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住職はシングルファザー!

2024年1月19日 住職はシングルファザー!

14. 別れた妻との面会

著者: 池口龍法

28歳で結婚。2児の父となったお寺の住職が、いろいろあって離婚。シングルファザーとしての生活が始まった。読経はお手のものだが、料理の腕はからっきし。お釈迦さまも、オネショの処理までは教えてくれない。かくして子育ての不安は募るばかり……。一体どうやって住職と父親を両立すればいいのか!? 「浄土系アイドル」「ドローン仏」などが話題の、京都・龍岸寺の住職によるシングルファザー奮闘記!

シングルファザーがもっとも困ること

 世の中のシングルファザーがどうしても悩むのが、子供たちの「お母さんと会いたい」願望ではないか。私のなかでのシングルファザー生活“辛い時間”ランキングの堂々第一位は、子供たちと元妻との面会交流の時間であった。もちろん、別れた相手と会うのが心苦しいのは、シングルファザーもシングルマザーも同じはずだが、シングルファザーのほうがはるかにメンタルが削られるのではないかと思っている。

 離婚前、たいていの離婚した夫婦と同じように、妻は「定期的に子供と会わせてほしい」と言った。うちの場合、娘が小学2年生、息子が幼稚園年長のときに離婚したから、お母さんの顔をしっかり覚えている。特に娘のほうは「次はいつ会えるの?」としょっちゅう聞いてくる。私も、妻とそしてなにより子供の心情を考えると、「お母さんと子供が会う時間は定期的にあったほうがいい」と思った。ネット上で調べてみても、「離婚しても子供の心を守るために、定期的に会う機会を持ちましょう」と書かれている。それをうのみにして、月に1回ぐらいの頻度で会わせるのがいいかと信じ込み、離婚して1年ぐらいは無理してそれぐらいのペースを保っていた。

 会える日が近づいてくると、「今度の週末、お母さんに会えるよ」と伝える。子供たちはその瞬間からウキウキが止まらないのだろうが、正直に言うと、私はその分だけムカムカしてしょうがない。
「君たちのご飯はお父さんが作ってるんだぞ」「お父さんが居なかったら生きていけないんだぞ」と大声のひとつでもあげたくなるが、気持ちよく会わせてあげたいから、大人らしくグッと我慢する。しかし、私のそんな気などまるで知らないで、待ちに待ったその日が来たら、もうお祭り騒ぎである。
 食事を一緒にとっているときはずっと「お母さん聞いて!」と学校の友達との他愛ない出来事を一生懸命に話す。習い事の話やら、家族旅行の旅先での話やらも、とにかく話し続ける。日頃お母さんに伝えられないもどかしさが、よほどたまっていたのだろう。一緒に暮らしていたときはうまく折り合いがつかなかった母と娘だけに、娘のほうは自分が頑張ってることを伝えて認めてほしかったのだろうとも思う。

「やっぱりお母さん好きなんだなぁ」と感じるたびに私の心は、ホッとする思いと虚しい思いが相半ばするのだが、月1回、食事をとるだけのわずかな時間だから、ただ楽しく過ごすようにつとめる。かつて家庭円満に暮らしていた時代がひと時ではあるが復元され、家族で囲むテーブルは盛り上がる。

つくづく孤独

 盛り上がった分、困るのは、別れ際である。

 「お母さん、しばらく会えない…」と、今生の別れかのように泣きじゃくる娘。

 「またすぐに会えるから、大丈夫だよ」と再会を約束するお母さん。

 なんだかドラマのクライマックスのようなワンシーンだが、娘をお母さんから引きはがして連れて帰る私の心労は誰も気にしてくれない。つくづく、シングルファザーは孤独だとため息が出る。

 連れて帰ったあとなだめすかして、寝かしつけるのは誰なのか。翌朝、喪失感の冷めやらぬ子供たちの気持ちを切り替えさせ、学校に行かせるように仕向けるのは誰なのか。幸い、娘が翌朝寝込んだりするほどのことはなかったが、小学校低学年ぐらいの子供はちょっとのことで体調を崩したりする。子供が体調を崩して学校を休むと、私の仕事のスケジュールがまるでグチャグチャになる。なだめすかしながら、いつもハラハラドキドキしていた。

 会うたびに同じ辛い目に遭い、私は面会交流が必ずしも幸せを産まないことに気づいた。

 少なくとも私にとっては、ものすごくしんどい時間だった。

 現在の日本は、基本的に離婚後は「単独親権」である。つまり、父親か母親かのどちらかが、責任をもって子育てを行う。でも、離婚して親権を失ったからといって、親子の関係は失われないし、養育費も払うのが原則である。そうであれば、「共同親権」を導入すべきだと、民法の改正も協議されている。

 「共同親権」が理想だということは、私も頭では理解する。しかし、面会交流の最後に決まって泣きじゃくった娘のことを考えるなら、ひとり親で育児していく日々は、そんなに理想どおりにいくだろうかと疑問に思うのである。

 

*次回は、2月2日金曜日配信の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池口龍法

僧侶。浄土宗・龍岸寺住職。2児の父。1980年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、浄土宗総本山知恩院に奉職。2009年、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」を創刊。2014年より現職。念仏フェス「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!  坊主が選んだ「寺」の処方箋』が、共著に『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』がある。『スター坊主めくり 僧侶31人による仏教法語集』の監修もつとめる。Twitter: @senrenja

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