて研究が完了する、ということにはならないようだ。ある問題にひとつの解が見つかれば、さらに新しい問いが現れ、その解が求められるという逐次的な構造になっている場合が多い。研究の世界は、まさに文字通り Every exit is an entry to somewhere else(どの出口も、次の世界への入り口だ)という構造になっている。

 ときに驕慢の罪に陥りやすい専門家もいる。知識が増えれば増えるほど、未知の世界は少なくなり、最終的に世界は論理的に理解可能だと考えてしまうからだ。優れた専門家は自信もあるが、同時に謙虚でもある。謙虚にならざるを得ないというのが正しいかも知れない。この点を、次のような譬えで説明したのは、フランスの哲学者アラン(1868-1951)だったと記憶する。

 人間の知識を球体の形をした物量に譬える。知識が増えれば、球体はどんどん膨張して大きくなる。すると球体の膨張に応じて、未知の部分は減少して行くと考えてしまう。しかし人間の疑問や未知の問題への関心は、この膨張する球体が外界と接触する表面から生まれる。知れば知るほど球体は大きくなるが、同時に表面積も大きくなり、分からないこと、知りたいことが増えてくる。

 能率や生産性を考えると、研究の進め方として、あるいはアカデミア全体の研究体制として、「手分けして」問題に挑むという道が採られる。多くの現象には、様々なファクターが混在し相互に影響を及ぼしていることがある。その「カオス」のような状態にある対象を、「他の条件は一定にコントロールして」問題に取り組むという姿勢が生まれる。実際そうした取り組み方から多くの事実や「真理」が発見されてきた。「自然」を対象とする科学では、多くの重要な要素の中から実験室で一定の変量を制御することが可能な場合が多いから、この方法は有効な道であった。実際、大袈裟な言葉だが、実験によって自然に「拷問」をかけるという方法が採られてきたのである。

 そうした専門化への強い傾斜に対し、専門家の間に反省が起こらなかったわけではない。特に自然科学や技術分野の学問が大きな飛躍的発展を遂げた19世紀には、自分の専門についてすべて(everything)を知ろうと努力することは大事だが、同時に、物事、人間、社会についても何か(something)を知っていることも、「善き社会」を思い描くためには必要だと言われ始めた。しかしこれははなはだ欲張りな要求であって、そのまま実行できるようなものではない。

知識の区別とその獲得の順序

 本章で最初に取り上げるヴィーコ『学問の方法』は、知の追求にあたって留意すべき根本的な姿勢を論じている。何かを知り、そこに問題を見出し、その問題を分析し解決を求めて論ずるためにはどのような手順を踏むべきなのか。簡単に述べれば、まず観察と経験に基づいて問題の全体像をつかみ、そこから、限定された問題に対して論理的な分析のメスを刺し入れるというステップを踏む必要があるということになる。経験や観察を経てから、(デカルト的な厳密で、確実性を考慮する)論理的分析に進むという「順序の重要性」はとかく忘れがちになる。その点に関して強い警鐘を鳴らしたのがG.ヴィーコ『学問の方法』である。

G.ヴィーコ『学問の方法』(岩波文庫、1987年)

 ナポリ王国王立大学の雄弁術勅任教授であったヴィーコは、1708年10月18日の開講式にあたって、芸文を学ぶ青年に向けて講演を行い、翌年その講演に筆を加えて書物として刊行した。後段で「新しいクリティカの不都合」の箇所を注解するが、この講演のテーマの要点に触れておく。

 学問にとって、厳密性、確実性を重視する「クリティカ」も、想像力と記憶力、そして共通感覚(common sense)を重視する「トピカ」も、双方必要なのであるが、クリティカだけを鍛えると賢慮が衰えるとヴィーコは警告を発する。さらにクリティカとトピカという二つのタイプの知力を教授するとき、その順序が重要であって、まずトピカを学び、それからクリティカを学ぶことを原則とすべきだと指摘した。

 言い換えれば、まず社会現象や人間の問題を、広く、できるだけ深く帰納的・経験的な手法で学び、それから厳密性を重んじる数理的・論理的な方法へと進むのが適切だということになる。この知恵を、例えばわれわれが向き合おうとする「移民の問題」に当てはめて考えると、初めから一般理論を求めて数理的・統計的分析を目指すのではなく、人の移動という現象に含まれる様々な局面、多様な原因と結果について十分な知識を探究することがまず不可欠になる。

 この点に関連して印象深い思い出がある。外国から優れた研究者が日本を訪れた時、しばしば様々な場所に同伴(attend)する機会があった。理論経済学者、政策研究家など、その研究分野とスタイルはさまざまであった。感心したのは、多くの研究者が異口同音に、「工場を訪ねる機会はないだろうか」と申し出たこととだ。もちろん2、3度工場を観ただけで彼らの研究に直ちに益する発見があるわけではなかろう。しかしそれでも、自分たちの研究を「理論倒れ」にしたくはないという、観察と経験から得られる生の知識を彼らが求めたことに感心したことがあった。社会研究が概して「理論倒れ」(ヴィーコの言葉でいうと「クリティカ」倒れ)に終わりかねないことへの熱意が理論家においても強いことを知ったのは貴重であった。

新しいクリティカの不都合

 以上述べたことは、ヴィーコ『学問の方法』(特に 「三 新しいクリティカの不都合」)で、簡潔かつ明晰に述べられている。ヴィーコが展開したのは、「第一真理」として、確実さ、厳密さを求めた「デカルト哲学」への批判であり、数理的な科学への全面的な賞賛への反省である。続く、「四 幾何学の方法が自然学に導入されることによる不都合」において、そこには、幾何学的方法は自由で広範な話法を妨げることを指摘し、実は「真なるものは作られたものに等しい(verum=factum)」というヴィーコの認識論が提示される(同書の訳注(41)参照)。

 ヴィーコは、こうした近代科学の一面性に抗するためには、共通感覚の育成が重要であり、賢慮や雄弁の基準についてはっきりした考えを持たねばならないと言う。そのためには、クリティカによって育成が妨げられがちな記憶力と想像力が十分に発揮できるよう若者を鍛え、次いで、論理的判断力の鍛錬へと進むことが大事だと強調し、(デカルト的)クリティカのみがもてはやされ、トピカが軽視されることへの反省を求めたのである。記憶力と想像力をまず育むトピカを教授し、次いでクリティカへと進むのが健全な知の開発であるとヴィーコは強調するのだ。

 われわれ人間にとって、数理的な論理だけで分析できない曖昧な感情や自然現象は数多く存在する。しかしそうした「真らしい知(verisimilia)」を、虚偽と同様なものとみなし、知性から追放してはならないと説いた。ただし、ヴィーコは「真」なる知識を求める「クリティカ」を不要と考えたわけではない。学問の世界で、確実さ厳格さを求めるデカルト流の「クリティカ」のみがもてはやされ、共通感覚、記憶力、想像力を育てる「トピカ」が無視され始めている実情に異を唱え、次のように言う。

 

 どちらの論述の方法も欠点を持つ。トピカ主義者はしばしば虚偽を捕らえてしまうし、クリティカ主義者は真らしいものを取り上げようとはしないからである。したがって、どちらの欠点もが回避されるように、青年たちは全体的な判断によってあらゆる学芸を教えられるべきである、と私は思う。それゆえ、彼らはトピカのトポスを豊富にし、そしてその間に賢慮と雄弁のための共通感覚を増大させ、想像力とか記憶力を鍛えて、これらの知性の能力によって支えられている諸技芸のために準備すべきである。次いでクリティカを学ぶべきである。(上村忠男・佐々木力訳『学問の方法』pp.34-35)

 

 近年、「大学とは何か」、「大学で何を学ぶか」などがしばしば議論される。大学での教育・研究が科学・技術、論証、利便性に関心が集中しがちなのは否定しがたい。トピカ、すなわち「真らしい知識」を求める学問、つまり幾何学的な論証を行うのではなく論題について語り探究する学問分野が軽視されている。そうした傾向に対してヴィーコは、人間の精神世界を探究するような学問、さらに社会とは、倫理とは、といった厳密かつ数理的に論じることのできない、価値そのものを扱う学問、文学、歴史、思想などの人文学や、人間が織りなす社会について、「まず」多くの分野を学ぶことが重要だと強調しているのだ。「実利に生かせる知識への欲求」に大きな価値を見いだす合理的思考のみを尊ぶ姿勢も、「クリティカ」の偏重から生まれているのではないだろうか。

知の分類の重要性

 人間の知的活動には様々な側面と種類がある。そして「頭がよい」という言葉には様々な意味があり、曖昧さを免れない。曖昧さを取り除いたもっとも古い例はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』第6巻であろう。注目すべきは、アリストテレスが人間の知的活動を分類するとき、知的卓越性(徳)intellectual virtueとして、知と徳を一体として捉え、その分類を考察していることだ。

 まず純粋な真理(truth)を目的とした「認識的 (contemplative) 部分」と、正しい実践的(calculative)な真理の認識の部分とを区別する。そして主要な知性的な徳として5つ(ないし6つ)を挙げる。1)永遠的で論証可能な「学」(エピステーメー science)、2)ものを作る知識である「技術」(テクネー art)、3)人間の生の目的を知るための「知慮」(フロネーシス practical wisdom)、4)学がそこから生まれる「直知」(ヌース intuitive reason)、5)「直知」と「学」を結合させる「智慧」(ソフィア philosophic wisdom)、さらに6)知慮と政治の関係を、その語られる観点を異にすると区別し、知慮は一般的なことがらだけではなく、個別的なことがらにも関わる政治(ポリティケー)に求められる一般的な実践知としての「知慮」に触れているのは興味深い。この種の「知慮」を「高度の棟梁的な立場に立つ認識」と高田三郎は訳しているが、けだし名訳だと思う。イギリスの哲学者W.D.Rossはpolitical wisdomと訳している。今われわれが求めている知は、移民問題をどう捉え、それに対してどのような政策が妥当であるかという問題であるから、「知慮」と「政治」に関係する問題である。したがって分類としては、6)に当たる「知」である。

  こうした知の種類の分類から、社会研究の方法論、あるいは得られた知の加工過程へと関心を転じ、それを学問的な探究の方法で区別すると、二つの別種の形式があることを指摘したのはスコットランドの啓蒙思想家たちであった。この区別はヴィーコによる「トピカ」と「クリティカ」の区別とも重なるところがあり、後に述べるハイエクあるいはM.ポラニーの知識論にもつながる流れでもあるので簡単に説明を加えておきたい。

 スコットランド啓蒙において重要な位置を占めるJ.ミラー(John Millar, 1735-1801)の研究家として知られるW.レーマン(William Lehmann)は、歴史研究や社会研究における二つのアプローチを区別した。進化主義(evolutionism)と歴史主義(historicism)と彼が呼ぶアプローチである。「進化主義」は理論的であり、推論的な歴史であり、つねに一般化と演繹作業を伴っている。歴史的な一回生起性を重視せず、事実に重きを置くという姿勢とは言い難い。他方、「歴史主義」は個々の孤立的な事実を記録したり、具体的な事象や状況を記述するだけにとどまらない。歴史の進展の方向や「時代の精神」を把握し、そこに働いている連続性や因果関係を定立しようとする。しかしその際、つねに経験的事実によって導かれること、固有性、唯一性を重視するアプローチである。これら二つの知識獲得方法は、進化主義は法則定立的(nomothetic)、歴史主義は個別事例研究的(idiographic)と称される(Lehmann, 1952)。

  こうした区別は19世紀の経済学の中でも明確に意識されていた。結果としては、進化主義の法則定立的側面が経済学の主流を占めるようになった。法則定立的なスタイルを重視する学派は、論理や理性で社会を設計(デザイン)できると考える方向へ「進化」する。後に述べるように、こうした理性への強い信頼、理性による計画を重視する精神が、社会主義計画経済の根本をなすと指摘したのはハイエクであった。理性重視の社会哲学はデカルトから発していると指摘したのである。それに対して、スコットランド啓蒙の思想家たち(ヒューム、アダム・スミスをはじめA.ファーガソン、ミラーなど)は、人間の理性の役割を限定的に捉え、「諸国民は、実際いかなる人間の設計(デザイン)の遂行結果でもない、人間的行為の単なる結果に過ぎない諸々の制度を生み出してしまったのである」と、デカルトとほぼ正反対の推論を示すのだ(Ferguson, 1767)。

知識の分業と経済体制

  これまで述べてきた知識の分類、その用い方についての説明は、われわれが人間と社会の問題に向き合う時に重要な意味を持つ。ともすれば、「真らしい知識」「時間と場所の特殊な状況における知識(knowledge of the particular circumstances of the time and place)」「言語化できない知識」などを、われわれは軽視する傾向がある。「真」なる知識、一般的な知識、科学的知識に多大な価値を置く。この二つの知識の区別は、比較経済体制論において中心的な役割を果たす。

 ハイエクも、人間が有する知識を二種類に分けている。ひとつは「科学的知識」とも呼ばれる一般的な規則性に関する知識である。もう一種はそれほど組織化・体系化されたものではないが、「時間と場所の特殊な状況に関する知識」と呼ばれるものである。科学的知識を尊重する現代においては、後者は前者ほど高く評価されるわけではない。それは丁度先に解説したヴィーコの『学問の方法』において、トピカが クリティカのようには重要視されていないという指摘と同じ状況を示している。その点から見ても、ハイエクが社会主義計画経済理論を論破した哲学的ベースは、デカルト批判であったということが分かる。実際、重要な論文、“Individualism : True and False,” (個人主義:真と偽)(1945)、“The Use of Knowledge in Society,” (社会における知識の利用)(1945)において、彼が社会主義計画経済における過度な論理計算をベースとする「理性信仰」を批判する際、デカルトの『方法序説 (理性をよく導き、もろもろの学問において真理を求めるための方法についての序説)』からの文章を引用していることからも明らかであろう(猪木、1983)。

 現実の経済は、正確な予想を拒むような多種多様な不確実性に満ちている。ハイエクも指摘するように、農業への気象現象の影響、外国貿易の構造変化とGDPの関係など、経済社会は多くの予期せぬ変化が常に生起している。そうした「変化への対応」という点に関しては、第二種の知識、「時間と場所の特殊な状況についての知識」は実に重要な役割を果たしている。

 あらゆる経済活動が過去の反復に過ぎないような(仮想的な)定常的な社会では、新たな意思決定は不必要であるから、真の意味での「経済問題」は存在しない。したがって計画も不要である。しかし現実の世界では、いかなる規模の経済でも(大小さまざまな)変化は常に起こっている。日々ビジネスに携わる人々には個別的・具体的な知識に基づいたコスト削減などが大きな課題となる。このような場合、統計量で表現できる種類の「一般的知識」は、計画者に送り集中的に管理し得ても、現場で実際の経済活動を行っている人間(the man on the spot)だけが知っている「特殊な知識」は、収集・散布しながら中央の計画当局が集中管理することはできない。財の生産やサービスの提供についての技術的な知識には、「すでに与えられているもの(データ)」ではなく、時々刻々変化し、「瞬間的」に存在するような特殊なものすらある。それを細部にわたって計画当局が集中管理しつつ利用することは不可能である。経済活動にとってより必要なのは、具体的・個別的知識であって、その多くは現場の人間が所有する「特殊な知識」なのである。

 市場経済システムの大きな利点とその経済的合理性は、企業経営に携わる人間や現場で生産活動に携わる人間が、それぞれ意思決定をする場合、こうしたマクロ経済全体で発生している様々な変化をすべて知る必要がないという点に存する。市場参加者は、経済状況の変化が「なぜ」起こっているのかも知る必要はない。変化の結果、市場での需給関係によってある財・あるサービスがどれだけ、(全経済の中の目的・手段関係の中で)その相対的な必要度を変化させているのかという情報だけを知ればよいのだ。この相対的な必要度や入手困難さを示すシグナルが「市場価格」なのである。市場で形成される価格は、各人が知る必要のない個々の事件・事象を捨象して、各経済主体の意思決定に「必要にして最小限」の圧縮された情報を収集・散布しているのである。ここにハイエクの「社会主義計画経済論」に対する根本的な批判点が存在する。この批判は、移民の経済的影響や移民政策問題を、いきなり一般論を目指して数理的な分析だけを施す手法に対しても当てはまるところがある。

 市場の存在しなかった社会主義計画経済(今やその純粋形はこの地球上には見当たらない)では、「市場」が存在しないから需給の状況変化に関する情報を得る手立てがない。すべての価格と賃金は、「計画当局」が膨大な数の労働力を投入して「賃金・価格設定委員会」を組織し、膨大な種類の財と労働の「重要性」を政治と経済の観点から「人」(経済エリート)が決めるという驚くべき非効率と政治性の下で決定されていたのである。経済主体にとって、「必要にして最小限」の圧縮された情報を含む「市場価格」をシグナルとすること、現場の人間の「特殊な知識」を最大限に生かすような意思決定機構が不可欠であることが、ハイエクの「時間と場所の特殊な状況についての知識」という概念によって明らかにされたことになる。

日常生活における「暗黙知」

 さらに、経済活動を論ずるときに重要な意味を持つもうひとつの知識の区別に言及しておきたい。知識が言語化・記号化できるものか否かという視点である。この「暗黙知」とよばれる記号化できない知識の存在を論じたのはハンガリー生まれの物理化学者M.ポラニーである。先に挙げたハイエクの「特殊な知識」と「一般的知識」にも近い区別とも言えるが、その認識論的意味合いは必ずしも同じものではない。しかし経済生産の現場で機能する知識の「分業論」という点では共通する要素を含む(猪木、1985)。

 ポラニーは人間の知識について考える出発点を、「我々は語ることができるより多くのことを知ることが出来る」という点に置いている。彼は、自然科学の領域における知識の性格を吟味するうちに、一見普遍的、一般的と映る科学的知識も、その重要部分はきわめて個人的なものだということを発見する。これは従来考えられていた哲学的な立場、すなわち「真の知識は全く客観的かつ超然としたものであり、思想信条とは無関係なもので、社会科学として価値自由である」という立場を真っ向から切り崩すことを意味した。ここからポラニーは「個人的知識」(personal knowledge)と彼が名付けた認識論を展開する。

 その核心部分を要約すれば、次のようになろう。「いかなる知識も、科学的知識すらも、説明することのできない暗黙のコミットメントと確信から、副次的にしか感知し得ない詳細を集約的に把握し統合したもの」ということになる。少し難解な表現であるゆえ、その意味内容をポラニー自身の挙げる例に従って理解したい(M. Polanyi, 1958)。

 よく知られた例は人の顔の認知である。われわれは知っている人の顔を、千・万もの顔の中から識別することが出来る。にもかかわらずその識別の理由を言語で十分に説明することはできない。顔の識別には様々な気分の認識が含まれているようだが、なにを指標として識別しているのか、極めて曖昧にしか語ることはできないのだ。ポラニーは、われわれが外見的特徴をひとに教えることが出来るのは、「教師が示そうとしていることの意味を生徒がつかもうとする努力が、生徒の側に期待できるかぎりにおいてである」と言う。言葉によっては伝えることができずに残されたものを、相手が発見するか否かが重要になって来る。このような能動的な知識の結合と生成とが、知識の獲得にとって欠くべからざる力となると考えるのがポラニーの知識生成論の中心をなしている。

 こうした知識論は、現実の知識の伝達、あるいは教育のみならず、産業社会の中での技能の形成とも深いかかわりを持っている。

 技能自体がその詳細を特定化できないということは何を意味するのか。完全に特定化、あるいはマニュアル化できない場合、それを伝える方法のひとつとして「例示」(by example)が必要となることを意味する。人から人へ、親方から徒弟へといった人的な接触が必要となる場合もある。自転車の乗り方、水泳、ストラディヴァリウスの製造法など、その例は身近に数多く存在する。こうした「暗黙知」と呼ばれる知識の世界を軽視することは、実は現実の個別具体的な問題を理解するための経験や共通感覚の重要さを軽視することに繋がる。

分析方法は問題の対象と範囲によって決める -「月と雲の時代」

 本連載第3回の末尾で、アリストテレスを引きつつ、取りあげた問いの性格に相応した程度の明確な論述がなされるならば、それでもって充分としなければならないと述べた。自然科学に分類される学問の中でも、用いられる方法の厳密さと結果の確実性の程度は異なる。その例を、理学部の先生から次のような譬えで教わったことがあった。

 自然科学の分野でも、研究の対象はかなり多種多様、そして多岐にわたるので、全ての問題に同じ「科学的方法」を適用することは出来ない。その先生は、「われわれの間ではそれを「月と雲の時代」と呼んでいます」と次のように説明された。

 月は、現在の位置と地球から見える運動法則を知れば、数時間後の位置を正確に予測できる。つまり月には解析性がある。ところが雲の解析性は極めて低い。その動きと形状は時に予測が困難で、意外性に満ちている。2、3時間後の位置も形も予想することは容易ではない。この二つのタイプの対象の研究が、ある程度の調和を保ちつつ自然科学の研究の中で共存しているのが、「月と雲の時代」なのだと。

 われわれが身を置く「現実の社会」は、まさに「雲」のような不確かさの中にある。株式市場の動向を正確に予測できないのと同様、新型コロナのパンデミックにおいても、専門家にとって、ウィルスの出自をすぐさま把握できないだけでなく、感染したひとの体内でウィルスがどんな動きをするのか、感染症がどのように伝播するのかを正確に予測するのは至難の業であった。

 社会科学の中では数量的に表現可能な概念の多い経済学が、「科学だ」と主張できるのは、月ではなく、「雲の時代」にあるということだ。ましてや、雲よりさらに不安定なところのある人間精神を相手にする重要な学問である人文学や社会研究は、「論証する」という点では、アダム・スミスの言う「理想的な完全性」からは程遠い。

 もちろん「月と雲の時代」の譬えで、科学が無力だとするニヒリズムに陥ってはならない。重要なのは、問題の性格を知り、対象によって探究の道具・方法を使い分けること、科学による分析の限界に十分留意すること、科学が「存在の神秘」のすべてを解き明かしてくれるわけではないことを、つねに頭の片隅に置いておくということだ。

「専門化」のマイナス面にも目を配る

 自分の専門分野の現在の主流のテーマにとどまって、そこで「この道一筋」の仕事に没頭するのは立派なことだ。ただ、まず「正統」を学ぶことは重要であり、直ぐに「異端」の研究に走ることは知的関心を狭め、独善を招くことが多い。学問の枠組みや方法を大きく転換させるような稀なケースを別にすれば、研究の世界では、最も関心を集める先端的なテーマに集中することで、多くの学問的成果が生まれてきた。自分の畑から一歩も出ることなく、針で井戸を掘る如く研究を深めることが、細分化された現代の学問研究のオーソドックスな道であることを否定することはない。

 しかし、学問に携わる者が、あまりにも早い段階から(例えば移民問題に関心を向けるや直ちに)、理論的な、統計的処理が可能な形で自分の関心を限定し、「針で掘抜井戸を掘る」ような仕事だけに専念すればよいとも思われない。人文学や社会研究の分野で、自分の畑だけを守り、外来者の「闖入」を拒むという保守的態度を固持していれば大きな失敗はないかもしれない。しかし「針で掘抜井戸を掘る」だけでは、知らず知らずのうちに研究者集団の知的パワーが低下し、研究内容が痩せ細っていく可能性がある。

 実際、近代科学としての経済学の基礎を築いたアダム・スミスが、分業による専門化が進むことによって市場が広がり、商業社会が発展すると説いたことはよく知られている。しかし同時にスミスは、その分業による専門化は人々を愚かにするとも指摘する。分業はひとつの作業単位に人間の仕事を局限するため、心が他の対象や全体に向けられることを妨げる傾向を生むというのだ。専門化が進むと人の視野が狭くなるため、工業が発達した社会では未発達な社会よりも、一般に人々の思考範囲は狭くなるとスミスは見ていた(A. スミス『グラスゴウ大学講義』)。

 太古の昔には、神話が唯一の知的結晶物として存在し、いかなる学問の分割も存在しなかった。その後の長い歴史の中で、神話は、歴史学、法律学、宗教学、物理学、文学などへと徐々に枝分かれしてきた。しかしこうした学問の分化と逆行するように、つまり、ひとつの学問分野が分かれ出る前に遡るような形の知的探究が全く無意味になったわけではない。分割による境界線を超えたところ、つまり隣の畑へと関心を広げ、広い世界を全体として見通す姿勢も必要なのだろう。専門化によって切り刻まれた研究対象の関連性を探りながら、全体を想像するという作業があってもよい。

 したがって、移民を巡る問題を考えるとき、その歴史的、社会学的な先行研究、あるいは「移民文学」をも読み通すほどの強い関心が求められる。そうした姿勢を貫いた研究者のみが示し得た経済学的視点からの移民研究の現段階での主要な成果のひとつが、次節で論ずるボルハス『移民の政治経済学』ではなかろうか。

 

*次回は、11月9日月曜日に更新の予定です

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

猪木武徳

いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』『社会思想としてのクラシック音楽』など。

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