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住職はシングルファザー!

2023年12月1日 住職はシングルファザー!

11. シングルファザー住職の過酷な夏休み

著者: 池口龍法

お盆の珍道中

 家族3人が少しずつスキルアップを重ねること数か月が経ち、ついに夏が来た。

 夏のお寺はハイシーズン。お盆の読経で忙しさを極めるからである。

 お盆というと、8月13日から16日というのがイメージかもしれないが、それはあくまで世間一般の話。お寺のなかでは8月に入ったらもうお盆の檀家参りがキックオフになる。

 まずはお寺のある京都から数十キロ離れた奈良や兵庫の檀家さん(かつてお寺周辺に住んでいて境内にお墓があると遠くに引っ越されても付き合いが残る)を訪ねる。遠方が済むと、徒歩圏内に住む檀家さんを訪ねていく。年々厳しさを増す夏の暑さのなか、「お坊さんって肉体労働者なのか」と思わずにいられない体力勝負の消耗戦が、半月にわたって繰り広げられる。

 そこへきて、育児がもっとも過酷を極めるのも、夏休みである。お盆の忙しい時期に三食すべて用意しなければいけないのは、これまでとは異次元の戦いである。しかも、ありがたいことに「夏休みの自由研究」という親子共同体験型の宿題まで提供される。子供と一緒に工夫して知恵を出し合って物づくりをさせるところにこそ学校側の狙いがあるのだろうが、シングルファザーの私にしてみれば余計なお世話でしかない。恨みでもあるのかとさえ疑いたくなってしまう。

 さらに困ったことに、頼みの切り札である私の母も、やはり尼崎のお寺がハイシーズンであるから、頼ることができない(はずなのに3日ほど子供を預かってくれたが)。

 万事休す、ゆえにチャンス…と思うしかない。

 お盆の檀家参りのスケジュールはタイトで、有名芸能人の手帳なみに分刻みで予定が組まれている。さくさく進めていくならできれば子供連れは避けたいが、そうも言ってはいられない。お盆の過酷さを知らない息子は、なまじっか読経に自信を持つようになっているだけに、「一緒に行く?」と聞くと「行きたい!」と元気な声が返ってきた。ニンテンドースイッチ獲得後、百マスチャレンジは2週目に入っていたから、褒美目当ての下心もある。

 念押しのために「軒数多いけど大丈夫?」「半日で10軒とか行くよ」と脅してみたら、「ポイントが大量に稼げる」とかえって夢見させることになり、「絶対行く!」と嬉々としている。

 私と息子が一緒にお参りに出かけていき、留守を預かるスタッフと娘が炊事に精を出す。

 仏壇に向かっているときはずいぶんお坊さんらしくもなったが、読経が終わればやはりあどけない子供の顔に戻る。絶えず時計を気にしている私をよそに、檀家さんが出してくれるジュースをまったりと飲んで極楽気分にひたる。移動中の車内では、カーナビの画面で子供向け番組を見て楽しむ。

 檀家さんのおうちについても、たとえば玄関先に蛙が跳んでいたら、「あっ蛙だ!」と走り寄っていく。家の中に入って水槽に金魚が泳いでいたら、もう目が釘付けになる。あろうことか、廊下が少し傾いている家では「お父さん、ここ、傾いてる!」と言ってしまう始末。はじめての読経でガチガチになっていたときよりも、伸び伸び振舞うようになっているから複雑である。

 私は最初から最後まで気が抜けず、夏の暑さによる身体の疲労だけでなく、心の奥底まで疲弊したが、ちびっこ僧侶はまるで知る由もない。ご本人は、一気にご褒美の新しいゲームソフトに近づいたから、もうニヤニヤが止まらない。溌剌(はつらつ)とした声で一生懸命に読経していると信じている檀家さんに申し訳ないが、「今日何ポイント貯まった?」というのが息子の主たる関心事。まったくコントみたいな珍道中であった。

 お盆の読経がすべて終わったら袈裟を脱ぎ、今度は父親に戻って最後の仕事。最後の力をふりしぼってヨドバシカメラのおもちゃコーナーに詣で、ご褒美のおもちゃを手に入れたところでようやく務めが終了。「お父さんだけご褒美がないのっておかしくない?」という私の渾身の主張は、手に入れたばかりの新しいおもちゃに夢中の子供たちにはまるで刺さらなかった。

 これがこの先毎年続くのかと思うと複雑だったが、「お盆×夏休み」というお寺にとって一番厳しい時期をサバイバルできただけで、大きな自信になった。シングルファザー住職としてやっていけそうな手ごたえを得た。そのことがいちばんのご褒美だった。

嗚呼、夏休み

 ひとり親家庭ゆえの苦しい体験があり、子供たちも私もそれを乗り越えて手ごたえを感じているのは、シンパパ育児のなかに差し込んだひとすじの光であった。しかし、残念ながらこのような幸せな時間が頻繁にやってくるわけではない。ひとり親家庭という事情ゆえに、悲しい思いをさせたことのほうが圧倒的に多かったと思う。

 なにせ、時間がない。平日夜、仕事が落ち着いて子供と一緒に団らんするひとときにも、どんどん家事が侵食してくる。「お父さん一緒にゲームやろうよ」と誘われたら、ファミコンで育った世代ゆえにコントローラーをついにぎってしまうが、ものの数分もしないうちにやり残した家事のほうが気になって仕方ない。「ちょっとお茶沸かしてくる」「そろそろお洗濯終わるから、干してくるあいだお父さんの分もやっといて」と、片手間にゲームに付き合うのが精いっぱい。週末も日中は法事があるから、お昼過ぎからしか出かけられない。しかし、子供向けのレジャー施設はたいてい夕方で営業が終わる。少し遊んだらもう閉店のアナウンスが流れる。

 幸い、近所に毎日夜9時まで開いている温水プールがあったことは救いで、退屈そうにしていたら決まってそこに連れ出した。子供たちもいつも行き先が同じことに飽き飽きしていたかもしれないが、「お父さんに無理をさせちゃいけない」とわかっていたのか文句を言うことはなかった。

 それでも、子供たちにも絶対に譲れないものがあった。夏休みの家族旅行である。

 あるとき、私が冗談ぽく「今年も夏の旅行、行かなあかんかな。お盆もあるしなぁ…」とぼやいてみたら、顔つきが一気に変わった。「友達のAちゃんところは2回行くんだって。いいなぁ」「3回行く友達もいるよ」と余計な情報まで提供して容赦なく圧を加えてくる。どうやら、シングルファザーでも、お寺の住職でも、夏休みは旅行に絶対に出かけなければいけないらしい。

家族旅行は消去法

 離婚以前から、8月に入ればお盆モード全開になるため、我が家ではもう何年も夏休みの旅行は7月末と決まっている。学校の終業式が終わったあとの数日間のうち、法事のある土日を避けるとなると、消去法で自動的に日程が決まる。「平日のほうがテーマパークも空いている」「ホテルの宿泊費も安い」と喜んで強がってみるのが毎年の光景である。

 離婚前なら、繁忙期目前で家族旅行の準備に協力的ではない私に、妻は不満を言いながらも段取りをしてくれたが、シングルファザーは誰にも甘えられない。行き先を決めるのも、宿泊地を決めるのも、すべて私である。あとに控えるお盆の準備にも追われるから、丁寧に調べて前もって旅行ムードを高める余裕などない。しかも、旅行が始まれば、車の運転はすべて私である。「電車移動のほうが楽かも」という選択肢もよぎったが、いつ檀家さんの訃報が入るかわからないから、出発時刻など気にしなくていい車のほうが無難である(家族旅行初日に葬儀が入って出発時刻を遅らせたことも実際にあった)。

 私の子供時代の記憶を振り返るなら、夏休みの家族旅行というのは、せっかく時間もお金もかけるのだから、親子そろって日常から抜け出して未知の世界へと踏み出していくドキドキ感があった。しかし、シングルファザー住職だとお盆前にドキドキ感を味わう気にもなれず、無難な選択肢を選んでしまう。離婚後に行った伊勢志摩、南紀白浜、天橋立は、いずれも私が小学生の頃に行った夏旅行の思い出の地である。京都からだと車で片道2時間以内だからひとりで運転しても平気な距離である。逆に言えばあまり遠出した感もない。目にするのもかつて見た懐かしい光景である。これまで生きてきた世界の殻にこもって冒険していない自分に気づく。

 離婚前は運転も助け合えたから、2倍の距離を走っても平気で、四国ぐらいまでふらっと出かけられた。子供に見せてやれる景色も、自分が見れる景色も、はるかに豊かだった。

 妻との関係がうまくいっていた時期でも、家族旅行のプランなどでは意見が合わないこともあった。人それぞれ価値観が違うから当たり前である。でも、シングルファザーだと価値観の衝突もないから、新しい世界も広がらない。そう思えば、夫婦で子育てしてた頃は、楽だった。子供にもずいぶんいろんな経験をさせてやれてたんだろうという思いがよぎるたびに、切なさを禁じえない。

 

*次回は、12月15日金曜日更新の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池口龍法

僧侶。浄土宗・龍岸寺住職。2児の父。1980年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、浄土宗総本山知恩院に奉職。2009年、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」を創刊。2014年より現職。念仏フェス「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!  坊主が選んだ「寺」の処方箋』が、共著に『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』がある。『スター坊主めくり 僧侶31人による仏教法語集』の監修もつとめる。Twitter: @senrenja

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