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住職はシングルファザー!

2024年3月1日 住職はシングルファザー!

17.住職、堪忍袋の緒が切れる

著者: 池口龍法

28歳で結婚。2児の父となったお寺の住職が、いろいろあって離婚。シングルファザーとしての生活が始まった。読経はお手のものだが、料理の腕はからっきし。お釈迦さまも、オネショの処理までは教えてくれない。かくして子育ての不安は募るばかり……。一体どうやって住職と父親を両立すればいいのか!? 「浄土系アイドル」「ドローン仏」などが話題の、京都・龍岸寺の住職によるシングルファザー奮闘記!

素直すぎる長男

 私への愛を叫んだあたりに如実に表れているが、長男はあまりに素直である。YouTubeがのびのび育ててくれたおかげなのかもしれない。しかし、これも手放しで褒められない。こっそり食べた駄菓子の空き袋を放置していることからもわかるように、要領が悪い。

 「夏休みの宿題終わったのなら丸つけするから持ってきなさい」と見せに来させると、ケアレスミスが多いタイプの子なのに、素晴らしいことに全問正解している。国語の記述問題も、答えと一字一句違わない。私は怒るのがアホらしくなってくる。「丸写しはアカンけどな、丸写しするならするで、やり方があるやろ!」「1ページに1か所ぐらい間違うとか、記述は少しぐらい言葉を変えるとかしなさい!」と余計な注意までする羽目になる。 

 またあるときには、姉弟2人で習い事から帰ってきたら、姉が号泣していた。弟が一緒に飲もうとジュースを買ったのだが、飲みさしのペットボトルの蓋を閉めずに姉のカバンに入れたせいで、お母さんからもらった大事なカバンがビショビショになったのだという。

 弟に謝らせて仲を取り持ったあと、「でも、このジュース代はどこから出したの?」と尋ねたら、長男はモジモジして何も言わない。「ちゃんと答えなさい」と再三促すと「お父さんのところから…」とお金を盗んだことを白状した。

 「いくら?」と聞いたら「500円」という。大人には小銭だが、子供にとっては大金である。「泥棒と一緒じゃないの!」と怒ったが、怒っているうちにこれまたおかしくなってきた。不謹慎な考えかもしれないが、我が子なら、お金を盗んだときぐらい、慎重にジュースを飲んでほしい。後になって姉は、「あのとき私も一緒になってお金を盗ったのよ」と自白したが、すべての罪を引き受けた弟と、しれっと逃げ切った姉と、なんとも好対照である。

 極めつけは、やはり小学2年生の時であるが、長男が学校に出かけている時間帯に、警察官がやってきた。防犯カメラの映像をプリントアウトしたものを見せられ、「これは息子さんじゃないですか?」と尋ねられた。そこには車のボンネットにいたずらする子供の姿があった。間違いなく私の長男だった。

 「うちの子ですね、これ。間違いないです」

 と正直に答えた。子供が帰ってきたら警察に出頭させることを約束した。 

 下校してきた長男に、「ちょっと警察まで呼ばれてるんや。最近、日頃の行いが悪いからな。少年院に入らなあかんかもしれんな」と脅した。私は、恐怖のあまりわんわん泣きじゃくる長男を連れて、警察署へと向かった。

 別室に通された長男は、警察官から問いかけられ、自分がこれまで犯してきた悪事の数々を洗いざらい話したらしい。

 「お菓子を勝手に食べました」

 「宿題を丸写ししました」

 「お父さんのお金を盗りました」

 「お姉ちゃんのカバンにジュースをこぼしました」

 たぶん、警察官もおかしくてしょうがなかったことだろう。一番聞きたかった車への傷害については、悪気があったというより出来心でのいたずらだったことに加え、防犯カメラに記録された日時からすでに3~4か月経過していたために、なかなか思い出せなかったようだった。

 最後には車の傷害罪も認め、もう二度と悪いことをしないと警察官に誓った。帰宅する道中、長男の顔を見ると、よほど疲れ果てたのだろう、ただ茫然としていた。

経済制裁の丸坊主

 笑いを重んじる関西では、つらかった話でも、貧しかった話でも、笑いに昇華させれば乗り越えられると信じられている。大人目線ならとうてい考えつかないことをしょっちゅうやってのける長男のエピソードは、笑い話としてはたいへん面白い。ときどき手伝いに来る母も、日々お寺に来るスタッフも、私から新しい事件を聞くのを楽しみにしていて、爆笑しては「あぁ…また…」と頭を抱えるのがお決まりの光景だった。

 しかし、さすがにカチンときたことが一度だけあった。 

 小学2年生のときだったが、長男がお風呂で指先に怪我をして泣きベソをかきながらあがってきた。私が使用しているT字カミソリが気になって、刃先を触ったようだった。無断で父親のものを使ってみようとしたことを申し訳なさそうにしているから、「カミソリはよく切れるから気をつけなさいよ」と注意し、それ以上のおとがめは無しにしようと思った。

 私は、消毒などの処置を済ませた後、気が動転して散らかったままであろうお風呂場の片付けに向かった。お風呂場は離れにあるから、リビングからは座敷がある廊下を抜けていく。案の定、浴槽周りには血の跡が残っていた。洗面台には、流しに血がついていただけではなく、かけてあったタオルにまで血を拭いた跡があった。おそらくは「バレないようにできないかなぁ…」という淡い期待があったのだろう。「わあぁ…」と私の心が言葉にならない悲鳴をあげる。血の跡が他にも残っていないか入念に確認しながら、廊下を再び歩いて戻ると、あろうことか座敷と廊下を仕切る障子が赤く染まっていた。タオルで拭いても血が止まらなかったから、障子をティッシュ代わりにして血を拭きながらリビングに戻ってきたらしい。

 心の中にプッツーンと大きな音が響き、理性がはじけ飛んだ。

 私だけではなく、お寺に関わるみんなが、誰が訪ねてこられても使ってもらえるように、本堂と並んで座敷をいつも綺麗に掃除していた。そのいわば「聖域」の一角が、一瞬にして、事件現場のようになったのを見て、怒り狂うことが正しいようにも感じられた。

 「なんてことしたのよ!」とさっき許されたはずの息子に詰め寄り、パーンと平手打ちを一発、二発と見舞う。息子は泣きじゃくるが、それでも怒りは収まらない。

 「もう幼稚園児でもないのに、なんでいろんなところにペタペタ血をつけるの! 誰が掃除するのよ! 障子で血を拭いていいわけないでしょう! 張り替えるのいくらかかると思ってんのよ! お寺の障子は家庭用と違うから高いのよ! あんたそのおカネ払えるの? え、どういうつもりなの?」などとまくしたてた。

 息子はなにも返事をせずに泣きじゃくるのみである。

 一方の私は言いたい放題に怒鳴って少し理性が戻ってきた。このときすでにシングルファザーになって2年が経過していたから、この状況をどう楽しむかを考える余裕もあった。

 「たぶん1枚5千円ぐらいやから、2枚汚してるし1万円やなぁ。うわぁ高いなぁ。どうやって払ってもらおうかなぁ」とつぶやいてみせた。小学2年生にはとても払える金額ではなく、おののきながら聞いている。

 その表情を見ながら、「よし、丸刈りにしよか」と不意に言い放った。息子は私が正気かと疑っていたのだろうか、キョトンとした風だった。

 「あのな、昔っから日本では悪いことをしたら丸刈りにする習慣があるんや。でもな、そういう習慣も体罰って非難される時代なのはお父さんもわかってるし、丸刈りにしたらなんでも許されるっていう文化は間違ってると思う。だから、ここからは完全にお金の話と思って考えてほしいねんけどな、いつもヘアカットしてもらってるお店は1回2千5百円払うやんか。でもな、お父さんはバリカンで自分の頭を剃ってるからな、丸刈りやったらできんねん。つまりタダや。ラッキーやろ。じゃあ何回ヘアカットに行かずに、お父さんが丸刈りにしたら、障子を張り替える1万円が貯まるか。簡単な計算や。お父さんに4回丸刈りで済ませたらええんや」

 長男はこれを素直に受け入れて、お坊さんみたく丸刈りの姿になった。 

 私には下心があった。

 丸刈りにしたら檀家さんが喜ぶに違いないと。

 子供用の法衣を着せたら、もう絵にかいたような小坊主である。

 案の定、檀家さんたちはメロメロになった。

 長男も、顔を見るとまんざらではなさそうな様子。「お婆ちゃんのお葬式頼んどくからな」と見つめられ、困惑しながらも、なんとなく「うん」と答えてしまう長男。

 30年前の私の姿そのままである。いつになっても、この風景は繰り返されるのだろう。

 

*次回は、3月15日金曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池口龍法

僧侶。浄土宗・龍岸寺住職。2児の父。1980年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、浄土宗総本山知恩院に奉職。2009年、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」を創刊。2014年より現職。念仏フェス「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!  坊主が選んだ「寺」の処方箋』が、共著に『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』がある。『スター坊主めくり 僧侶31人による仏教法語集』の監修もつとめる。Twitter: @senrenja

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