第1回 「トランプ関税」を考える――国家と貿易(1)
著者: 猪木武徳
名著と言われる本を読むことは、決して単なる衒学趣味ではありません。最新の問題、未知の問題に向き合う時こそ、ますますその有用性を発揮するのが、名著の名著たるゆえんです。
経済学の分野では日々あたらしい論文が書かれていますが、その多くは名著が提示した思考の枠組みに基づいており、それが書かれた時代的背景や本来の目的などを正確に理解することが大切となります。
そこで本連載では、経済学の泰斗である猪木武徳さんが、最新の経済課題に向き合う際に参考になる名著を選び、その現代的意義を読み解きます。
経済学の古典的名著について論じる前に、これらの書物が取り上げた問題の歴史的・思想史的背景を説明しておきたい。
古典と呼ばれる作品は、ただ古いから良いというわけではない。われわれが現代の文脈のなかでも、その書物から普遍的な知恵を読み取ることができる価値を持っているから貴重なのだ。社会研究や人文知の古典は、「所与のもの」として博物館の陳列ケースに後生大事に置かれるものではない。それが誕生したときの歴史的文脈を知り、そしてその文脈を理解しつつ、われわれがその作品を現代の文脈に置き直すことによって新たな命と価値を生み出す力を持つ人類の遺産が古典なのである。古典のテキストを無自覚に(権威主義的な姿勢で)称揚し、有難がる必要はない。
「古典」を読むことの現代的な意味は、人間や社会についての時代や国を超えた真実を見出す、という発見の喜びを与えてくれるところにある。
第1節 問題とその背景

本章では国家と貿易の関係を論じた二つの重要な作品を取り上げる。
(1)アレグザンダー・ハミルトン『製造業に関する報告書』(Report on Manufactures, 1791)(田島恵児・濱 文章・松野尾 裕 訳 未来社 1990年)
(2)アルバート・O. ハーシュマン『国力と外国貿易の構造』(National Power and the Structure of Foreign Trade, University of California Press 1945)(飯田敬輔監訳、勁草書房、2011年)
関連する基本図書として次の二つを挙げる。
(3)アダム・スミス『国富論』(大河内一男監訳 中公文庫 全三巻、1978年)(The Wealth of Nations, 2volumes edited by Edwin Cannan, University Paperbacks 1961)
(4)A. ハミルトン、J. ジェイ、J. マディソン『ザ・フェデラリスト』(齋藤眞・武則忠見訳、福村出版 1991年)(A. Hamilton, J. Jay, J. Madison, The Federalist, edited and with an Introduction by Clinton Rossiter, 1961)
再燃する関税論争
まず、貿易戦争の様相を呈する現代の状況を意識しつつ、「国家と貿易」というテーマで二つの書物を読むにあたって、そこで論じられている問題と、それが書かれた背景について述べておきたい。
2025年1月に発足した米国の第二期トランプ政権は、追加関税をはじめとする関税政策の強化で世界の貿易と生産の構造に大きな変化をもたらし始めている。貿易と国際投資の流れの変化は、一国の富の形成に重要な役割を果たす。変化が収束し、安定的な状況が生まれるまでにはかなりの時間を要する。関税による保護貿易が自由貿易論を圧倒するような勢いで広まる状況では、それぞれの国ができる限り「自給自足」的な国家として生き延びる道を模索せざるを得なくなる。歴史的には、日本や中国がそうした体制に近い通商政策を採った時代もあった。現代でも貿易を統制し管理すること、あるいは関税という「武器」によって輸出入をコントロールすることは、国際政治の場で国力を示す重要な政策手段のひとつとなっている。
貿易と国家の問題を考えるためには、経済学の視点からはアダム・スミス(1723-1790)と彼の信頼する友人の哲学者デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)という二人のスコットランドの思想家を思い起こしたい。スミスについてはかの有名な『国富論』(特に第4篇「経済学の諸体系について」)、ヒュームについては『政治論集』(Political Discourses(1752))(小松茂夫訳『市民の国について』)に収められた「貿易収支について」「貿易をめぐる猜疑心について」の論考二編に向き合い、発想の根拠や論の展開の仕方を正確に読み取りつつ、この巨星たちの骨太かつ慎重な考えを辿る必要があろう。
スミスは『国富論』で、金や銀の蓄積額が国の富だと錯覚し、貿易収支の差額(黒字)によって自国に金・銀を蓄積する通商政策を厳しく批判した。輸入を防遏し輸出を振興することによって流入する金銀を蓄積するために、自国製品の輸出には奨励金を与え、輸入品には高い関税を課すことで貴金属の流入量を高めることに欧州諸国が躍起になっていた時代のことである。スミスは、黒字の最大化を最大の目的とし、金銀の流入に専念する通商政策を「重商主義体系」と呼び、貴金属へ向けられた幻想は国の豊かさと直接結びつくものではないと論じたのだ。
ヒュームの考えもこのスミスの指摘と近い。貿易差額を大きくすること、すなわち金銀の蓄積に励むことによって、当時の欧州諸国は互いに敵対的になり、一国の繁栄は他国の窮乏化によってもたらされるという考えに染まり、互いに警戒心と嫉妬の目で、他国を見るようになっていると見ていた。「諸国民は、自国の利益は全ての隣国を貧乏にしてしまうことであると教えられてきた」というスミスの指摘と同じ点に注目している。諸国民の交流と理解を深める「連合と友好の絆」であるはずの貿易が、「不和と敵意の源泉になっている」、とスミスもヒュームも指摘したのである。
ただ後述するように、彼らが、「国際貿易を戦争の経済的等価物」とする見方(後に本章第3節で取り上げるA. ハーシュマンの政治経済学)を軽視して、「報復関税」の可能性に気付いていなかったわけではない。
そもそも貿易を「連合と友好の絆」とする考えは、当時の現状そのものを反映したものではなかった。外国からの財貨の取得が、輸送途中の船舶を襲撃する海賊の危険にさらされていた時代には、海賊は海の漁師のようなものとして、ひとつの職業と見なされていた。18世紀に入っても、ヨーロッパの強国は海軍力を補強するために「私掠特許状」を国王が発給していた。英国がスペインやフランスの船舶を襲うことも珍しくはなかった。18世紀に英国が戦った幾多の戦争における私掠船の乗組員が、戦後その職を失って海賊化したケースもあると言われる。従ってスミスやヒュームの指摘は、貿易が原則として国際平和に貢献する点を指摘しつつ、改めて平和の裡に交易が行われることへの期待が込められていたと解釈すべきであろう。
現代社会でも、海賊行為は国際法上の犯罪ではあるものの皆無ではない。そして私掠船という形は無くなったとしても、貿易収支の赤字が生み出す国家レベルでの「敵意と嫉妬」が消えたわけではない。例えば1980年代の米国の対日貿易赤字による「ジャパン・バッシング」だけでなく、2001年の中国のWTO加盟以降に怒涛の如く米国に流入した中国製品に対しても(チャイナ・ショック)、米国は中国を激しく叩いた。こうした姿勢に「敵意と嫉妬」があったことは否めない。中国からの大量の輸入によって、1999年と2011年を比較すると200万から240万人の雇用が失われたという労働経済学の研究結果も公表されている。こうした研究が「トランプ氏のためにホワイトハウスのドアを開いた」とも言われた。
保護主義の砦、米国にとっての関税
歴史を偏りなく理解するためにも、米国における保護貿易主義の歴史を振り返る必要がある。18世紀の末に「建国の父」(Founding Fathers 米国憲法制定者)と呼ばれる指導者たちが、ヨーロッパ列強に伍して政治的・経済的に強い独立国家を建設することに心血を注いだ米国は、広大な土地に建設された「後進の農業国家」としてスタートした。経済の発展基盤を整え、政治面でデモクラシーの「行き過ぎ」に対する安全弁を備えた強い中央政府をいかにして打ち立てるのか。それは国の将来を左右する重要課題であった。
ヨーロッパで急速に進行している工業化に対して、米国はいかなる通商政策の下で自国の工業を振興すればよいのか。当時の政治指導者たちが工業化の進展する英国や大陸ヨーロッパに対して持った危機意識は、明治期の日本の政治家や知識人たちが懐いた開国による警戒感と共通する所があったと言える。対外列強へ抱いた危機感を克服すべき政策と政治制度の設計にあたって、主要な役割を果たした人物が、ワシントン初代大統領の下で財務長官を務めたアレグザンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton 1755-1804)である。
第2節では、ハミルトンが連邦下院議会の要請によって1791年末に提出した『製造業に関する報告書』(以下『報告書』)を貿易に関する重要な文書として取り上げる。ハミルトンはこの『報告書』で、アダム・スミスの自由貿易論の原理原則を認めながらも次のように述べている。「大抵の一般理論は多くの例外を入れる余地のあるものであり、なかでも政策に関する一般理論では、それが説いている真理の中に多くの誤りが混ざっていないものはほとんどない」(邦訳 10頁)として、国策としての保護貿易が場合によっては必要だと説いた、国家経営に関する叡智を示した作品と言えよう。アダム・スミスが、『国富論』(第4篇第2章「国内でも生産できる財貨を外国から輸入することに対する制限について」)で展開したのは、特定の国内産業に独占を与える関税や輸入禁止措置が、国民に有利かどうかは疑わしいという考えに立った政策論であった。こうした一般論に対して、ハミルトンの『報告書』は、スミスの一般論に対する具体的かつ良質な反例を示したと言えよう。
ハミルトンという人物と、彼の国家建設の構想内容に立ち入る前に、米国にとっての関税の意味と実情の歴史を簡単に振り返っておこう。
独立戦争を経て建国に至るまで、戦争中に発行された多額の公債の償還問題を抱えた米国にとって、関税による歳入は連邦政府による統治の経済的基盤をなす最重要の財源であった。連邦制に基づく米国において、独立後の連邦政府の存立基盤は関税のみであったと言っても過言ではない。トランプ大統領が「私にとって辞書の中で最も美しい言葉は『関税』だ。愛よりも何よりも美しい」(2024年の大統領選挙期間中の発言)と言っているのは、時代錯誤の感は拭えないものの(われわれにはセンスの良くない冗談に聞こえるが)、そこから重要なメッセージも読み取れる。米国の独立運動の決定的な動因となったのは、宗主国英国が一方的に、アメリカの13連合諸邦が世界各地と自由に貿易することを遮断する法律や、諸邦の同意なしに課税をする法律を押し付けてくることに対する反乱であった。したがって新政府にとって関税問題はわれわれが想像する以上に大きな位置を占めていたのである。
米国では、19世紀の連邦政府歳入のなかで関税収入が占める割合は、南北戦争(1861-1865)までは9割以上を占めていた。南北戦争中の臨時的な措置として一時連邦所得税が導入されたこともあったが、憲法を修正すること(修正憲法第16条)によって連邦所得税が導入されるのは第一次世界大戦前の1913年のことである。その後、米国でも二つの世界大戦を通して政府部門が肥大化し続けたため、連邦政府の歳入のなかで関税収入の占める割合は低下したものの、米国の保護主義国家としての姿勢が弱まったわけではなかった。
ただ第二次世界大戦後は、自由で多角的な貿易を推進するGATT体制が関税の役割を後退させる力となった。しかし連邦政府にとって関税が、依然として戦略的な意味を持つことには変わりはなかった。この点は、第一次トランプ政権(2017-2021)からバイデン政権(2021-2025)への移行によっても関税政策に根本的な変更がなかったことにもあらわれている。
「トランプ関税」は、2018年1月の太陽光パネル、大型洗濯機への30%から50%の高関税に始まり、続いて同年6月には鉄鋼やアルミニウムへの追加関税がEUやカナダ、メキシコへも広がりを見せた。また25%の対中追加関税の賦課で、ドル価値にして500億ドル相当の関税をかけ、世界を驚かせた。しかしその後を継いだ民主党のバイデン政権でも、米国の関税措置の基調は変わっていない。2024年5月、バイデン氏が秋の大統領選への候補者指名にまだ意欲を見せていた時点で、労働組合からの票を獲得するため、中国からの太陽光電池への関税を2倍にし、同じく中国からの電気自動車用のリチウム・イオン電池の輸入への関税を3倍に引き上げるとして、トランプ氏と張り合ったことは記憶に新しい。
トランプ氏の追加関税策は連邦下院議会を通過した法律に基づいて発動されたものではない。過去に成立した通商法(例えば1962年通商拡大法232条、1974年通商法201条)をベースに米国通商代表部(大統領直属)、商務省、国際貿易委員会の調査を経た上で「大統領令」などによって発せられた。この辺りにも保護主義国家としての米国が、関税を「国是」のようにして憲法を柔軟に運用する伝統が色濃く残っていると見える(ちなみに2026年2月20日、米国連邦最高裁は、トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発動した「相互関税」が、大統領権限を逸脱するとして違憲・無効との判決を下している)。
100年前にも似たようなことが起こった
困ったときの神頼みのように、米国が関税を持ち出すケースは新しい話ではない。第1次世界大戦後の世界の政治と経済を振り返ると、問題はトランプ氏個人の特異なパーソナリティーだけで生まれたものではないことがわかる。100年前も国際政治の転換点において、米国は関税を用いつつ、「一国主義」という政治姿勢を貫いているのだ。1920年代にはすでに経済面で最大のグローバル・パワーとなっていた米国は、経済力を弱めつつある英国に代わって、世界秩序維持のための「国際公共財」の供給国となる意思を持たなかったところに、それははっきりと現れている。
この時期のグローバルなリーダーシップの不在と世界経済の不安定性の関係は、米国の経済史家C.P.キンドルバーガーが提示した重要な論点であった。キンドルバーガーは、主著のひとつ『大不況下の世界 1929-1939』で次のような解釈を示している。
1920年代初頭、第一次大戦後の国際通貨の混乱状況に対応すべく、オーストリアとハンガリーの通貨安定策を策定したが、これらの作業で中心的役割を果たしたのは英国の専門家たちであった。続いてドイツ賠償問題の解決のために主導的な役割を果たした米国の提案(ドーズ案、ヤング案)は、30年代に入ると世界恐慌の中で事実上立ち消えとなる。第1次大戦まで、国際金本位制の下での自由市場の維持の責務を果たしてきた英国は、こうした経過の中ですでにフランスが蓄積したポンド残高の負担も大きくなり、もはや国際金融における「最後の貸し手」としての役割を引き受けることは難しいとの認識が強まった。「国際公共財」のひとつである安定的な国際準備通貨(reserve currency)をイングランド銀行は供給できなくなっていたのだ。
それに対して大国米国の連邦準備制度理事会は、その能力があったにもかかわらず、国際的な「最後の貸し手」としての役割を引き受けようとはしなかった。国際連盟への加盟を拒否し、ベルサイユ条約をも批准しなかった米国は、徹底した自国中心の立場を取り、国内の物価問題と不況対策を優先させた。キンドルバーガーは「米国は国際的役割を果たす自信がなかった」と見ている。
実際、「1930年関税法」(いわゆる「スムート=ホーリー法」)によって、米国は農産物をはじめとする2万点以上の製品に高関税をかけている。主要国の対米輸出が落ち込んだだけでなく、欧州各国も報復措置に出たため、世界経済のブロック化が進んだ。米国の大幅な関税引き上げは国内産業の保護を目的とするものであったが、30年代の「大不況」を長引かせ、戦争再開への道を準備する結果を招いた。30年代は「戦間期」というよりも、悪化する不況下での長い「休戦期間」となったのである。
米国の「一国主義」にもとづく高関税政策に対しては、1930年5月、1,028名の経済専門家たちが「スムート=ホーリー法」を下院は否決すべきだとの公開書簡をフーバー大統領に送っている。それから90年ばかり経った2018年5月、1,140名の経済学者たちがトランプ大統領に、1930 年代の轍を踏むなと警告する書簡を公開した。歴史において「同じこと」が起こるわけではないが、「似たようなこと」は起こるのだ。
後に述べるように、アレグザンダー・ハミルトンはアダム・スミス『国富論』の自由貿易論を政策としてはそのまま受け入れなかった。経済学がしめす智恵は必ずしも実践知ではない。一般論であり理論知である。したがって現実の政策としてそのまま無条件に採用できるわけではない。慎重なスミスも、18世紀の高関税に対する報復関税の可能性については言及している。国際関係の勢力図から見て、現代の貿易戦争においても報復関税による世界経済の「ブロック化」は、専門知に頼らなくとも十分予測できたことである。「過信の檻」に入ったトランプ大統領は、いかなる智恵にも耳を貸すことはないようだ。
小さな農業国の時代の「孤立主義」
こうした歴史事例から読み取れるのは、米国の政治と実業界の底流に見られる「孤立主義」の残滓であり、政治と経済における国家間の相互依存の変化を受け入れない愛国的な保守主義である。ただはっきりしているのは、トランプ政権の政策のベクトルが「アメリカ・ファースト」で一貫していることだ。「ディール」と称し、政策の目標値を大きく変更するものの、目指す方向を変えることはない。筋は通っているが、筋が通り過ぎているところにトランプ氏の過信の危うさがある。「正気の沙汰なのか」とその精神状態に不安を抱く世界の政治リーダーも少なくない。そもそも危険そうな人物には、論理だけを信じるものが多い。エキセントリックと見られる人間は、意外に合理的な計算や戦略に長けていることがある。「おかしいなりに筋道が立っている」という『ハムレット』(第2幕 第2場)のポローニアスの言葉は、言い得て妙というほかはない。トランプ氏の行動は合目的的で、その目的の是非を別にすれば意外に論理的なのである。
実際、トランプ氏は、2017年1月20日に大統領に就任したわずか3日後、TPP(アジア太平洋地域の国々が関税の撤廃・削減や国際取引の共通ルールなどを定める協定)が米国経済と国家主権の屋台骨を危うくし、世界経済の政治的な分断を招くとして脱退を宣言した。大統領の対外政策の目標は、関税はいうに及ばず、気候変動に関する「パリ協定」からの離脱、世界保健機関(WHO)や世界貿易機関(WTO)への資金拠出凍結など、「一国主義」に徹している。WTOに関しては、同一品目の輸入品については加盟国・地域に同一関税を課すという「最恵国待遇」のルールを無視するほど徹底したものだ。さらに冷戦下の西側諸国の軍事同盟として生まれた北大西洋条約機構(NATO)に対しても冷淡な発言が目立つ。「価値の共有」を信じてきた友邦諸国が、足元が崩れるような不安を抱いても不思議はない。
こうしたトランプ大統領の政治姿勢は、米国が世界秩序に関して過大な費用を負担させられている割には、負担から得られる便益は少ないという費用・便益の計算から生まれている。それは米国が「国際公共財」の供給者としての地位から撤退することを意味する。そこには、指導国、あるいは覇権国(ヘゲモン)の不在が、世界の政治と経済を混乱に陥れるという認識はない。こうした米国の「一国主義」の意思表明は、グローバルな秩序維持にとって致命的な不安定要因となり、世界政治の混乱と世界経済の停滞や収縮をもたらす可能性を高める。
中長期的に見ても、「大国の一国主義」はそれを掲げる国だけでなく、世界全体に利益をもたらすものではない。米国の一国主義と言うと、米国がまだ人口1,000万にも満たない「小さな農業国家」として欧州諸国に向けて発せられた外交指針「モンロー主義」を思い出す人は多いはずだ。実際、2025年12月、トランプ大統領は「トランプ版モンロー主義(Monroe Doctrine)」として「ドンロー主義」(自分のファースト・ネームDonaldをいれたDonroe Doctrine)の新安全保障戦略を表明し、その中で「欧州の凋落」を暗示しつつアメリカの一国主義を宣言している。しかし200年前に小さな農業国が発した「孤立主義」と、政治的影響力の絶大な現代の大国が発する「一国主義」とは、その意味も国際的な影響にも雲泥の差がある。
そもそも「モンロー主義」は、合衆国憲法が1788年6月に発効してから35年経った後に、第5代大統領のモンロー(James Monroe 1758-1831)が発した年次教書演説(1823年12月2日)で唱えられた。米国はヨーロッパ諸国の紛争には干渉しないこと、南北アメリカ大陸の植民地を承認するとともに、これ以上の植民地化は認めないこと、旧スペイン領への干渉は米国の平和への脅威とみなすこと、という方針が盛り込まれたものだ。しかし国際政治の勢力図も200年前とは大きく変わった。西半球の政治地図を念頭に置いているという点ではトランプ大統領の対外政策と重なるところはある。とは言え、歴史的背景においても、その宣言の基調においても、そのスピリットが同じだとは言い難い。何よりも、独立直後の米国はヨーロッパ諸国の敵対的な干渉に晒されていた。スペインの植民地は独立へと傾斜し、フランスのメキシコへの干渉も続いていた。連邦国家としての米合衆国の「主権」が脅かされているような状態にあったことは否めない。
もちろん19世紀初頭の米国の孤立政策は、モンロー大統領の政権下で突如現れたものではない。実際、すでに憲法制定の過程で、A. ハミルトンによって主張されたような、強国としての米国の将来を見据え、ヨーロッパ諸国の干渉を防遏する必要が、『ザ・フェデラリスト』のいくつかの論考で指摘されている。「ヨーロッパ世界は時どき戦雲に覆われてきた。万一これが暴風雨に発達すれば、その深淵の結果が、わが国に及ばないと誰が保証しうるだろうか。思慮ある人ならば、われわれはこの嵐が届かない所にいるなどと早計に言明する者はいないだろう」(第34篇)。ハミルトンの貿易政策が、強大な欧州の先進諸国の脅威に対する強い危機感から生まれていることを次節で示したい。
保護主義が正当化される例外ケース
さきに述べたように、アダム・スミスは重商主義政策と安易な保護貿易を批判し、自由貿易こそが諸国の繁栄をうながす原動力であることを強調した。スミスは、一部産業を関税で保護することは、国全体の資本を生産性の高い産業に徐々に移動させるための障害になると考えていたからだ。しかし彼は無原則に、自由貿易論だけで世界の平和と繁栄がもたらされ、それぞれの国が国家主権を保持しながら発展を遂げると考えていたわけではない。彼は自由貿易論に二つの重要な例外があると述べている。(『国富論』第4篇) ひとつは国防の観点から、国防に不可欠な産業を関税で保護する必要性、いまひとつは、競争条件の公平という観点から、国産商品が課税されている場合は、同種外国商品(外国商品全般ではない)にも課税するのが適当だと考えていた。
これら二つの例外のうち前者について少し説明を加えておこう。スミスが国防上の理由から保護貿易を認めていた例として、「航海条例」(Navigation Acts)を支持している点が挙げられる。当時の国土防衛は海員と船舶の数によるところが大であった。クロムウェルのイングランド共和国以来、1651年に発布された航海条例と修正を加えた「海運および航海振興条例」には、外国船を排除することによってイングランドの海員と船舶に自国の貿易を独占させるという目的があった。オランダ商人たちの中継貿易を排除するため、航海条例によってイングランドとその植民地の貿易をイングランド船に限定したのである。航海条例の具体的内容をスミスは次のように説明している。1)船主、船長、船員のうち4分の3は大ブリテンの臣民である船舶であること。2)嵩高の輸入物品に限っては、その物品の生産国船舶で、かつ船主、船長、船員の4分の3がその国の出身者である船舶によって大ブリテンに持ち込むこと。3)嵩高な輸入品については、その原産国以外の国から英国の船舶によって英国に輸入することすら禁じられ、違反すれば船舶と積荷は没収される。4)英国の船が捕獲し船上で加工したもの以外の海産物は、英国に輸入されるときは2倍の外人税をかける。
このような規制は当時のヨーロッパ商品の大集散地であったオランダ、とくに外国に魚類を供給していたヨーロッパ随一のオランダの商人を念頭に置いたものであった。この条例によって、オランダ人は英国船にヨーロッパ諸国産の商品を積み込むことが出来なくなった。(『国富論』第4篇第2章)それほどに英国とオランダの商業上の競争は熾烈であった。こうした両国間の反目は、結局オランダと英国が海上貿易の覇権を争う17世紀中葉からの3次にわたる「英蘭戦争」と発展する。航海条例の目的は言うまでもなく、戦争に際しても十分な船舶を確保し、重商主義と保護貿易主義によってイングランドが貿易の独占を実現することにあった。
スミスは『国富論』の中で、「航海条例は外国貿易にとっても、また、それから生じうる富裕の増進にとっても、好ましいものではない」と明言はしている。自由貿易に比べて外国品を高く買い、自国品を安く売ることになるからだ。それでも、自由貿易論者のスミスは、国防は一国の富裕よりはるかに重要だ(defence is of much more importance than opulence)と言う(第4篇第2章)。 ただし、国防に費用が掛かる限り、経済的豊かさが国防の前提条件となることにスミスはもちろん気付いていた。スミスの言う、文明の進んだ「商業的社会(commercial society)」では、人々は労働の分業化を通して富を築く一方、尚武の精神は衰弱する。スミスは、経済的繁栄が結果として国家を外部の脅威に対して脆弱にするという「文明の逆説」を認識し、常備軍の維持など防衛への資源の投入を重視したのである。
スミスの著作を読むと、その細部からも彼の柔軟で自由な思考を味わうことが出来る。広く流布する人気あるすべての学説は、その伝播の過程で次第に大切な枝葉部分は取り払われ、細部の重要な部分を失った皮相的な命題に変貌してしまうおそれがある。誇張され、現実妥当性を失った思想は往々にして結局真理の場から退場していくのだ。
*次回は、6月8日月曜日に更新の予定です
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猪木武徳
いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』『社会思想としてのクラシック音楽』など。
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 猪木武徳
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いのきたけのり 1945年、滋賀県生まれ。経済学者。大阪大学名誉教授。元日本経済学会会長。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学特任教授等を歴任。主な著書に、『経済思想』『自由と秩序』『戦後世界経済史』『経済学に何ができるか』『自由の思想史』『社会思想としてのクラシック音楽』など。
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